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25.旅の洗礼

「盲点だったわ……」


 ルームの中で、イエナは深いため息とともに言葉を吐いた。


「あぁ、全く考えつかなかったよ」


 先日製作したふかふかのラグの上に、2人は倒れこんでいる。双方、ぐったりとした様子だ。


「めぇ~~?」

「メェッ! メェ~~ッ!」


 そんな2人を、もっふぃーは心配そうに、ゲンは叱りつけるように鳴き声を上げながら周りをグルグルと回っている。

 2人は数時間前に意気込んで街を出ていった。イエナの元カレ、ズークがいちゃもんをつけてくるなんていう余計な一幕もあったが、気持ちの区切りもつけられて悪くはなかったと思う。

 そうやって街をでて歩くこと数十分。もう人通りもなくなってきただろうということでルームからもっふぃーとゲンを呼んできたのだ。勿論、騎乗させてもらうために。


「最初は良かったのよね」


 正直に言えば、イエナは自分の運動神経にあまり自信がない。初の騎乗、しかもポピュラーな馬ではなく羊ということで、結構緊張していたのだ。しかし、いざ乗ってみると快適な上にモフモフを堪能でき、素晴らしい乗り心地と言えた。


「そうだな。だからこそ、調子に乗ったのかもしれない」


 2人の声色は深刻だ。

 イエナは結構な慎重派である。将来への不安から両親に弟子入りする程度には心配性だし、自分の技術で旅が快適になるのであれば出来うる限りの準備をするタイプだ。

 カナタは慎重派と少し違うかもしれないが、キッチリと計画を立てたいタイプだ。今回の旅も、できるかぎり安全マージンをとった計画を立てているらしい。まだまだ前の世界とこの世界の差異に計画を狂わされることも多い。けれど、この世界にきた最初の頃に、様々なことを甘く見た結果遭難し、三日間森をさ迷ったなんてことを繰り返したくないと色々と考えている。

 そんな2人でも、やはり想定外の出来事というのは起きてしまうのだ、と痛感していた。


「まさか、普段使っている筋肉と、騎乗のための筋肉がここまで違うだなんて……いたっ!!」


 少し身じろぎをしただけで、内ももとそしてお尻が猛烈に痛い。その2か所が特に痛みを訴えているのだが、背筋や腕の筋肉までもが熱を持っている気がする。


「無理するな、悪化するぞ。……前の世界の湿布が恋しい。あれ、材料さえあればイエナに作ってもらえたりしないだろうか。いや、だめだな。材料の見当がまったくつかない」


「できるかどうかはともかく、どんな効能のものかとか教えて。ずっとうずくまってるのもヒマだし」


 流石10代と言うべきだろうか。昼過ぎに街を出て、多少の休憩をはさみながらもぶっ通しで騎乗した結果、その日の夜には2人とも筋肉痛になっていた。暗くなってからの移動は危険が増えることもあって早めに切り上げたはずなのに。

 不幸中の幸いだったのは、2人とも夕食と入浴を済ませてあとは寝るだけ状態の今、筋肉痛のピークがきていることだろうか。……現在はまだピークに向かって上り坂の段階であるとは考えたくない。

 明日の朝からすぐ羊たちに騎乗することは、筋肉痛的にも心理的にも難しい気がする。


「湿布製作も魅力的ではあるけど、たぶん手持ちの材料ではできない、と思う」


「そりゃまあそうね。でも痛みにうめいてるだけって余計に痛みが増す気がしない? なんか気をそらす話題とかほしい」


「じゃあ、今後の予定のおさらいでもしておくか?」


 出発前に、カナタから事前の大まかな計画を聞いていた。

 カナタの最終目的地は「次元の狭間」というのが現れるイベントが起きる場所。イエナの知識で言うと、果ての山と呼ばれる場所だ。文字通り最果てにある山で、その山頂から向こう側を見たという人間はいないらしい。

 何故イエナがそんな場所を知っているかというと、その果ての山には強いモンスターと希少な鉱石がとれるからだ。特に鉱石は彫金職人垂涎の品で、加工がとても難しいが故にチャレンジャーが続出。そしてその希少性から完成品は超高額で取引されているのだとか。あのマゼランも「いつかはチャレンジしたい」というくらいの鉱石である。


「果ての山が最終目的地だとして、そこへ至るまでに結構頑張らなきゃなのよね。あそこの魔物すごく強いって聞くし」


「レベルで言うとだいたい40~50くらいだな。魔物は格上の相手に喧嘩を売らないはずだから、安全マージンをとって俺もイエナもレベル60までは上げたい」


「簡単に言うわねぇ。レベルって上げづらくなるんでしょ?」


 理屈としては理解できる。

 来る日も来る日も同じ雑用だけでは製作の腕はちょっとしか上がらない。成長が皆無というわけではないけど。

 それよりも、自ら新しいモノや技術を取り入れて「できるようになった」という実感を得るほうが、経験値という意味では大きい気がする。


「常に適正レベルの魔物や製作物を相手にできればそこまで苦労するわけでもないんだけどな」


「適正レベルの魔物のことはわからないけど、私が適正レベルの製作物を作りまくるのはかなりキビシイってのはわかる。だって製作手帳見たらあれもこれも材料が足りないもの」


 製作手帳は大変便利な半面、現実を見せつけてくる。

 作りたいものは山ほどあるが、その素材の入手が現時点ではかなり難しい。


「素材はおいおいだな。今は俺の方のレベルアップを優先させてもらいたい。俺のレベルがあがれば自然とイエナのレベルにあった素材も手に入るから」


「それは構わないけど……じゃあカナタが戦うってこと?」


 少なくともカナタはズークよりは強いことはわかった。

 だからといって、魔物に通用するのだろうかという疑問はある。


「正直に言うと、今の俺が同レベルの魔物を相手にしたら死ぬ自信しかない」


「だめじゃん! って、いたたた……」


 思わずガバリと起き上がったせいで、不必要な痛みを感じてしまった。恨みがましい涙目になりながら、カナタを思わずにらんでしまう。


「大丈夫か?」


「だいじょばない……それよりもどうやってレベル上げるの?」


 どう頑張ってもこの筋肉痛の痛みは受け入れるほかに選択肢はない。そちらに関しては諦めの境地に立って、話を進める。

 すると、カナタがニヤっと悪い笑顔を浮かべた。かっこつけるのは勝手だが、彼も今イエナと同じくラグの上に倒れこんでいるため、大変シュールな状況である。


(それなのにサマになってるように見えなくもないのは、このエキゾチックな黒髪黒目のせいかしら? 体が動けばデコピンの1つや2つするのになぁ)


 イエナがそんなことを考えているとは知らないカナタは、言葉を続けた。


「最初のレベル上げは、低レベル御用達の裏技を使うんだ」


「……裏技?」


「そう、そのために今俺たちはわざわざ街道から外れて森の中にきたんだ。裏技の準備のためにな」


「もしかして、もっふぃー達に薬草の匂い覚えさせてたけど、それ?」


「そう! っ……あいててて、今回の作戦のキモなんだ、この薬草」


 休憩時間に、カナタはとある薬草の匂いを2匹に覚えさせていた。2匹とも見事にその薬草を道中見つけることに成功している。ペットはそういうこともやってのけるのだな、と興味深く見ていたのでよく覚えていた。

 しかし、問題点がある。


「もしかして、明日から薬草摘みってこと? この体で?」


 ルームの中に、気まずい沈黙が流れた。


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