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52.寝不足の一日

 いつもよりもかなり遅い朝。

 昨日は夜遅くまで色々あったのでこれは仕方がないことだ。ただ、愛しのモフモフたちのご飯を忘れるわけにはいかない。その一心でイエナとカナタはまだ引き留めてくるベッドに別れを告げた。

 眠い目を擦りながら、どうにか果物を用意して地下に向かう。


「おはよう、ゲン、もっふぃー」


「もっふぃー、ゲンちゃん、おはよー。ごはんもってきたよー」


 2人よりも早く寝かせたつもりではあるが、2匹もまだ眠たそうだ。

 いつものルーティンであるブラッシングをしつつ、今日はあまり無理しないでおこう、という話になった。

 最低限、ポートラの港町に到着し、宿の確保さえできればヨシ。そしてその次の日の午前に思い切り買い物をする計画だ。

 イエナたちも朝食をとり、出発の準備を整える。

 幸い、ポートラの港町は目視できるくらい近い。

 人目を十分に警戒しつつ、もっふぃーとゲンには頑張ってもらった。


「めぇ~!」


 ちょっと意外だったのが、寝不足になると2匹の羊は普段の役割と逆になることだった。寝不足はカナタにも影響があったようで、イチコロリを当てられないことが数度あった。それのトドメをさすのは普段であればゲンである。彼女は「私の出番!」とばかりに張り切るのだが、この日はワンテンポ遅かった。

 そんな彼女の役割をもっふぃーが積極的にこなしてくれたのだ。


「もっふぃーも強いのよねぇ……ゲンちゃんとレベルおんなじなんだから当然なんだけど」


「めぇ~~~!!」

「メェッ……」


「いつもありがとな、ゲンももっふぃーも」


「カナタも無理しないでね。あとちょっとがんばろ」


 誇って良いのか微妙ではあるが、この中で一番夜更かしに強いのはイエナだったようだ。カナタはゲンが寝不足で本調子が出ていないのも相まって、イチコロリの命中率がよくない。

 勿論徹夜は作業効率が悪くなるのであまりやりたい手段ではないが、それでもイエナはうっかりやらかしてしまったこともあり慣れている。


(カナタもちょっとおねむみたいだし、今日は私が頑張らないとね)


 そんな風に考えながら進んでいくと、昼過ぎには港町の手前まで来ることができた。その時点でもっふぃーとゲンにはルームに戻ってもらう。労いのブラッシングをしていると気持ちよさからかうつらうつらし始めたので、簡易遮光テントはそのままにしておく。このお昼寝で生活リズムが狂わないことを願うばかりである。

 そんなこんなで、ポートラの港町に到着。


「おおお、あれが船!」


「思ってたよりもでかいのもあるし、数が多いな」


 海沿いにびっしりと様々な色や形の船が停まっている様はかなり見ごたえがある。本来であればのんびりこの辺りを散歩したいところではあるが、今は宿を決めるのが先決だ。


「ん~~、観光したいけどまた今度。先に宿決めましょ」


「いいのか?」


 イエナがそう言うのが意外だったようで、カナタはびっくりした顔でこちらを見てきた。若いのだから多少の寝不足は、なんて言う頑固おやじな先輩職人にも遭遇したことはあるけれど、若くたって眠いもんは眠い。

 カナタはこの港町に辿り着くための先導も、戦闘もしていたのだからイエナより疲れもあるだろう。


「カナタだって休みたいでしょ? 遠慮しなくていいってば」


「ごめん、じゃあお言葉に甘えて」


「いいって。ごめんじゃないし」


「サンキュ」


 そんなやり取りをしつつ、今晩の宿を探す。

 賑やかな通りを、漁を終えてきたばかりのような筋骨隆々の日焼けをした男性や、異国情緒漂う民族衣装に身を包んだ女性など風貌がまるで違う人種が行き交っている。

 それらしき建物をいくつか覗いてみたが、この港町ではほとんどの宿が素泊まりのようだった。


「ご飯付きってあんまりないね?」


「色んなモノが流通してるから、お店で食べる人が多いんじゃないかな? 屋台も多いし」


「なるほど。確かにこのイイ匂いに抵抗するの大変かも!」


 新鮮な海鮮を焼いた匂いがあちこちからしてくる。


「さくっと宿決めて、仮眠後屋台巡りってプランどう?」


「いいわね、のった! そうと決まれば一本裏通りいきましょ」


 大通りに面しているところよりは、裏通りの宿の方が値段が抑えられる。財布事情と周囲の宿を鑑みて、適当な宿を選ぶ。といっても、最終的には運任せである。

 ちょっと古めの錨がトレードマークの『大洋丸』と書かれた宿に突撃した。


「……ダブルでいいなら空いてるぞ」


 えいやっと決めて入った宿は、店主さんがだいぶ無愛想だった。引退した海の男といった感じでそれなりに年齢は重ねていそうに見える。なんならまだ現役でやっていてもおかしくない体つきだ。


「あ、えっと……」


「じゃあ一泊おねがいしまーす!」


 一瞬尻込みしたカナタを他所に、イエナは愛想よく返事をした。のちにカナタはこっそりとイエナを「おじさまキラー」と認定していたりする。特に偏屈な職人タイプと相性が良い、と。

 全く物怖じせず、むしろ元気なイエナを気に入ったのか、部屋を案内しカギを渡した店主は


「……うちにメシはついてねぇ。『海洋丸』って定食屋に大洋丸で泊まってるって言えば少しはサービスがあるぞ」


 と告げてきた。名前が似ているのでもしかしたら兄弟店なのかもしれない。

 お得な情報を教えてもらえてイエナは目を輝かせた。


「そうなんですね、ありがとうございます! 行ってみよ」


「あ、うん。ありがとうございます」


 2人で頭を下げると主人は小さく「ごゆっくり」と言って出て行った。


「いい人そうでよかったね。お得なお店も教えてもらえたし」


「だな。部屋もキレイに掃除されてる」


 話しながら自然と2人は部屋の中をチェックする。お互い不審なモノはないことを確認すると、顔を見合わせて頷いた。イエナはルームを召喚する。


「カナタ先に休んでていいよ。私も防犯グッズつけたら仮眠する」


「めっちゃ助かる。ありがとな。起きたら買い出しとご飯食べに行こう」


 カナタはイエナに礼を言うと、自分の部屋にいそいそと向かっていった。店主は強面だけど、良い宿を見つけられてホッとした。カナタも安堵したら一気に眠気がきてしまったのだろう。


「よっし、私はあともうひと仕事頑張るかー」


 イエナはそう独り言ちて、防犯グッズを設置しはじめた。ノックなどの外からの音をぷぇ~~~~~という気が抜けた音でルーム内に知らせてくれるよう改造した優れモノなのだが、寝入っている時は聞こえるのかという疑問を覚えた。


(……目覚まし機能もつけるか)


 ちょっとぼんやりする頭のまま、イエナは防犯グッズを更に改造するのだった。

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