38.トマリの街
どこまでも続きそうな草原の中に、一筋の踏み均された道が続いている。イエナとカナタはその道を淡々と歩いていた。もっふぃーとゲンは先程ルーム内へと戻ってもらったばかりである。
「ねぇ、もうちょっともっふぃーたちに頑張ってもらっても良かったんじゃないかしら?」
「気持ちはわかる。けど、あんまり人目に触れさせたくないだろ?」
「それはそうなんだけど……」
大体の冒険者や旅人は馬に乗って旅をする。そうでなければ乗合馬車での移動だ。稀に魔物をペットにしている場合もあるが、それはとても目立つ。もっふぃーとゲンも同様で、きっと目立ってしまうだろう。
そうなると、街に入ったときに「あの騎乗していた羊はどこに?」と不審に思われること請け合いだ。
もちろん「あの子たちは賢いから自分たちが街にいる間はそのあたりを駆け回ってます」と言うことはできる。が、その嘘の説明を会う人全てにするわけにもいかない。
なので街や村に滞在するときは、2匹はルーム内でお留守番となっている。
「遠いのよ……想定以上に」
「俺たち騎乗する筋肉はついたけど、歩く筋肉衰えたんだろうか……」
「折角お風呂効果で全回復した気になったのに地味――にまた削られるわね」
羊たちの有難みを噛み締めて会話をしながら、どうにかこうにか歩みを進める。一度乗合馬車とすれ違ったが、徒歩で街に向かう人間も珍しくないようでこちらを気にする様子は全くなかった。
そんなこんなで、なんとか二人は目的地である『トマリの街』に辿り着いた。
「やっと着いたー!」
「まずは商業ギルドに行こうか。需要ありそうなモノの確認をするのが一番大事だろ。そこから計画も変わってくるし」
「オッケー!」
こんなとき、あの半透明の枠はとても便利である。なんと、街の地図まで見せてくれるらしい。
何故『らしい』なのかというと、イエナにはその読み方がわからないからだ。慣れれば簡単だとカナタは言うけれど、正直慣れられる気がしない。
ということで、カナタの案内ですんなりとこのトマリの街の商業ギルドに辿り着く。
「結構皮素材の募集があるわね。すぐ加工できるようになめしてたらちょっとお高く引き取ってもらえるみたい」
「お。トウモロコシをグリッツに加工する依頼もある。しかも報酬が加工品の一部だからグリッツ貰えるってことか。これなら俺でもいけそう」
ギルドの入り口付近にはたくさんの張り紙が貼られている掲示板があった。その一つ一つを丹念に見ていく。加工の手伝いから、大量納品依頼まで多種多様だ。雰囲気としては冒険者ギルドの依頼掲示板に似ている。事実、同じ内容を冒険者ギルドに出している商人もいるくらいだ。
「んー……全体的に革製品の需要高そう。ほら、コレなんか結構割がいいと思うの」
「お、いいんじゃないか?」
イエナが指さした依頼は革靴の大量納品の依頼だ。種類は問わず、ブーツでも短靴でもなんでも良いらしい。
製作手帳にはまだまだ作っていない革の靴のレシピが残っているので、それらを一つずつ作れば初製作ボーナスも貰えてお得だろう。材料の革はドロップしたものもあるし、もっと安価な汎用性の高いモノが商業ギルドでも販売している。
「これ期限なしで、最低単価も保証してくれてるからまずいくつか作って持ってこようかしら」
「じゃあ次は根城になる宿探しするか」
まだ何泊するかは決まっていないけれど、ここである程度のお金は得ておこうと相談済みである。もし買えるチャンスがあれば、冷蔵庫を作るための氷の魔石もゲットしたいところだ。ただ、氷の魔石は寒い地方でしか採れないため、このあたりでは結構割高である。予算をはみ出すようなら無理はしない、というのが2人の結論だった。
一旦商業ギルドを後にして、宿を探す。
当然のことながら、大通りに面していて構えが立派なところは高い。表通りから外れれば値段は安くなっていくが、比例して治安もイマイチになる。
「表にお値段書いてくれてるところってまだ良心的な気がする」
「同感。……あ、あそこはどう?」
値段が書いてあるところを中心に見て回り、大体の相場の雰囲気を掴む。現状お金がたっぷりあるわけではないので、できるだけ宿代は抑えたいところだ。
何せイエナたちに必要なのは「外界から遮断された空間」なだけで、ふかふかのベッドも風呂もいらない。一晩眠るだけの設備はルームに揃っている。
カナタが指さしたのはそこそこ人通りのある通りに面している宿。それだけ聞くと高そうに思えるが、外観が周囲に比べるとちょっとボロい。表に出ている看板に書いている値段も周囲に比べて安価だった。
看板には『メシは美味いぞ!アナグラ亭』と書いてある。
「うん、いいかも。なんていうか、直球なのがいい」
「だよな。実はちょっと面白そうとか思っちゃった」
顔を見合わせ頷くと、アナグラ亭の中へ入っていく。
外観と看板に違わず、中は結構な古さだった。ただ、古いだけで、キチンと手入れはされているように見える。
入るとカランカランと扉につけられたベルが鳴り、奥からエプロンをつけた恰幅の良い女性が現れた。
「泊りかい? って兄ちゃん、アンタこんなところに彼女連れてくるようなら終わりだよ? 嬢ちゃん、この男でホントにいいのかい?」
「えっえっ!?」
突然のダメ出しに面食らうカナタ。イエナ的にはこの女性の気風の良さがとても好印象だった。
「あはは、大丈夫ですー。2人で泊りたいんですけど、部屋空いてますか?」
「アンタも物好きだねぇ。ダブルの部屋で良けりゃ空いてるよ」
「良かった! あ、あとご飯付きだと料金ってどうなります?」
「料金一覧表はこれ。連泊だと多少サービスするけど、こんな小汚い宿に嬢ちゃんの連泊はお勧めしないねぇ」
「あはは、キレイに掃除されてますし気にならないですよ。じゃあ一旦ご飯付き一泊でお願いします」
「いいのかい? んじゃ先に部屋に案内しようかね」
ポンポンと進む会話が妙に気持ちいい。一泊分の料金を渡すと、カギを渡されて、部屋に案内してもらう。やはり想像してた通り、結構ボロい。女の子だとちょっと怖がりそうでもある。イエナも自分自身が寝泊りするのは少し躊躇いそうだ。
「今ならキャンセル料も無料にしとくよ?」
「いえいえ。お世話になりますー」
「はぁ~。デキた嬢ちゃんだこと。兄ちゃん、嬢ちゃんのこと逃がすんじゃないよ! 飯は反対側の廊下進んだとこにある食堂で。22時すぎになると酔っ払いも増えるから絡まれないようにその時間は避けときな!」
その他こまごまとした注意事項を口頭で告げると女将さんは颯爽と部屋をあとにした。
「……口挟む暇がなかった」
「なんか圧倒されてたもんね。私はああいう人、結構好きだなぁ」
デキた嬢ちゃんって褒められたしね、という補足は心の中にしまっておくことにする。何はともあれ、このトマリの街での拠点はこうして決まったのだった。
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