40.美味いメシの秘密は?
ワイワイだとか、ガヤガヤみたいな擬音がしっくりくる場所。
ここは、イエナたちが宿泊しているアナグラ亭の食堂だ。お店の女将さんのススメ通り、ちょっと早い時間に来たのだが既に活気があった。
「おお、すっごい賑やか」
「どっか空いてる席は……」
2人でキョロキョロしていると、例の女将さんが先に声をかけてくれた。
「宿泊客はこっちだよ! ほれ、これがメニューだ。この紙に書かれてるの以外は別に料金とるよ!」
そう言ってメニュー表を置くと、また忙しそうに去っていった。
「AセットとBセットが選べるのね」
「Aが煮込み肉でBがロースト肉か。ん~Aかな」
「じゃ、私Bにしてみよう。追加は?」
「ナシナシ。物足りなくてもまぁなんとかなるじゃん」
確かにルームに戻ればなんとでもなる。例え看板に偽りありで『メシもやばいぞ! アナグラ亭』だったとしても。ただ、こんな時間から混雑しているお店なのだから、いらぬ心配だとは思うが。
先程の女将さんに決めたメニューを注文し、待つことしばし。
「ほい、お待ち! AセットとBセット1つずつだったね!」
ドン! ドン! とテーブルにお盆が2つ載せられる。
「わぁ、美味しそう。いただきまーす」
イエナの目の前には、刻まれた野菜の上にローストされた薄切りのお肉がたっぷり盛られた料理があった。付け合わせはカリカリにトーストされた固焼きパンと、卵スープ。
早速フォークをとって食べようとしたところ、カナタの興奮した声が耳に入ってきた。
「こ、これって!!」
カナタの目の前には深めのボウル。付け合わせはイエナと同じトーストした固焼きパンと、スープの代わりにサラダがあった。こちらも大変美味しそうなのだが、何やらカナタの様子がおかしい。
深めのボウルには茶色く煮込まれたお肉が入っている。かたまり肉なのだが、プルプルとしたゼラチン質のものがあるようにも見えた。
カナタは恐る恐るそれをスプーンに載せて口に運ぶ。暫くモゴモゴと口を動かしたあと、カッと目を見開いた。
「女将さん! この味付け、どうやってるんですか!?」
カナタの勢いに食べるのも忘れてパカーンと口が開いてしまう。
一体何がこんなにも彼を突き動かしているというのか。
(いや、まぁ、見当はついてるんだけどね)
カナタもイエナと同じく、好きなモノに対しての情熱が物凄いことになる人種だ。イエナにはわからない前の世界の単語の羅列然り、風呂事情然り。そして今回、この場所で起きたということを考えれば答えはひとつ。
「味付け? 調理担当は旦那だからねぇ。厨房で聞いといで!」
「ありがとうございます! すみません! この煮込みってもしかして醤油使ってますか!?」
「うん、そうだと思った」
カナタが並々ならぬ情熱を注ぐもののひとつ、食。それもイエナにはあまり馴染みのない、異国情緒溢れる料理が大好きなのだ。最近ではルームでのカタツムリタイムを利用して、ミソとかいう調味料を自作するのに夢中だったりする。
(あれ物凄いニオイがするんだけど、ホントに食べられるのかな? 箱に入れて密封してもまだほんのりニオイがするのよね。うーん。製薬研究ついでに消臭剤みたいなの作れないかやってみようかなぁ)
ぼんやりとそんなことを考えながら、フォークの動きを再開させる。折角の出来立てなのだから美味しいうちに食べてあげたいところだ。
ローストされたお肉は肉汁がたっぷりで、上にかかった少し辛めのソースも絶品。付け合わせのパンにソースをしみ込ませて食べるとひと際美味しい。下に敷かれた野菜もソースが絡んで御馳走味だ。刺激のあるお肉の味を楽しんだ後、優しい味の卵スープでホッと一息つく。宿の看板に『メシは美味い』と書くわけだと納得できる満足感だ。
「イエナ! 申し訳ないんだけど、旅の予定ちょっと変更してもいいか!?」
料理の味を堪能していると、やっとカナタが戻ってきた。
肝心の料理が冷めてないだろうか、とちょっと思いを馳せてしまう。
「私は全然構わないわよ。とりあえず落ち着いて食べたら?」
「ありがとう! いただきます!」
どんなときもいただきますの挨拶は忘れないあたり、育ちの良さみたいなのが感じられる。ただ、ナイフとフォークはあまり使い慣れていない感じがあるけれど。
「で、どこでその調味料売ってるの?」
「あれ? 俺醤油の話したっけ?」
「大騒ぎだったもん、バレバレ。ちゃあんと聞こえてるよ」
あの興奮っぷりで気付かれていないと思っているのだからちょっと面白い。イエナ自身、好きなモノには一直線なので人のことは言えないのだが。
「そんな大騒ぎしちゃったか。……してた気もする。まぁいいか。これ、この醤油っていうのは東の海の向こうのなんだけど『ポートラの港町』だと購入できるんだって。ということで、目的地を一旦そっちにしたい」
「港町! いいわね!」
どこに行くと言い出しても反対する気は微塵もなかったが、それはそれとして港町と聞くとテンションが上がってしまう。何せイエナが旅をしようと思った理由のひとつに『海を見てみたい』というものがあるからだ。
おとぎ話なんかでしか見たことがなかった海が見れるとなると俄然やる気が出てくる。
「乗り気になってくれて良かったよ。どうやって説得しようか色々考えてたからさ」
「私の場合は大概『珍しい素材がある』で一発な気がするけど。今回は海が見れるっていう特典もあるからね。あ、もしかして船にも乗れちゃう!?」
「海は見れるとは思う。ただ、船に乗るってのはちょっとどうかな……。まだリサーチしてないけど、船ってむちゃくちゃ高そうなイメージあるし、色々問題もあるから」
ちょっと濁したカナタの言葉から言いたいことを察する。
イエナたちはまともに旅をしていない。こう言うと語弊があるかもしれないが、この世界の一般的な旅というのはしていないのは事実だ。何せ家付き快適カタツムリ旅なのだから。
だが、それが船旅となると勝手が違う。
恐らく今のイエナたちの財力では個室には手が出ない。そうでなくても船旅というのはお高いモノだと聞いている。そうなると、大部屋で雑魚寝になるのだが、果たして今までずっと快適カタツムリルームで過ごしていたイエナたちが無事に過ごせるかというと大いに不安になってしまう。
何より、船に乗っている期間中ずっともっふぃーとゲンをほったらかしにしないといけない。今こうやってご飯を食べている間も頭の片隅にいるモフモフたちと、もっと長い期間会えないだなんてちょっと想像したくない。
イエナの希望は、いつか船に乗れたらいいな、くらいの漠然としたもの。最愛となった癒しのモフモフたちに負担をかけてまで叶えたいものではないのだ。
「あ、いいのいいの。いつか乗れたらそれも素敵ね、くらいのものだもの」
「んじゃ、今回は乗らない方向で考えつつ、相場だけは聞いておくかな……。下調べして悪いってことはないだろ」
「その辺はお任せ。あーでもいつか本当にしてみたいなー船旅。それに向けて貯金するのも悪くないかも」
「イエナの場合は良いモノ作ってれば意外とすぐなんじゃないか?」
船旅を夢見ながら、会話が弾む。
特に、カナタはこだわっていた調味料が手に入りそう、もしかしたらコメもあるかも、ということで終始ご機嫌だった。
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