47.海辺のルームでいつものディナー
安心安全のルームにて。
設置したばかりの窓の方から微かに波音が聞こえてくる。
今日はきっとこの音を聞きながら眠るのだろう。そう考えるとちょっとワクワクする。
「あ、見て見てゲンちゃん。倒してくれた海スライムのドロップ品。海ウールって言うみたいよ! ふんふん、水に強い素材なんだ。面白そうな素材ありがとうね」
海スライムに突撃して思わぬ目に遭ったゲンは未だ凹み中である。元気づけたいという意味も込めて、声をかけてみた。実際に、新しい素材は胸が躍るのでイエナとしてはお礼を言いたいのは嘘ではない。
「メェ……」
声をかけるもゲンにはいつもの元気がない。それを見かねたのか、夕食の準備に取り掛かっていたカナタがこちらに来てくれた。
「別にゲンはドジったって程でもないしなぁ。俺が仕留めそこなった魔物がいたらトドメさして欲しいっていうのはいつも言ってるし。今回は俺の注意が甘かったのもあるしさ」
「あ、そういえば、私も海初めてだからきちんと注意事項は聞いておきたい! もっふぃーもおいで、一緒に聞こう」
「めぇ~」
今すぐにでも加工に取り掛かりたい新素材ではあるが、それは一旦置いておく。これからの安全の方が大事だ。そろそろ夕食かなぁとウロウロしていたもっふぃーも手招きして、カナタの海講座を聞く姿勢に入る。
「注意事項って言っても、俺も実践は初めてだからなんとも……んーと、まずは海に浮いている敵には無暗に戦闘を挑まないこと、かな。濡れると服や毛が水吸って重くなるから思ってるよりも動けないと思う」
「メェ……」
ゲンが哀し気に、実感の籠もった鳴き声を上げる。
「ゲンが体験した通り、濡れると砂までくっついてきてかなり不快だから注意しような。しかも海水ってかなり塩分その他の成分があるから目に入ると痛いし、そのまま乾かすとべとべとのバリバリになる。その上砂がくっついた日には……イエナのシャワーがあって本当に良かった。サンキューイエナ」
「そもそもこの辺りの風がちょっとペトってなるよね。携帯シャワーもそうだけど、お風呂関係充実させておいて本当に良かったなーって思う」
ゲンやもっふぃーの毛は先程ブラッシングしたのでちゃんとふわふわだ。だが、海辺で活動したときはより念入りなお手入れが必要だろう。
癒しのモフモフは高品質を保たねば。
「足元の環境も普段と違う感じがしたから、その辺も注意だね」
「そうそう。普段とは何もかも環境が違うから、避けられる戦闘は避けるのが基本になるかな。戦うとしても水の中じゃなく、地面があるところで。水中に逃げられたら深追いはしない方がいいと思う」
「でもちょっと素材は魅力的なんだよね。海ウール、たくさんほしい……海ウールだけじゃなく、海の素材、たくさん……」
今まで見たこともない素材を思い出したイエナは、ついつい浮かされて本音を呟き始めた。
製作手帳で海ウールという素材から何ができるか調べると、かなり多くのモノが製作できるとわかった。可能であれば全部作りたい。流石に無理なのは承知しているけれど、希望を述べるくらいは許されるだろう。
また、海の魔物は海スライムだけでなくまだまだ数多くいるに違いない。それらの魔物がどんなドロップ品を持っているのか、興味は尽きない。
「海スライムはたまたま最弱の部類だったけど、海の魔物の中には今までよりも強いのもいるんだ。この付近の魔物ならイチコロリで倒せるとは思うけど、そのドロップ品を拾うのがまたちょっと……」
「あ、そっか。倒したとしてもドロップ品をとりにいくために海に入らないとなんだ。んーーーなら無理はよくないわね」
海スライムのドロップ品は運よく砂地の方に流れてきてくれたが、逆に沖の方に流されてしまう可能性もあった。
苦労して倒した後に更にペトペトする海の中に入ることを考えるとあまり割に合わないかもしれない。
最悪の場合ドロップ品を拾おうとしたところでまた戦闘になることもあるのだから。
新素材に浮かれていても、安心安全が何よりも優先だ。命あっての製作である。
「うん、その苦労を考えるなら、ポートラの港町で買ってもいいんじゃないかと思うな。襲われた場合は勿論応戦するけど」
「了解。ところ変われば私の製作品も珍しいって引き取ってもらえるかもしれないから頑張る。もっふぃーもゲンちゃんもそんな感じで大丈夫かな?」
「めぇ~」
「メェッ」
「いい返事でエライぞー。ゲンも頑張ったもんな。よしよし」
「もっふぃーもエラーイ」
それぞれのペットと存分に交流をしたところで、海辺での注意事項と方針会議は終了。2匹を地下に連れていって、果物を食べさせる。
その後はカナタとイエナのまったりタイムだ。
「それにしても、ところ変われば本当に色々違うのね。風の感じとか匂いまで違うと思わなかったわ」
「だよなぁ。実際に体験しないとそこまでわからないよな。ゲンもあんまり気にしてないと良いんだけど」
「ゲンちゃんが元気でるものってなんだろう? ついでに私の株も上げられるものだとなおヨシ! 目指せ一石二鳥!」
「……果物? っていうか、イエナのことはあの携帯シャワーでだいぶ見直してそうだけど。あ、そろそろカトラリー出してー」
「はーい」
すっかりカタツムリ旅のシェフが定着したカナタ。それだけではなく几帳面なカナタはあちこちの掃除なんかも担当してくれている。散らかし魔のイエナはもう頭が上がらない。
いつか人としてダメにならないか、ちょっぴり心配になってきているところだ。
とはいえ、今のところこれでバランスがとれているので、ヨシとしておく。
テーブルを拭いてカトラリーを並べ、
「おー今日も美味しそう。いただきまーす」
本日は鶏の煮込みとオリーブと塩で味付けしたクルミ入りグリーンサラダ、それにグリッツだ。ホロホロになるまで煮込まれた鶏と薄味のグリッツの組み合わせがとても美味しい。
「カナタ、家事全般のスキルレベルが上がってそう。見えないけど。めっちゃ美味しいよこれ」
「美味しいなら良かったよ。実は俺も不可視のレベルが上がってる気はしてるんだよな。ギャンブラーってそこまで器用さ高くないはずなんだ」
首をひねっているカナタだが、出会った頃に比べてずいぶんとカトラリーの扱いが上手くなっていると思う。そのあたりも不可視のレベルとやらが関係しているのだろうか。
「上がってるならいいことじゃん?」
「まぁ、な。運もきちんと上がってるからいいんだけど……。あ、思い出した!」
「ん? どうしたの?」
「海辺の素材で作るアクセサリーで運が上がるものがあったはずなんだ。ちょっと俺の方でも製作手帳見て材料ピックアップするよ」
「お、了解~。材料メモお待ちしてます~。それまでは海ウールについてじっくり考えとく。何に使うのが一番かなー」
実は、海ウールから水着なるものが製作できることは調べがついている。リゾート地では海や湖に入って遊ぶことがあり、その際に着用するものだとか。
(冒険にはそこまでいらないかもしれないけど、ちょっと楽しそうだよね。水に入るの。まぁ、泳いだことないからわかんないけどさ)
流石にひとつしかない素材を不要なモノに使うわけにはいかず、悩みに悩むイエナだった。
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