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53.港町での初体験

 少しだけ改良した防犯グッズは、結局イエナたちが自然に目覚めるまで音を鳴らすことはなかった。万が一来客があった際に、あの間抜けな音だと目が覚めないのではないかと危惧してもう少し大きな音が出るようにしたのだ。具体的には鍋をお玉で叩いた音が追加で鳴るように細工した。


(スッキリ目覚めた今考えると、いらない機能だったかも。あまりにもやかましい音が鳴ったらルーム貫通して隣の部屋から苦情きたりするかもだし。カタツムリ旅は目立たず穏便に!)


 自分では大丈夫だと思っていたけれど、イエナにも寝不足の影響は出ていたらしい。目覚めたイエナがそっと追加音の機能を解体したところで、カナタも自室から起き出してきた。


「おはよ、イエナ」


「おはよーカナタ。スッキリした?」


「うん、バッチリ。ゲンたちの様子見てから食事と、できたら買い物いこうか」


 そんな会話をしながら地下へと足を運ぶ。

 バッチリ仮眠をしたもっふぃーたちもかなりスッキリしたようだ。ただ、うっかり追加で寝てしまうと本当に昼夜が逆転してしまいかねないので、簡易テントは撤収することにした。


「めぇ~~~……」

「メェッ!」


 なんだか名残惜しそうなもっふぃーにちょっと抗議しているようにも見えるゲン。作ったモノが気に入ってもらえているのは嬉しいことだ。


「もう少し改良して設置するから、ね?」


 そう説得してなんとか納得してもらった。


「んじゃ、俺たちは出かけてくるからいい子にしてるんだぞ」


 2匹に今後のざっくりとした予定を告げて、ルームをあとにする。なんだかんだで時間がかかってしまい、宿を出ると外はもう日が沈む寸前だった。


「暗くなるとまた雰囲気違うんだね」


「だなぁ。色々終わったらちょっと観光してもいいかも」


 あちこちから香る屋台の誘惑にあったり、大通りを照らす灯りの仕組みに思いを馳せたりしながら、大洋丸の主人に聞いていたお店、海洋丸に到着する。この店からもかなり良い香りがするので期待できそうだ。

 連れ立って中に入ると、大洋丸の主人にどことなく似た雰囲気の店員さんが声をかけてくれた。


「らっしゃい、2人か?」


 彼と違うのは、こちらの店員さんはめちゃくちゃ笑顔なこと。ただ、元が強面なため、人によっては笑顔もちょっと怖いと思うかもしれない。


「はい、2人です。大洋丸のご主人に聞いてきました」


「あぁ? 兄貴んとこから? そらサービスしねぇとなぁ。おっと、丁度そこが空いたから座ってくれ」


 ワッハッハと豪快に笑いながらちょうど空いたカウンター席を指さした。まだ前の客の食器が残っていたがガシッと掴んで洗い場へと持っていってくれた。他に従業員がいる様子はないので、彼が店主なのだろう。

 カウンター席の他にはテーブルがいくつか。こじんまりとした感じだが、賑わっている。店主1人で回すのにはこのくらいが丁度良いのかもしれない。


「基本海鮮なのかな?」


「めっちゃいい匂いする……」


「注文待たせたな。酒か? メシか?」


「食事でお願いします」


「俺も食事で」


 周囲のお客さんたちは皆お酒を飲んでいるようだ。それぞれジョッキーやグラス、それから見たことのない器で思い思いに楽しんでいる(ちょっとその器じっくり見せてほしい)。皆陽気で、こういう酔っぱらい方ならちょっと羨ましい気がした。


