50.海ウール活用法
「ねぇ、カナタ……だっけ?」
「うん」
「……ニンゲンって皆こう?」
「断じて違う」
そんな2人の、やや呆れた声音の会話を露知らず、イエナはルームでの話し合いの場を整えていた。
ルーム入り口からリビングまでに浅い水路を設置。リビングにあった家具は一度インベントリに収納して、代わりにリエル専用の小さなお風呂場くらいの水槽を拵えた。中の水は勿論海からとってきた。インベントリを使えばこの程度の荷物移動は造作もない。
これならばリエルが通った場所がベシャベシャになることも、リエルが渇いてしまうこともない。急ごしらえではあるが、満足いく出来だ。
「よし、完璧! 2人ともどうぞー?」
「いや、どうぞじゃないし!? なんでこの数分で水槽作ってんの!?」
「良かった。俺も最近麻痺してたけど、普通はそういう反応だよな」
「何が?」
2人が何を問題にしているのかサッパリわからない。
詳しく話を聞こうと思ったのだが、目の前にはちょっとウトウトしてきた2匹の羊。彼らは普段夕食を食べ終わった時点でもううつらうつらしているのだ。本来であればもうぐっすり寝ている時間である。
むちゃくちゃ眠くても頑張ってくれた2匹を先に地下に連れて行くことにする。寝不足はお肌の敵とも言うし、きっと豊かなモフモフの大敵でもあるのだ。たぶん。
「あ、そだ。話し合い明るいところでやりたいからちょっと寝づらいかなぁ。なんか布……簡易テント的な……」
独り言を呟きながらインベントリと製作部屋をウロウロして、2匹のための灯り避けの遮光テントを製作し始める。バババッと作った簡易的なものだが今晩くらいしか使わないだろうし良しとしよう。
「ねぇ! だから! なんで!?」
「リエルどしたの? とりあえずもっふぃーたち寝かしつけるからちょっと音量下げてねー。ゲンちゃんも行くよー」
完成したての遮光テントを設置すべく、2匹とともに地下へと降りていく。
「めぇ……」
「メェー!」
既にうつらうつらし始めているのか、足元がおぼつかないもっふぃーをゲンが注意する様子にほっこりする。うちの2匹はやはり大変カワイイ。
そんなことを考えながら簡易遮光テントを設置。普段の夜間タイムよりは明るく感じるだろうけど、睡眠不足も手伝って多分きちんと眠れるはずだ。
睡眠体勢に入った2匹を見届けて階段を登っていく。
「転生者ってこんなんばっかなの? アタシも伝聞でしか知らないけどもっとぶっ飛んでるじゃん」
「その……すまない、彼女は転生者ではないんだ」
「はぁ!? あ、あぁ……ニンゲンに人魚の常識は通じないってヤツか」
「う、うーん。多分違くて、イエナが特別っていうか……」
「なになに? なんの話?」
戻ってくると自分の名前が聞こえてきた気がするので会話に混ざりに行く。そういえば折角招いたリエルをほったらかしにしてしまった。モフモフに免じて許してもらいたいところである。
「あーっといや、そうだ。リエルを招いて何の話がしたかったんだっけ?」
「あ、そうなの。ちょっと今アイデアがあってね? リエルに確認したいんだけど、困りごとは海ウールが貝の育成を阻害しちゃってるっぽくて、それで身に着けるモノがなくなってるって感じなんだよね?」
喋りながらゴトンゴトンと製作用品をインベントリから取り出す。
「え? あ、そう。概ねそうかな」
「ちなみに海ウールって人魚は何かに利用したりはしないのか? 面白そうな素材だと思うんだけど」
カナタがふと思いついたといった感じに質問する。
「しないしない。アレって繊維ではあるんだろうけど、食べられないしさぁ。細かくちぎろうとしても無駄に弾力? みたいなのあって伸びるから細かくしづらいし。ほんっと厄介」
「ほわぁ……そういう認識なんだね。んで、ここにその噂の海ウールがあります」
イエナはインベントリから海ウールを取り出す。ゲンの輝かしい戦果を示すブツだ。手に入れた際のアレコレはもう記憶から消したことにする。ゲンの名誉のためにも。
「うわ出た。なんかゴワゴワしてるし、そのくせ圧縮しようにもできないし。でも見かけたら海のためにも回収しないとだしさぁ」
