48.夜の海辺に響く声
あの後、イエナはリビングや地下だけでなく、それぞれの部屋にも窓を設置した。磨りガラス風嵌め殺しの窓であっても微かに外の様子が感じられる。気配察知スキルを持つカナタであれば、もっとよくわかるのだろう。
(海のすぐ傍だからかな。結構聞こえてくるものなのね)
今まで夜の時間はシーンとしていた。たまに寝ぼけた羊たちの鳴き声が聞こえるくらいの静かな夜に慣れていたせいで、波の音が妙に耳につく。
少しだけ、眠れるのかと不安になったがベッドに入ってしまうと意外と気にならない。どころか、絶え間なく一定のリズムで聞こえてくるのが段々と心地よくなってきてイエナはすぐに寝入ってしまった。
そうして、いつもどおり朝を迎える……はずだった。
「……ェナ」
コンコン、と控えめなノックの音と自分を呼ぶ声。
「メェッ」
「めぇ~~~!」
「カナタ!? もっふぃーとゲンちゃんも!?」
同時に聞こえた羊たちの鳴き声に寝ぼけ眼のまま飛び起きた。バタバタと自室のドアを開けるとそこには見慣れた1人と2匹の姿。
「ど、どうしたの!? 夜中? だよね?」
今までになかったことなので心臓がバクバクと跳ねあがっている。
「起こしてごめん。夜中で合ってるよ。ちょっとゲンたちが気になっちゃったみたいで……耳澄ましてみて」
「え?」
カナタはシィーというジェスチャーを2匹にする。訳がわからないまま言われた通りに耳に意識を集中させる。
すると、ザザン、ザザンという微かな波の音とは別の何かが聞こえる。それは例えるなら――。
「えっ。何? 泣き声?」
「うん、多分そう。最初にゲンたちが気付いて、俺のこと起こしにきたんだ」
それほど定かに聞こえるわけではない。むしろ波の音に紛れてしまいそうな。けれど、一度気が付いてしまうと妙に気になってしまう。これではもっふぃーたちももう一度寝る気にはなれないだろう。
「カナタはこの声の正体ってわかる?」
「いくつかは。まず、セイレーンっていう魔物。レベル的にはイチコロリが通用する相手ではある。倒せなくても追い払うことはできるんじゃないかな」
「あ、聞いたことある。怖い話に出てきた魔物だ。歌声で人を惑わせて溺れさせちゃうとかそういう感じだったはず」
真夏恒例の肝試しで、そんな話を聞かせてもらった覚えがある。
こんな風に怖い魔物がいるから子供は安易に街の外に出ないように、という作り話だと思っていたのだが実際にいたとは驚きだ。
「そうそう。歌声にそんな作用があったな。確かイエナ状態異常を回復する薬も作ってたよな? アレがあったら怖くないと思う」
「おっけー、任せて。そこまで数はないけどちゃんとあるよ。惑わせてってことは混乱とか専用の方がいいかな?」
ポイズンスライムの件があってから、製薬の方はコツコツと作り続けている。
頑張って作り続けている一方でこれらの薬の活躍の場がないことを祈っているけれど。何せ、これらの薬が活躍する場面は、カナタやもっふぃーたちが危険な状態にあるときだからだ。
魔物を倒しながら冒険をしているのに矛盾しているとは思うけれど、危ない目に遭ってほしくない。
「えーと、そうだな。在庫が多い方で。……って言っても、俺としてはセイレーンの可能性はちょっと低いと思ってる。多分使わないんじゃないかな」
「え? そうなんだ? まぁでも備えは大事よね」
しかし、セイレーンでないのであればこの声の正体はなんなのだろうか。
イエナには見当もつかない。
「ねぇ、じゃあこの声の正体なんなの?」
「俺の予想が当たっていれば、イベントだと思う」
「イベント!? って、あの、カナタが行きたいところのヤツだったり、あとマゼランさんの一連の?」
過去にイエナは彫金の師匠であったマゼランから、作業用の手袋を貰ったことがある。これはカナタの世界では『イベント』と呼ばれていたらしい。