「了解。生魚がイケるクチなら今日はイイのがあるぜ」


「えっ、生っ? 火を通してないってことですか!?」


 生魚と聞いてイエナはギョッと目を剥いてしまう。今までイエナが食べたことがある魚は干物か川魚くらい。生で食べるなんて考えたこともなかった。


「お刺身あるんですか!? 俺それで!」


 一方カナタは顔色を変えて飛びつく。立ち上がって挙手でもしそうな勢いだ。店主さんはその様子を嬉しそうに笑った。


「おお、兄ちゃんはイケるか。うちのは鮮度がいいから腹壊したりはせんよ。嬢ちゃんはやめとくかい? 内陸から来たならちょっと怖いよなぁ」


 店主さんは気遣わしげに声をかけてくれる。

 彼の言う通り、内陸育ちのイエナの中で魚は生で食べるとお腹を壊すモノだ。ただ、ところ変われば常識だって変わる。

 そして、あの食に拘るカナタが超ノリノリなのを見れば、たぶんきっと、美味しいのだろう。


(何より、私は色んな景色や、素材や、美味しいものを求めて旅に出たんだから! 生魚くらいで怯んでたらだめよね)


 そう意気込んで、イエナは一大決心をした。


「私も同じので!」


 思ったよりも大きな声が出てしまった。ただ、周囲のお客さんは気にしておらず、むしろあっぱれといった雰囲気だった。


「威勢いいねぇ、嬢ちゃん」

「こりゃ大将、内陸育ちの常識ぶっ壊してやらにゃーダメだよなぁ?」


 といった反応だ。それに店主さんも笑って応えている。


「ったりめーよ。俺の腕ならお前らが知ってるだろうが」


 そんな掛け合いをしながら店主は一旦厨房の方に引っ込んだ。そしてあまり時間がかからない内に戻ってくる。両手にはでっかいお盆。その上には大小のボウルが載っかっているのが見えた。


「ほい、お待たせ。海洋丸自慢の海鮮丼定食だ。大洋丸泊まりのアンタらは1割引!」


 ドンッとカウンターテーブルに置かれたのは薄く切られた生魚がキレイに並べられている大きなボウルと、スープの入った小さなボウルだ。お盆の上にはその他に小さなお野菜が並べられた小皿もある。

 スープにはちょっぴり大き目の貝が沈んでいるのだが、一部濁っているように見える。なんだか似たようなものをカナタが実験的に作っていたような。

 それをカナタに確認しようと振り向いたところで、バカでかい声が響いた。


「海鮮丼に味噌汁におしんこだ!!」


 結構レアなテンションマックスのカナタの姿がそこにあった。やはりカナタを喜ばせたかったら美味しいご飯が一番なようだ。そう思わされるくらいの興奮状態である。今なら飛び跳ねて天井に頭をぶつけられそうだ。


「お、兄ちゃん詳しいねぇ。生まれはこっちかい?」


 店主は店主で、大喜びのカナタを見てご機嫌なようだ。

 確かに食べる前からこんなに喜んでくれる人がいたら、作り手冥利に尽きるというものだろう。


「そんな感じです!」


「そうかいそうかい。じゃあたーんと食いな」


「ありがとうございます、いただきます」


「嬢ちゃんも召し上がれ。生魚だが味はついてるぜ」


「あ、ありがとうございます」


 言われてイエナは匙をとった。匙、といっても普段使っているものよりも一回り大きい気がする。どうやって食べるのだろうかとカナタを見ていると、生魚の切り身と下にある白い粒々を匙で器用に掬って一緒に食べている。

 それを真似して、イエナもえいやっと口に運ぶ。


「あ、美味しい」


 生魚にはしっかりめの味がついており、それだけではちょっぴり濃い感じもする。だが、それを下の粒々と一緒に食べることによって大変美味しいハーモニーになっていた。

 生魚は全く未知の歯ごたえではあるが、これはこれで悪くないと思う。


「そりゃよかった」


「大将! めっちゃ美味しいです! このタレの調味料ってどこで仕入れてますか!?」


「兄ちゃん自分で作る側かい? 詳しいねぇ。今はもう閉まってるから明日の朝にでも行くといいさ。あとで場所教えてやるよ」


「あざっす! 味噌汁も沁みる~!」


 大喜びのカナタは普段の倍くらいのスピードで平らげていた。逆に、イエナは普段使わないサイズの匙に苦戦。

 イエナがゆっくり食べている間、カナタと大将が料理の話題で盛り上がっていた。


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