54.人魚を待つ時間
「俺には甲斐性がない……」
待望の品を前に、カナタはがっくりと肩を落とした。
昨夜、食堂で見せたハイテンションな姿と同一人物とはちょっと信じられないくらいの落ち込みぶりである。
今2人は、海洋丸の店主が教えてくれたお店の前にいた。例の、ショーユを取り扱っているお店だ。とりあえず店の前で落ち込むのは邪魔になりそうなので、カナタを引っ張って移動を試みる。
何故カナタがこんな様になっているのかというと、喉から手が出るほど欲しがっていたショーユが、予想よりも遥かに高かったせいだ。
ただ、それにはちゃんと理由がある。輸入品だから、嗜好品だから(カナタに言わせると「醤油は必需品だろうが!」だそうだが)というのも勿論あるが、そもそも店先に並んでいる一商品当たりの基本的な量がものすごく多いのだ。重さ単位で考えれば生鮮食料品の方がよっぽど高くなるのだけれど。
「お試し用みたいなのちょびっとなら購入できなくはないけど、相当割高よねぇ」
紹介してもらったショーユを扱っている店は、主に食堂や酒場などと取引しているところだった。なのでショーユだけでなく、扱っているモノ全般が一般家庭用とは比べるべくもなく量が多いのである。
ショーユの場合はイエナがすっぽり入れそうな樽一つが一単位で、当然ながら量に比例する結構なお値段になる。この港町で他にも様々な必需品を買うことを考えると、今手を出すのは正直怖い。すっからかんになるとまでは言わないけれど、その後を考えるとかなり心許なくなるのは確かだ。
「……こうなったら魔物乱獲して大量ドロップを狙うしか」
「じゃあこの街の需要だけ調べておこうか。早めにここ出ないと約束に間に合わないかもよ?」
美少女人魚・リエルとの約束は今夜である。正確な時刻は決めていなかったので、できれば余裕を持って着いておきたい。
「それもそうだな……。くそっ。必ず手に入れて見せるからな、覚えてろ!」
「それ三下のセリフじゃん」
そんなコントを繰り広げつつ、予定通りポートラの港町をあとにする。勿論出る前にちゃんとギルドの需要も調べたし、新鮮な果物も仕入れた。カナタが咽び泣くのでもう一度海洋丸に寄って美味しいご飯も食べて、やる気は満々である。
「行くぞ、ゲン!」
「メェーッ!!」
街並みが遠くなり、人の気配もしなくなったあたりで2匹をルームから召喚。騎乗してリエルと出会った岩場まで向かう。……はずなのだが、カナタの目はハンターの目になっていた。それに触発されて相棒のゲンもやる気MAXだ。
「えーっと、もっふぃーはいつも通りでいいからね?」
「めぇ~~」
睡眠不足が解消されたもっふぃーはいつも通り。カナタとゲンのペアが乱獲していった後を、ドロップ品を拾いながらのんびり進む。
「カナタあんなに張り切って走り回ってるけど、また筋肉痛になったりしないかしら? ゲンちゃんも張り切りすぎじゃないかなぁ」
「めぇ~~~~」
何を言ってももっふぃーはのんびり。まぁそれはそれでカワイイし、一緒になって熱心に走り回ったりするよりは良いかと思い直す。
そんな多少の寄り道はあれど、無事先日の岩場に辿り着いた。なお、イエナのインベントリはパンパンになっていた。色々と活用できそうな素材も多くドロップ品整理が楽しみだ。
「イエナ、頼む。どうかガンガン作って稼いでくれ。俺もできる限り協力するから!」
カナタは未だに暴走中らしい。製作はほぼ趣味だし、新しいモノを作るのは大好きだ。だが、今やるべきことはそっちじゃないだろう、と言いたい。
一旦落ち着け、とストレートに言う代わりに、本日の予定を並べ立てる。
「おっけー。じゃあまずもっふぃーとゲンちゃんのお世話して、それから私たちのご飯ね。リエルは夜に来るだろうから、先にお風呂入って仮眠とってもいいかもしれないわ」
「えっ……あ、でもそうか。そっちも大事だよな」
イエナの言葉で少しは落ち着いたらしい。
ちょっとくらい暴走したとしても、落ち着かせるのがビジネスパートナーの務め。イエナだってしょっちゅう製作方面の熱意が迸っちゃうときがあるのだし、お互い様だ。
「そうだよー。製作してお金稼ぎも大事だけど、先にリエルのお話ちゃんと聞かないと。海の底でどういう結論になったかはわからないけどさ。私だって海にいた転生者のことは気になる」
「だな。さんきゅー。あ、そうそう、仕分けもやらないとだ。そっちが先の方がいいか。果物何があるかから確認したい」
ようやくいつもの調子に戻ったカナタはサクサク動き始めた。イエナもそれに倣って、一旦インベントリの中身を大雑把に場所分けして取り出していく。
「折角頑張ってくれたし、今日仕入れたばっかりの果物あげてみていい?」
「いいんじゃないか? もし好みじゃなくても今後仕入れないって決めれるし」
港町周辺ではそこまで果物は採れない代わりに、さまざまな果物を輸入していた。イエナたちもこの土地ならではのご飯を楽しんだのだし、2匹にもそういった楽しさをおすそ分けしてあげたい。
輸入の果物はやはりちょっぴり高価だったが、その中でも比較的安価なヤツを購入した。それを持ってカナタと地下へ向かう。
「メ、メェッ」
「めぇ~~~~?」
輸入された海の向こう産の果物に、最初2匹はかなり不思議そうだった。特にゲンは初めての味わいに果物とカナタを交互に見るという困惑ぶりだ。もっふぃーは首をひねりながらの咀嚼をしている。
「んー、これはそんなに口に合わなかった?」
「メェッ!」
「めぇ~~~」
尋ねるとそれぞれこんな反応。
「ゲンの場合は『食べてあげなくもない』みたいな感じだな」
「もっふぃーは『変わってるけど慣れると美味しいよ』かなー。お値段を考えるとそこまで必要ではないようね」
「余裕があればたまの味変って感じでも悪くはないか」
そんな風に2匹の世話もつつがなく終了。今日は少し夜更かしになるかもしれないので、簡易テントを今から設置しておく。
少し眩しいかもしれないけれど、眠ってしまって構わないことを2匹に告げてリビングへと戻った。
「んー……折角だし、ピクニック気分で夜の海見ながら夕食にするか?」
「あ、それ素敵! ちょっと早めにリエルが到着してもすぐ気付けるしね」
その後、イエナは外で飲食できるように砂に埋まりにくいテーブルと椅子を作り上げ、その勢いでリエルを待つまでの間、暇つぶしのつもりでちょっとした製作を始めた。結果、待っていたはずのリエルの来訪に気付かないほど没頭してしまうことに。
またしても人魚の人間に対する認識の危機が訪れたのだが、その話は次に続くのであった。
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