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39.根城確保

 まずは宿の部屋で簡単に確認しながら作戦会議をする。

 本来であれば真っ先にルームに入って2匹に会いたいところなのだが、安全を確認できないとルームを呼びだすのはちょっと怖い。初心者講習をしてくれた冒険者ギルドのお姉さんから「宿ぐるみで人さらいを行っていた犯罪組織」の話も聞いているので尚更だ。

 腰掛けられる場所はダブルというにはちょっと狭いベッドのみなので、そこに並んで座るしかない。


「確かに女の子向けじゃないわねぇ」


 苦笑交じりにイエナは言う。

 2人分の体重がかかるとベッドはギィイとしんどそうに鳴いた。寝返りをうつたびにこの鳴き声と付き合うことになった過去の宿泊者たちは安眠できたのだろうか。


「だからと言って男所帯のパーティがダブルとるかっていうと微妙だしな。そりゃあこの部屋が空いてるわけだよ」


「まぁラッキーだったけどね。ちゃんとカギもかかるし、何より安い」


 2人部屋にしてはかなりお手頃な価格だ。勿論この安さの理由が鳴くベッドだったり、部屋の古さだったりにあるのは承知している。が、ルームで休むイエナたちにはこの点はマイナスにならない。

 しかも、この値段で食事付きなのは有難い。飯は美味い、と主張しているから結構期待している部分もある。


「ルームのドア、この扉の死角になるところに出して置いたらなんとなく安心できそうだな。寝るときはともかく、ここで製作してる間はルームのドア開けっぱなしにしておくよな?」


 イエナは製作のためにほぼ宿に籠もるつもりだが、カナタは街の様子を見るためにできるだけ外へ出る予定だそう。食料品の買い出しや、市場調査、それに街の噂なんかにも仕入れにいくとのこと。

 カナタの世界ではイベントが起きると街の人たちが噂という形でそれとなく告知をしてくれていたらしい。最終目的地の次元の狭間もそうだが、他にもお得なイベントがあったとかなんとか。そうじゃなくても、どこどこの街道はいま盗賊が活発に動いているなんて話は絶対にキャッチしておきたい。既に犯罪を犯している集団にルームがバレようものならどういう目に遭うか、想像したくもない。


「うん、そのつもり。扉の死角に~っていうのも採用しとくわ。あとはなんか……ノックでもあったらルーム内に連動して音がなる仕組みとかあればいいなぁ。基本この部屋の中では過ごさないでしょ?」


「休憩するならルームの方が落ち着くからな」


「了解~。どうする? もう動く? 私は製作始めちゃおうと思ってるけど」


 お手製の家具満載のルームが落ち着く、と言ってもらえるとやはり嬉しいものだ。ちょっとニヤけそうになるのをおさえて、ルームを呼びだす。カナタのアドバイス通り、宿の扉を開けたときに死角になる位置だ。


「夕飯までに軽く街を見てくるよ。氷の魔石なんかあったらラッキーだし」


「あっても値段次第よ? 私の製作物だってどのくらいで売れるかわからないもの。あ、待って、行く前に素材出してって」


「おっけー。あ、そうそう。それでひとつ確認しておこうと思ったことがあったんだけど」


 ルームに入り、リビングをまた素材だらけの状態にする。といっても最初の頃よりはきちんと素材別に分類して置いてあるので、雑然とはしていない。まぁ今からイエナが目一杯散らかすのは確定なのだが。


「確認?」


「うん。今のイエナなら製作手帳の低レベルのやつって素材さえあれば簡単に作れる状況だよな?」


「勿論! 素材が足りなければ買うことも検討してるわよ。利益が出るって前提で、だけどね」


 製作手帳に載っているもので、作っていないものは山ほどある。それらを今から作り放題、ということでイエナのテンションはかなり上がっていた。

 初製作ボーナスでレベルアップも見込めるし、何よりも楽しい。


「買うのは構わないよ。なんなら俺が買い出しに行ってもいいし。ただ、その製作物なんだけど、会心作にする予定?」


「え? あ、あ~……」


 そう言われて、イエナは間の抜けた声を上げた。

 今でこそイエナは会心作を連続で製作できる、という自負を持っている。しかし、それはこの世界では一般的ではない、異常なことだ。

 会心作とは熟練の職人でも製作できることは稀であると認識されている。

 工房も持っていない、年若い、専門職でもない未知ジョブが何個も会心作を持ち込めばそれは目立つ。目立つだけならまだマシで、窃盗の疑いをかけられることすら考えられるだろう。


「そっか。会心作だとまずいのか」


「一点くらいなら、そんなこともあるかもな、で見逃してくれそうだけど……」


「ううん、少なくとも同業者が見たら見逃してくれないんじゃないかな。卸す先って商業ギルドだし。マゼランさんだって同業じゃないのに木工界隈とかにもネットワークもってたから……」


「そういやそうだったな」


 わざと全力を尽くさない。こんなに悲しいことがあるだろうか。いやない。反語。

 あまりの悲しみにイエナはがっくりとうなだれる。


「私の製作物を使ってくれる人が快適であるようにって頑張りたいのに、全力出しちゃダメなんて、そんなことある!?」


「いや、そうだよな。俺もなんというか、こんな凄い職人の会心作独り占め状態ってめちゃくちゃ申し訳ない感じあるわ」


「そこは快適に使って喜んで」


「あ、はい。いつも感謝しております」


 カナタはわざわざ口調を改めて応じてくれた。とても気を遣ってくれているのはわかるし、有難いとも思う。ただただ手抜き作業するのが悲しいだけで。


「あ、そうだ。会心作にならないギリギリのラインを見極める修行とでも思ってやってみるとか?」


「へ?」


 どうにか気持ちを持ちなおそうとしていたところに、予想外の言葉が耳に飛び込んできた。思わず顔を上げてカナタを見る。


「俺の感覚だと、会心作って製作物のある一定ラインを超えたら認定される、みたいなイメージなんだよな。丁寧に製作して、会心作ゲージを溜めていく感じ」


「あ、うん。そうかも」


 身振り手振りを加えながらカナタが説明してくれる。イエナも概ね似たようなイメージで製作していたので頷き、続きを促す。


「じゃあ今回は、というか、これから納品するものは会心作ラインを超えないギリギリを狙ってみるのはどうだろう?」


 ぎゅーんと伸びていくゲージを、ライン手前でピタリと止める。そんなカナタの身振りを見て、イエナもそのイメージをはっきり共有できた。


「それ、いいかも!」


 今までだって、会心作とは言えなくても、質が良いとされる製作物はいっぱい見てきた。全力を注いで作る作品とはまた違った難易度がありそうだ。


「元気出たようで何より」


「うん、ありがとね。張り切って製作にとりかかるわ。まず、カナタが帰ってきたときにわかるような仕掛け作らないとね。でもその前にもっふぃーをモフって癒しの充電を……」


「あ、俺もゲン構ってから外行くか。暫く地下室にいてもらうことになるからストレス溜めないように気を付けてやんなきゃ」


 2人そろって地下室に降りていく。

 地下室でのんびりしていた2匹にブラシをかけてやりながら、今後の予定を説明した。


「メェッ!」

「めぇ~~」


 外に出れないのが不満なのか、カナタにグリグリと頭を擦りつけるゲン。そして、わかってるかわかってないかがイマイチ読めないもっふぃー。

 何はともあれ、モフモフは癒しだった。


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