「そう、そんな感じ。もしイベントだとすれば悪いことは起きないと思う。でも逆にセイレーンでもイベントでもないとしたら、対処できるかわからない。だから、きっちり準備してから外に行きたい」
「思ったんだけど、そんな危険を冒さなくてもスルーしてればいいんじゃないの?」
この旅は安全第一をモットーにしている。
セイレーンの場合は倒せるかもしれないけれど、状態異常をかけられる可能性もある。薬は用意していてもまだ試していないのだから、とても万全とは言えない。
カナタの知らないナニカだった場合は、それこそ何が起こるかわからない。
であれば、安心安全のルームの中に引きこもっているのが一番ではないだろうか。少なくともこのルームの中に悪意がある者は入ってこれないのだから。
泣き声の主がなんであれ、朝になっても泣き続けていることはないだろう。ないよね? ないと思いたい。
「危険は確かにあるんだけど、イベントだった場合の恩恵が大きいんだ。マゼランさんの手袋めちゃくちゃ有用だったろ? あんな風にイベントって基本的にその報酬がイイことが多いんだ」
「うっ、それなら多少危険があってもやった方がいいのね。わかったわ、すぐ準備する」
「俺も準備してくる。リビング集合な」
大急ぎで寝間着から普段着に着替え、製作部屋に向かう。イエナ基準ではそこそこ整頓されているため、目当ての薬もそこまで苦労せず見つけることができた。やはり、床一面に広げていると見つけやすい。
現在インベントリには結構余裕があるので、様々な可能性を考えて色々入れておく。
「お待たせ!」
「そんなに待ってないよ。ゲンたちもやる気満々だし、早速行こうか」
「メェッ」
「めぇ~~~~!」
健やかな睡眠を邪魔されたせいか、ゲンだけでなくもっふぃーもやる気に溢れているように見えた。ちょっと珍しい。
「ゲンももっふぃーも、俺が合図を出すまではとびかかったりしないようにな。魔物じゃない可能性もあるから。あと、合図を出したとしても岩場は滑ったりするから足元は十分注意してくれ。海水が目に入らないように」
「携帯シャワーはちゃんと持ってるから汚れることは気にしなくて大丈夫よ。ポーションもあるけど怪我しないように気を付けて」
こんなとき、後方支援の身がとてももどかしい。
やはり早いうちに自分専用ハンマーを作らなければ。
「……泣き声の主は岩陰から出てすぐくらいかな。それ以外の気配はなさそうだ」
カナタが玄関付近につけた小窓から、気配察知のスキルを発揮する。
全員目を合わせて頷きあうと、音を立てないようにそっとルームを出た。
外に出ると、波の音がひときわ大きく聞こえる。そして、泣き声もハッキリと聞こえてきた。
「いる」
カナタが小声で端的に教えてくれた。
その視線の先には月明りに照らされた砂浜があった。そこに、不自然に輝く金色の髪。
「うっ、うっ、できないよ、無理だよ」
すすり泣きと同時にそんな声が聞こえてきた。
(喋れるってことは、人間? でも、そんなところにいたら濡れちゃうんじゃ……あ、あれ!?)
金髪の主は最初波打ち際に座り込んでいるのだと思っていた。だが、よく見るとその下半身は水に浸かっている。
見間違いかと思って一歩踏み出したところ、ザリッと思っていたよりも大きな音が鳴ってしまった。
「!? 誰かいるの!?」
そう言って金髪の主が振り返る。
見事な金の髪が似合う、可憐な美少女がそこにいた。
ただ、彼女はただの美少女ではない。何故なら彼女の下半身は魚のソレで、尾びれが振り返った瞬間にバシャンと水を跳ねさせた。
いわゆる、人魚と呼ばれる種族。
だが、イエナは今、それどころではない。
「カナタ見ちゃだめー!」
人魚の彼女は、上半身に何も身に着けていなかったのだ。思わずイエナは叫びながらカナタの目を隠すのだった。
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