42.いつか帰る人
ぷぃ~~ぷぃ~~。
ルームに気が抜けるような間抜けな音が鳴り響く。イエナが作業している机のすぐ傍にあるショッキングピンクのラッパのような物体が鳴らす音だった。
「わわっ!? 私結構集中してた? でも、実験成功みたい!」
製作に励んでいたイエナは大慌てでルームから出て、宿の扉に手をかけた。
「はーい?」
「俺! カナタ!」
「はいはい! おかえり~」
一応相手を確認してから扉を開けて迎え入れる。扉を閉めて、その真裏にあるルームへ入るとやっとカナタは一息ついたようだ。
「ただいま~って言うの、なんというかここに入ってからなんだよな。気持ち的に」
「ふふ、我が家と思ってくつろいじゃって。あ、ノックの実験も付き合ってくれてありがとね。うまく作動したから今後宿に泊まったときもどうにかなると思う」
宿の扉になにやら奇妙なショッキングピンクの吸盤のようなモノがくっついている。ノックの振動を感じたこの吸盤が、ルーム内にある本体に音を響かせるという仕組みである。大元は子供に留守番を頼む際の防犯グッズなのだが、それをイエナが改造したのだ。
集中しているイエナにもきちんと音が届いたので実験は成功と言っていいだろう。
「問題はルームが開けっ放しになることくらいか?」
「でもカナタが外出してる時だけだし、万が一来客があったときの保険だから」
2人が泊まっている宿に来客が来ることなんてほとんどない。それでも、一応用心のために、と作っただけなのだ。
取り付けるのもそこまで手間ではないように作ったし、今後は心の安全を買うための装置として役に立ってくれそうだ。
「どっちかっていうと、俺が締め出し食らわないためって気もするけど」
カナタがちょっぴり意地悪く笑う。正直ほぼ来ないであろう突然の来客よりも、製作に集中しすぎたイエナ対策であることは否めない。
が、別に強調しなくたっていいではないか。
「そ、そんなことより、カナタ、ゲンちゃんのご機嫌とって〜! 一応ブラッシングしてあげたけど主人じゃないと不満そうなのよ」
「そっか、わかった。ついでに2匹にちょっと早いけど夕ご飯あげちゃおうか」
「じゃあ私果物見繕って持ってくから、カナタはゲンちゃんお願いね」
カナタは了解、と手を上げて地下へと降りていく。気配を察したのか、地下からゲンの鳴き声がした。
(やっぱ主人がいいよねぇ。狭いお部屋の中だからストレスも溜まってるだろうし。あ、これゲンちゃん好きそうだったから今日はこれにしようかな。もっふぃーは……好き嫌いなさそうなんだよね。なんでも美味しく食べる、というか)
2匹の好きそうな果物を手に取って地下へ降りる。
ほんのちょっとの時間なのだが、その間にカナタはゲンに懐かれまくっていたようだ。ゲンの真っ黒な羊毛があちこちについている。羊毛がついてしまう原因のひとつはゲンがイエナに満足にブラッシングをさせてくれないせいだと思うのだが。
「凄い歓迎っぷりねぇ」
苦笑しながらカナタに果物を手渡す。
「まぁ懐いてくれてるのは嬉しいことだしな。ほら、ゲン。果物どうぞ」
「メェッ! メェッ!」
「もっふぃーもおいでー。今日はコレにしてみたけどどう?」
「めぇ~~~!」
本日チョイスした果物ももっふぃーは喜んで食べてくれた。
ペットとの触れ合いの時間は大変癒しである。特にもっふぃーはイエナが癒しを求めてモフりながら丁寧にブラッシング等の手入れをしているため、モフモフが素晴らしいことになっていた。
が、そろそろ一旦お別れしなければならない気がする。
「近いうちにもっふぃーもゲンちゃんも毛刈りかなぁ」
大変癒しなモフモフではあるが、2匹とも毛の部分がデカくなりすぎている。鞍を付けるのもちょっと手こずりそうだ。
「だなぁ。野生だと駆け回ってる内にどうにかなるんだろうか? まぁ俺たちのペットになったからには飼い主が責任もって快適にしてやるべきだよな。なんか羊って自分の毛があったかすぎて熱中症になることもあるらしいし」
「そうなんだ? じゃあ暑い地方に行くときとかは事前にサッパリさせてあげないとね」
とはいえ手元に毛刈りの道具はない。
今すぐにサッパリは無理な話だ。
「毛刈り道具って作れそう?」
「ん~~~。ちょっと不安かも。見たことないしさ。酪農用具とか売ってるところに行ってみようかなぁ。仕組み見れば作れるかもしれないし、そこまで高くなかったら買ってもいいし。あ、そうそう! 報告なんだけど!」
本日商業ギルドにいた、ツッコミ満載のビックリオジ様の話をする。とても魅力的な出会いだったとは思うがあまりにも心臓に悪かったことも含めて。
「へぇ~。全部会心作にはしてなかったんだよな? それなのにそんな反応されたのか。きっとものすごい目利きなんだろうな」
「ね~。なんか名刺も貰っちゃったし、次来るときは良ければ呼んでほしい、なんて言われちゃったよ。まぁそんなわけで次から銘入れようかなとは思ってる。銘入りのモノって結構あるからそんなに目立たないと思うし」
「その辺りに関しては俺は知識ないからなぁ。イエナが大丈夫と判断するならいいんじゃないか?」
「う、う~……そう言われるとなぁ。美味しい話には裏があるって言うじゃない? だから不安がないと言えば嘘になるんだけど」
疑おうと思えばいくらでも疑える要素はある。それこそツッコミどころ満載だったし。
でも、それらを上回って魅力的だったのだ。銘を入れる、という話が。
いつか、自分の作品のファンが現れてくれたら、それはどんなに嬉しいことだろうか、と。
「ま、俺らは旅暮らしで、しかもルームがあるからな。お互いレベルも上がってきたし、街に頼らない自給自足生活も不可能じゃないし。いいんじゃないか?」
「でもそれはさぁ。あ……」
口に出そうとして、思いとどまった。
(今の生活は、カナタがいるからできること。カナタはいつか、帰ってしまう人、だ)
元々わかっていたことなのに、何故かそれがスルリと口から出てこない。喉の奥に言葉の塊がつっかえているような感覚だ。
「イエナ?」
「……ううん、やっぱ銘は入れようかなって。未知ジョブでも努力すれば結構いけるんだぞってなれればいいなぁ。いつか、だけどね!」
努めて明るく、前向きな発言をする。
だって、湿っぽい空気よりは明るく楽しい方が絶対にいい。
「すぐになるって」
ゲンの毛並みを丁寧に整えていたカナタには、イエナの表情は見えていなかったようだ。そのことに少しだけホッとしてしまう。
(カナタは期間限定のビジネスパートナーだってこと、ちゃんと忘れないようにしないと……)
なんだかザワザワと落ち着かない胸の奥。
それを自覚しつつ、イエナはもっふぃーのブラッシングに専念した。
「めぇ~?」
心配そうに飼い主を覗き込むもっふぃーに、イエナはちょっと下手糞な笑顔を返すのだった。
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