49.人魚の事情
「ごめんね、大きな声出して」
「ううん、アタシもニンゲンがいるだなんて思わなくって……っていうか、それ直るの?」
「んーまぁ、応急処置なら」
夜の浜辺にて。
今日は満月が近いようで、かなり明るい。そんな中、イエナは月に向かって貝殻を掲げていた。
「泳いでたら貝殻壊れちゃってさぁ。最近マジで貝が発育不良なもんで、代わりがなかなか見つかんないのよ」
「で、直せなくて泣いてた、と」
「おーい、終わったら教えてくれよー?」
カナタは今、海を背にして岩場の方を向いてる。1人だけ除け者にしているような図だが、こればっかりは仕方がない。
「よし、応急処置完了。とりあえずは大丈夫だと思うよ」
この金髪美少女人魚は、名前をリエルと言うらしい。イエナでもドキドキするくらいの美人さんだ。そんな子のあられもない姿をカナタに見せるわけにはいかない。あの時の判断は間違っていないと思う。
彼女は人間の男に上半身裸を見せないように配慮したことに好感を持ってくれたのか、それとも本当に困り果てていたからか、あの出会いの後すぐに「ねぇ、これ直せない!?」と言ってきたのだ。
リエルの装備品である貝殻ウェアは、天然の貝殻に無理やり穴をあけて、海草で繋ぎ合わせただけのもの。泳いでいるうちに穴の部分からヒビが入り、壊れてしまったのだ。
「あ、良かった。隠れる隠れる! おーい、そっちのお兄ちゃん、もういいよー」
「良かった。直せたんだな」
「うん、一応ね。でも、これまた壊れると思うよ?」
「えええ。まぁこれ年季入ってるからなぁ。でも、新品の貝はちょっと育ってないしぃ」
今までおとぎ話なんかでイメージしていた人魚像と、彼女はちょっぴり違う。イエナとしては結構気さくな感じで喋ってくれているので、こちらの方が気楽だ。
「えぇと……リエルは服が壊れて泣いていた、んだよな?」
「そだよー? 昨今の人魚のマジ死活問題なんだから」
「えーっと、えーっと……恋愛的なアレコレではなく」
「へ?」
突然変なことを言い出したカナタにリエルは間の抜けた声をあげる。イエナとしても胡乱な目を向けざるを得ない。いくらリエルが美人だからっていきなりそんな話題はないだろう。
「カナタ、何言ってんの?」
「あああ、イエナもそんな目で見るな。ルーム出る直前に言っただろ!?」
「え……あーー!」
もうちょっと文句を言ってやろうかと思ったところで、カナタが必死の形相で弁明に入る。そこでやっとイエナも思い出した。カナタが「この泣き声はイベントかもしれない」と言っていたことを。
恐らくそのイベントの内容が人魚の恋愛にまつわることだったのだろう。
(わぁ、ごめん、カナタ勘違い! 冤罪かけちゃった。ここでイベント云々言うのはちょっとダメだろうから後でちゃんと謝らなきゃ)
アワアワと焦るイエナを他所に、リエルはどこか合点がいった様だった。
ポン、と手を打ってから驚くべき発言をしてきた。
「もしかしてアンタたちルームとか言ってたし、転生者ってヤツ? 人魚の恋なんてそんなの大昔の話だって! ウケる~!」
「へっ!? え!? なんでわかっちゃうの!?」
「イエナ、それ思いっきり肯定してる! 正確には違うじゃん!?」
驚きと焦りのあまり、2人で墓穴を掘りに掘っている。現在地が砂浜なので掘り起こしやすいのかもしれない。
そんなわけあるか、と言えるツッコミ役はここには存在しなかった。
「あ、そうだった。ごめん、転生者とかルームとかってなんかめんどくさいからナイショなんだっけ? 服直してくれたしナイショにするって~。だいじょぶだいじょぶ~!」
「ナイショにしてくれるなら、まぁ……」
なんだかちょっとした行き違いがある気はするけれど、ナイショにしてくれるなら当面は問題はない、と思う。たぶん。
