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55.イキマモリ

 有名な職人の昔話がある。

 その人は家が貧しく、灯り用の魔石も買うことができなかった。けれど月の光を頼りに毎夜研鑽を重ね、ついには巨匠と呼ばれるようになったという。


(手元暗くてケガしちゃうかもだし、目も悪くなりそう。そもそも昼間にやれば、って話じゃない?)


 話を聞いた子供の頃、そんな風に思った憶えがある。所詮『話』だよね、とも。

 だって、効率悪いし体にも悪い。後に巨匠と呼ばれるような人が、そんなこともわからないはずがないだろう。


(でも、やっちゃうものなんだなぁ。所詮『話』とか思っちゃってごめんなさい。反省してまーす)


 食べたいときが美味いとき、作りたくなったときが製作どき。

 一度火が付いた職人魂は止まらないものだ。多分その巨匠も、そして勿論イエナも。

 カナタにも止められなかったということもあって、イエナは月明かりの下で思う存分製作に没頭していたのだった。


「……ニンゲンってほんとさぁ」


 約束通りにやって来たリエルが、開口一番呆れまじりに呟いた。


「誤解だ、リエル。人間全部が、暇さえあれば製作してるわけじゃないんだ」


「じゃあ人魚って暇なときってどうしてるの?」


 なんだか自分が異端であるかのように言われて納得がいかない。確かにリエルが来るまでの間に試作品をいくつか仕上げはしたけれど。


「暇なときかぁ。泳いだりとかー。あと歌好きなヤツは結構歌ってるかも」


「へぇ、歌かー。なんか優雅」


「でも最近は暇があったら泳ぎがてら海ウールの駆除してるかも。ってことで、イエナの海ウール活用方法、無事村の許可だいたいとれたよ。お2人さんと……あれ? もじゃもじゃの獣たちは?」


 リエルがキョロキョロと辺りを見回す。もっふぃーたちを頭数に入れていてくれたことがなんだか嬉しい。

 が、彼らはもうおねむだ。ルーム内でスヤスヤだろう。


「2匹はルームにいるよ」


「マジか。じゃああの2匹はお留守番?」


「えーと……?」


 なんだか話が噛み合わない。不思議に思って首をひねっていると、カナタがリエルに問いかけた。


「もしかしてリエルはルームの存在は知ってても、仕様は知らないのかも。リエルはルームってなんだと思ってた?」


 リエルは顎に人差し指を当てて、斜め上を見て考える素振りを見せる。


「なんか、大昔の転生者が使ってたヤツ。伝聞だから確かにちゃんとは知らないかも。なんかそんな呪文あるらしいねーみたいな」


「なるほど、わかった。とりあえずゲンたち2匹はそのうち合流するつもりだよ」


「あ、じゃああの2匹の分も渡しとくね。合流したらつけてあげて」


 そう言ってリエルが差し出したのは不思議な光沢の石のペンダントだった。基本は乳白色なのだが、光の加減で様々な色が見える。材料はなんだろう、とあとで角度を変えてじっくりと見たいところだ。


「これ、イキマモリっつって、陸の生き物が海でも呼吸できる的な? 呼吸できる的な? そんな感じのマジゴリヤクあるお守りなんだよね」


「物凄い便利アイテムじゃない! すごーい」


 確かに大変な便利アイテムだ。

 だからこそ、どんな仕組みになっているか知りたくても分解などはしてはいけない。絶対にだ。……フリではなく。流石にこれは仕方がない。


「えっ!? これ、いきなり貰っていいのか?」


 イエナが心の中で大いに残念がっていると、カナタが珍しく大きな声をあげて驚いていた。


「あげないよー貸し出し。まずは村に来てもらわないと話になんないじゃん?」


「あ、そういうことか。なるほどな」


 あっさり納得したらしいカナタはイキマモリを受け取って首にかける。そんな一連の様子に「なんだろ?」と思わないでもない。が、ひとまず同じようにイキマモリとやらを身に着けた。あとから2匹にも装備させてあげるにあたり、ちょっとした長さ調節は必要になりそうだ。

