41.素敵な出会い
本日は別行動の日。
イエナは商業ギルドとルームを往復して製作と納品。カナタは冒険者ギルドを中心に街散策をして次の目的地である『ポートラの港町』についての情報収集だ。
なお既に女将さんにはあと2日は連泊することを伝えてある。もっふぃーたちの運動不足が少々気になるが、ここは堪えてもらうしかない。カナタはできるだけ珍しい果物の入手を頑張ると言っていた。イエナも誠心誠意お手入れをさせてもらおうとは思ってる。
特にゲンには、「しばらく外出が多くなってしまうから、その間はイエナに世話を頼むこともあると思う」とカナタから説明してある。そのお陰か、ブラッシングだけは許してくれるようになった。
(でも、モフろうとすると気配で察知するのか尻尾でペシンってされちゃうのよね。ゲンちゃん、侮れない。でも携帯シャワーが完成した暁には!)
今までずっと威嚇されていたことを考えればこれは大いなる進歩である。いずれはキレイ好きなゲンのためにも携帯シャワーを完成させ、株を上げてもらう、というのがイエナのささやかな野望だ。
そのために、金はあるにこしたことはない。資金が潤沢にあれば、ちょっと割高でも買えるのだから。
「あのー、すみません。あそこの張り紙にあるものを納品しに来たのですが……」
納品受付には品が良さそうなオジ様が座っていた。整えられた口ひげにムチャクチャ質の良さそうな眼鏡(あまりじっくり見ているとヘンに思われそうなのでやらないけれど、会心作のように思える。正直5分くらい眺めたい)が印象的だ。恐らく怖い人ではないはず。
「はい、毎度ありがとうございます。そういった場合は張り紙を外して持ってきて頂けますか?」
「あ、はーい!」
商業ギルドにはおつかいなどで何度か入ったことはあるものの、こういった形での納品は初めてだ。それ故にお作法がイマイチわからずまごついてしまった。若干恥ずかしく思いながら、インベントリに入っているものと張り紙を照合させる。
「えーと、これ、と……これ、と……」
インベントリに詰め込めるだけ詰め込んできたので、剥がす張り紙も多い。間違いがないよう確認しながら再度納品受付に戻る。
「これはこれは……随分たくさんですね、ありがとうございます。もしかしてインベントリを拡張されているのですか?」
「あ、いえ、そういうわけでは……」
指摘されてドキっとしてしまう。
(あ、あ~~。そうだよ、クラフターは普通製作道具とかも入ってるからこんなに大量に持ち運びできないじゃん! 怪しまれたかな!?)
イエナの場合、すぐに使わないものはルームにポイッとするだけでインベントリに余裕ができる。今回はその便利さが仇となった形だ。
冷や汗をダラダラと垂らしながら、どうにか時が過ぎるのを待つ。
(今後はこの3分の2くらいを持ってこよう! そうしよう。どうかスルーしてくださいお願いしますー! 私たちにはお金が必要なのー!)
「おや……」
インベントリから出した製作物と張り紙を照合していたオジ様がポソリと呟く。声自体は全く大きくない上に、声音での感情判断がしづらい。どういう意味の「おや」なのかがわからず、冷や汗が留まるところを知らない。
「大変質の良いモノばかりで嬉しく思いますよ。失礼ですが、銘は入れなくてもよろしいのですか?」
「え? 銘、ですか?」
「はい。これらの製品は商業ギルドのネットワークを通じて様々な場所に卸されますが、これほど質が良ければ愛好家がつくこともあります。名が売れれば指名されることもありますよ。指名依頼はこういった納品とは比べ物にならない値段が付きます」
「わぁ、そうなんですね……」
素敵な話に心がグラつく。商業ギルドの、いわば目利きのプロに「質が良い」と言ってもらえたことはとても嬉しい。その上、銘を入れていれば愛好家(つまり、ファンってことだよね!?)がつくかも、だなんて。作り手冥利に尽きる。
が、しかし、だ。美味しい話には裏がある、と言う。ましてや今は目立つことご法度のカタツムリ旅の最中だ。
「指名して頂ければ職人としてこの上ない喜びではありますが、私はまだ修行の旅の最中でして……指名されたときに断ったら失礼になると思うんですよね。そもそも、旅をしていて連絡がつかないことの方が多いでしょうし」
「指名を断っても罰則などはありませんよ。ただ、そうですか。修行の旅の途中、と。それはそれは。では、いずれ工房をお持ちになることもありそうですねぇ。その際は是非この街でお願いしたいところですな」
オジ様はしっかりとイエナ作のモロモロを鑑定しつつ、なんだか気の早い話をしている。自分の工房を持つというのは確かに職人の夢ではある。だが、それにはかなりの資金がいる上に、場所を借りるためには信用も必要だ。金銭面はいつかどうにかできるかもしれないけれど、信用は正直難しい。
「工房なんてそんな……私未知ジョブなので、色々難しいと思いますし」
イエナはもう気にしていないけれど、やはり世の中は未知ジョブには厳しいものだ。未知ジョブというだけで融資を受けるのは難しいだろう、と何度か言われたことがある。
「未知ジョブ、つまりは新規事業ということですね。貴女の腕を見た上で未知ジョブだからと尻込みするような輩は目利きのできないヘナチョコですよ」
「へ?」
「どれも素晴らしい出来です。もし貴女に専売する心積もりがおありでしたらご紹介もできますよ。……あぁ、しかし流れの職人ということで値を上げるのも悪くないですね」
「あ、あのぉ?」
なんだか話がどんどん大きな方向に行っている気がする。
「あぁ、申し訳ありません。少しばかり先を急ぎすぎましたね」
「いえ。ええと、褒めてもらえたのは純粋に嬉しいです。そう、ですね……旅をするのに何かと物入りなのは事実なので、今後の参考に次から持ってくる製作物は銘を端っこに入れてみようと思います」
そういえば、大家さんとそんな話をした気がする。まだそこまで日数が経っているわけではないのだが、遠い昔のことのように思えた。
(もし私の作品に価値が付いたら、大家さんのとこの家具だって箔がつくかもね)
遠い未来に、そんなことがあるかもしれない。
そんな風にイエナは考えていたのだが、目の前の御仁は違ったようだ。
「ほう、前向きに検討してもらえるわけですね。いやぁ、会頭を引退して気ままな隠居暮らしをしてましたが貴女のような新進気鋭の名工にお会いできるとは。人生まだまだ捨てたものではありませんね」
「へっ? 会頭?」
新進気鋭の名工という言葉に盛大に喜んだり、照れたりしたいのはヤマヤマだ。だが、それよりも聞き捨てならない単語があった気がする。
そんなイエナの動揺をよそに、目の前のオジ様はニコニコ微笑む。
「アデム商会の『元』会頭ではありますが、今は気ままなバイト生活の爺ですよ。ロウヤ、と申します。よろしければ名刺をどうぞ」
なんで元とは言え商会の頭をやってた人がこんな場所でバイトしてるんだ、とか。
全然そんな歳に見えませんナイスミドルなオジ様じゃないですか、とか。
その上、受け取った名刺にはアデム商会『相談役』などと書いてあるし。
色んなツッコミが脳内を駆け巡ったが、イエナはそれをちょっとひきつった笑みで全て飲み込んだ。
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