「ま、アタシらの村ってか、海の底では有名な話なんだけどねー! 地上って人と違う能力持ってるとキビシイとか聞いてたのにウッカリウッカリ。まぁアタシが喋っちゃっても海の噂なんて地上に浮かぶことないしー?」
リエルの言葉に少々不安は残るものの、ひとまず安堵する。普通に考えれば、人間は人魚の住む場所には行けない。リエルがウッカリすることがないよう祈りつつ、万が一があっても地上に噂が広がることはなさそうだ。
ホッと安堵したイエナとは裏腹に、カナタが少し深刻な声色で質問した。
「有名って……もしかして海の底に転生者っていたりするのか?」
「んーとね。正確にはいた、だね。もう亡くなっちゃったよ。結構前の話だもん」
ここにきて耳よりな新情報が入った。
本当に転生者はリエルの村にいたらしい。それならリエルが転生者の事情に詳しいことも頷ける。
「良かったらその話詳しく教えてもらえないか? 頼む!」
「え、んー……アタシそもそもニンゲンとこんなにたくさん喋っていいのかなぁとかあるんだけど……んーでも直してもらった恩もあるしなぁ」
「えーっとそれじゃあ、何か困ってることを解決する、とかと交換条件で?」
真剣な顔で頼み込むカナタ。
困りごとを解決は、人としてとても良いことだ。けれど、この場合は普通にお願いするではいけないのだろうか、と思わないこともない。
リエルも唐突に言われて困ってしまっているようだ。むしろカナタの提案が困りごとのような気さえする。
暫しの沈黙のあと、リエルは躊躇いがちに言った。
「……貝の発育不良で困ってはいるけど、それってニンゲンに解決できんの?」
「……それ、は……無理だな。あっちでは貝の養殖とかもあったけどそういう知識全然ないし……そもそもこっちとは海の環境違いすぎる。う、うーん。貝が発育不良になった原因とかってなんかありそう?」
カナタは思い切り考え込んでしまった。
イエナも貝を大きくする方法なんて全く想像もつかなかった。
「えー? 海スライム大量発生は関係ありそう……カモ?」
「海スライムが貝食べちゃうの?」
「違う違う。いや、食べちゃうのもあるかもだけど、アイツら倒すとたまに海ウール落とすじゃん? 別に倒す気ないけど弱いから勝手に死ぬんだよ。あと最近だとニンゲンの船に轢かれたりさぁ」
「え、なんかごめん」
イエナは今まで海に全く縁がなかったけれど、なんとなく人間という種を代表して謝った方が良い気がしてしまった。なんかごめん。
「船はまぁ、昔もあったし? でも海スライムの奴らがなんでか大量発生してるモンだから海ウールの量もパネェの。アレが水の流れとか栄養とか陽の光とか阻害してるんじゃないかな~的な?」
「な、なるほど。それは厄介ね」
イエナにとっては貴重な海ウールも、海底に住む人魚にとっては厄介モノらしい。
「そう、めっちゃ厄介。とっといたって何になるわけでもないしさぁ。でも放置しとくと海に悪影響だから一か所に押し込むしかないしさぁ」
「……とっといてるの?」
「とっとく以外に方法なくない?」
「燃やすとか……あっ、海底じゃ無理だ」
カナタの発言にリエルはフルフルと首を振る。
「ニンゲン、激ヤバ。すぐ燃やそうとするんだもん」
「人魚からするとそういう認識なのか。ごめん、そういうつもりはなかった」
カナタとリエルが話している横で、イエナの頭の中にはとあるアイデアが浮かんでいた。もし、実現したら双方にとってかなりお得なのではないだろうか。
「ね、ねぇ。ちょっとアイデア浮かんだんだけど……一旦ルームに案内しても大丈夫?」
月明りの下でなく、できれば明るいルームで落ち着いて話したいからの提案だった。しかし、リエルの冷静なツッコミが入る。
「アタシの移動でそのへんベッショベショになるけど? あと、水に浸かれないとキツイ」
人魚と人間の話し合いは前途多難である。
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