 時間があれば是非この装飾品の作り方も学びたいところである。


「てことで準備イイ~? イキマモリちゃんと身に着けたね? 村まではアタシが案内したげるからデカビックジラに乗った気持ちで」


 そう言ってカナタとイエナに手を差し出すリエル。2人はその手をとって、海へと向かった。


「わ、なんか、変な感じ……」


 防水性に優れたブーツであっても、海の中に浸かってしまえばどうしようもない。あとで良く乾かさないと、と頭の片隅で考えた。


「なるほど、空気の膜みたいなのができてるのか」


 先日のゲンのように、ダメージを受けるのが嫌でギュッと目をつぶっていたイエナだったが、カナタの声を聞いて思わずそちらを向く。


「あ、目、痛くない」


 咄嗟に目を開けてしまったのだが、ゲンがのたうったようなダメージはなかった。そのことにホッと胸を撫でおろす。

 イエナが目を開けたことを確認したリエルは繋いでいた手を一度離し、優雅に泳いで見せた。水中を自由自在に、そしてものすごいスピードで泳いだ後、また目の前に戻ってきてクルリと一回転。そして、両手を広げ、満面の笑みで告げた。


「ようこそ、海の世界へ」


 誇らしげなその様子に、なんだか微笑ましくなってしまう。ただ、なんとなく故郷を自慢したい気持ちはわかる気がした。


「リエルすごーい! ……っと、わわ」


 感激のあまりリエルと握手したいと手を伸ばしたのだが、そのせいでバランスを崩してしまった。もたもたワタワタと暴れていると、リエルがすぐそばにきて支えてくれた。相変わらずすごいスピードだ。瞬間移動と思いたくなるくらいである。


「なんかもっと驚いてくれると思ったんだけどー?」


「驚いてるし感動してるよ! すっごい速いし、しかもなんか優雅!」


 驚きの連続すぎて、反応が遅れたと言うべきだろうか。

 初めての水の中。しかも、何故か呼吸ができる不思議機能付き。そして、目が回るほどのスピードなのにとても優雅なリエルの泳ぎ。どれをとっても旅に出て良かったと思える体験だ。


「本当に驚きだな。声もちゃんと聞こえるし。水の中だからもっと不明瞭だろうなって思ってたけど」


「あー確かに陸上だと歌の響き違うのはあるある~」


 ちょっと遠いような感覚はあるものの、2人の声もしっかり聞こえる。

 人魚のリエルにとっても、水中と陸上では音の違いはあるらしい。


「どういう仕組みになってるんだろうな。でも、これはありがたい。海の中で呼吸もできるし、会話できるし、景色も見れる」


 カナタの言葉に、イエナは改めてあたりを見回した。目にダメージを受けることなく、思う存分海中を眺められるなんて本当にありがたいことだ。

 月明りが射し込む海の中は、陸の上と比べるとちょっと暗い。ただ、ところどころ光る何かが道しるべのようにあたりを照らしており、それがとても幻想的に思えた。


「すごい……海の中ってこんな風なんだ……」


「想像してたより明るいんだよな。知識としては海の中ってもっと暗いだろって思っちゃうけど。もしかしてイキマモリの効果もあるのかも」


「ホントどういう仕組みなのかしら」


「言っとくけど分解厳禁な?」


「わ、わかってるわよ。このキレイな景色見れなくなったらもったいないものね」


「その前に生命の危機だろ」


「……そうでした」


 イキマモリの不思議効果に一度は断念したはずの職人魂が再び疼きそうになったが、天秤の反対側に身の安全だとか初めての景色だとかを載せる。ガンと天秤を傾かせて、滅多に見られないであろう海の中を堪能することに専心した。


【お願い】


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