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43.5 閑話 嘆きのモフといつものモフ

 ちょうど良い気温で、ちょうど良い湿度で、とても快適な巣。

 そこに1匹の嘆きの声が木霊していた。


「ううう、黒くてツヤツヤだったアタシの毛がぁ……」


 快適な巣暮らしにも慣れてきた頃、2匹のモフモフの毛はキレイさっぱり刈り取られた。パッと見、羊型魔物というよりも山羊型魔物に見えるだろう。


「う~ん、サッパリしたねぇ~」


「なんでもっふぃーはそんな呑気なのよ! アタシたちはメリウールなのよ!」


 メリウール族の誇りはモフモフの毛だ。特に色違いに生まれたゲンはその艶やかな黒毛に並々ならぬ自信を持っていた。他とは違うのだ、と。

 ふんすふんす、と鼻息荒く主張する様は大変可愛いと思うのだが、そのままでいるのは現実的に問題があったのも事実。


「でも、ニンゲンたちが刈ってくれなかったら僕たちアチアチになってバタンキューだったよ~?」


「うっ……」


 メリウールの毛は防寒性に優れている。そしてその毛はモシャモシャ伸びていくのが特徴だ。そもそも、メリウール族はもう少し寒い地方に生息している魔物である。それが何故こんな状況になっているのか――それは21.5話を是非参照して欲しい。

 主人たちが『るーむ』と呼んでいるこの空間は、湿度も適正だし空気も清浄だが、メリウール族にとって気温だけは少々難があった。毛が増えてくるとドンドン体感温度が上がっていくのだ。


「僕が噛み切ってあげても良かったけど、ゲンちゃんそれはイヤでしょう~? ならやっぱりご主人たちにやってもらって正解だったよ。まぁ確かに最初はびっくりしたけどね」


 もっふぃーのご主人は何やら道具を作るのが大好きみたいだ。

 そしてその道具で色々生活を快適にしてくれている。ぬかるんでグチャグチャの道を走ったあとの泥まみれの蹄をキレイにする道具だとか。

 その一環らしく、先日はちょっと大きな音がする道具を持ってきた。説明から察するに、あれがニンゲンの使う毛刈り道具らしい。もっふぃーは、ご主人が自分に酷いことはしないだろう、と思ってるので身を任せた。

 正直大きな音はイヤだったけど、そのあとの毛がキレイさっぱり刈られて軽くなった体に大満足だった。


「べ、別にイヤとは言ってないじゃないの! 今アタシとアンタしかいないんだから、フカコーリョクってヤツでしょ!!」


 ゲンはゲシゲシと床を蹴る。丈夫な床には傷ひとつつかないし、なんなら床を蹴った蹄の方がちょっと心配になる。


「不可抗力で家族になっちゃうのはダメだと思うなぁ~。ゲンちゃんはまだまだ若いしねぇ」


 繰り返しになるが、メリウールの特徴はそのモッフモフの毛だ。ただ、毛が長すぎると重くて身動きがとれないとか、熱がこもって具合が悪くなるなんてことがある。

 野生のメリウールの場合は、家族同士で毛を上手く噛み千切ってケアをするのだ。勿論同族の毛は食べ物ではないため飲み込んだりはしない。美味しくないし。ガジガジと噛み切ってペッとその辺りに捨てるのである。

 ちなみに、メリウールがいる草原にはふわふわの丸い塊が落ちていることがあり、ニンゲンの狩人たちはそれを目印にしているのだが……それはメリウールの知らないことである。

 ゲンともっふぃーは同じ群れに所属する仲間だった。けれど、家族ではない。そのため、相互に毛の手入れを行うというのは家族になるということと同義だ。

 まだまだ若い、というか幼いお転婆姫にそれはよくないだろう。


「結局ニンゲンに刈られてるでしょー!!」


「それはまぁ、ゲンちゃんのご主人だからいいんじゃない?」


「アンタの主人の作った道具じゃない!」


「それはそうだけど、やっぱり僕らよりニンゲンのが器用だからお任せしちゃった方が楽だと思うんだよねぇ~。毛の調子、すっごい良いもん」


 あのニンゲンたちと行動するようになってから、もっふぃーは毛艶か良くなったことを実感している。野生でいるときよりも頻繁に果物を食べて、快適な場所で睡眠をとっている。数日外に出してもらえず、ちょっと運動不足だなぁと感じる時もある。ただ、それはニンゲンのサイクルの都合らしい。数日我慢したらその次は思い切り走れる日が来るということをもっふぃーは学んでいた。

 そして何よりも、毛の手入れを良くしてくれる。特にもっふぃーの主人の方はメリウールの毛がとってもお気に入りらしく、暇さえあれば手入れをしてくれた。なんかたまに不可思議な動きをするけれど、害になっていないので気にしないことにしている。


「だから、その毛を刈られたんだってば! これじゃまるでヤギじゃないの~。恥ずかしくて外なんか行きたくない! いやっ!」


「……同族、誰もいなくない?」


「アンタがいるでしょ!」


「今の僕もゲンちゃんと同じで丸刈りヤギモドキだよ? おそろいだねぇ」


「メリウールのキョージはないの!? ばかー!」


 メェェーと泣き出して(Not鳴き)しまったゲンに、もっふぃーはちょっと感動する。


(まだまだ子供だなぁって思ってたけど、矜持だなんて難しい言葉知ってるんだねぇ。成長してるなぁ~。これもご主人のお陰とかなんだろうか?)


 感動の方向がそれで合っているかはさておき。

 この拗ね拗ね状態ではご主人たちも困ってしまうだろう。


「うーんとえーと……サッパリしたゲンちゃんもカワイイよ? それにほら、メリウールとヤギ魔物だと角の形も違うじゃない?」


「……そりゃ角の形は違うけどぉ」


 もっふぃーのカワイイという言葉にゲンは耳をピクピクさせる。

 ただ、そこで「もっとカワイイって言って、褒めて」と言えれば、それはもうゲンではないわけで。

 一方もっふぃーは、角を褒めたことで反応があった、と思った。当然のことである。


「僕たちの角、カタツムリみたいでイイよね」


 2匹の角はまだまだ成長途中。成獣になればグルングルンと、それこそカタツムリのように渦を巻く。今はまだその片鱗を見せて、ちょっと丸まっている程度だ。それでも、これはヤギたちにはない特徴である。


「もー! そうじゃない! ばかー!」


 案の定、若干すれ違った2匹の結末はこんな感じになる。

 そうして、ゲンの機嫌は主人であるカナタに構い倒してもらうまで戻ることはなかった。

 なお、野生のメリウールよりも食環境、住環境が良い2匹の生育は結構早く、今後も頻繁に毛刈りに見舞われることになるのだが、その話はまた別の機会に。


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