リエルはあからさまに顔を顰める。相当海ウールに苦労させられていることが推察できた。だが、イエナの予想通りであれば、この厄介モノはきっと人魚の救世主になるはずだ。
「では、この海ウールをこうして……」
海ウール、というだけあって触り心地は手入れ前のもっふぃーやゲンの毛と似ている部分がある。比べるとすれば、こちらのほうがややコシというか、弾力がある感じだ。海スライムにはメリウールと共通する何かがあるのだろうか、なんて余計なことを考えつつも、慣れた手つきで梳く。
刈ったばかりの羊毛であれば埃や脂をとるために何度か洗う必要があるけれど、海ウールはその必要はなかった。
あとは専用の道具を通して糸状にしていく。
「こうして……」
糸状にしてしまえばもうこっちのものだ。機織りの要領で一枚の布に。ただ、手元の海ウールひとつではちょっと量が足りなかったので手持ちの素材も織り交ぜていく。
あとはババッと形を整えてババッと縫いあげればーー。
「はい! 完成です!」
イエナが2人に掲げて見せたのは、一枚のミニタンクトップだ。採寸をしていないので、もしかしたらリエルのナイスなボディには一部分が窮屈かもしれない。まぁ、今回はこういうのが作れるんだよ、という見本品なのでリエルが着れなかったらイエナが貰っても良いだろう。……リエルが入らずイエナには着れるんだな、というツッコミをしてはいけない。
「「…………」」
自信満々に見せたのだが、何故か2人は無言だった。
「あ、あれ? 2人とも?」
どこかほつれていただろうか、と心配になって完成したばかりのミニタンクトップを上から下から眺めてみる。試作品とはいえ手抜きをした覚えはないのだが、2人からすると満足いかない出来に見えるのだろうか。そう不安になったところで、ポソリと呟くリエルの声が聞こえた。
「ニンゲンってコエー……」
「リエル頼む、イエナを人間の基準にしないでくれ。あれは人類が皆持っているスキルじゃないから!」
「? とりあえず、リエル試着してみる? 手直しは全然イケるよ!」
ズイっとリエルに押し付けるように渡すと、何故かひきつったような表情のまま受け取ってくれた。
「う、うん……」
「俺は向こう向いてるから、ごゆっくり」
「あ、私も」
同性とは言え生着替えを見られてしまうのは恥ずかしいだろう、という配慮の元カナタと揃って壁の方を向く。水槽がチャプチャプと水音を立てているのを聞きながら、カナタに小声で話しかけた。
「ねぇカナタ。リエルの様子おかしくない? やっぱり役立たずだと思っていた海ウールがあんな風に変身したからビックリしちゃったのかなぁ。それとも海ウールの色そのままだから気に食わなかったのかしら?」
「えーと……まぁ色々あるとは思うけど。まずはイエナの技術にビックリしたんじゃないか?」
「技術……あぁ、そっか。人魚のスタンダードな服が貝殻を繋ぎ合わせたモノなんだとしたら、糸を紡いだりとかってビックリしちゃうわよね」
「……うん、そんな感じ」
なんだか歯切れの悪いカナタと会話をしていると、リエルの声がした。
「こっち向いておっけー。っていうか、着方これで合ってる?」
「あ、私行く。カナタはもうちょっとそっち向いてて」
「はいはい」
振り返るとそこには見事な谷間があった。女のイエナであっても思わず釘付けになる。
(わ、わぁ。これは目の毒かも! 材料さえあればいくらでも作るけど、今後はオーバーサイズを心掛けた方がいいかも?)
「ど、どう?」
初めて着る服というモノにちょっと戸惑っているらしいリエルはとっても可愛かった。海ウール75%のミニタンクトップはシンプルながらも、それ故に素材の良さが引き立っている。
「合ってる合ってる、似合ってる~! あ、でもちょっと今後のために聞き取りしていい? キツイ部分とかある?」
「え? えーと……」
職人イエナの使用感調査が始まったところで、カナタがポツリと呟いた。
「自分の凄さをマジで自覚してないんだよな。謙虚なとことかは美点だと思うけど、すげー心配になる」
熱心に聞き取りをしていたイエナはそんな呟きに気付くはずもなかった。
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