24.カタツムリ旅開幕!
ついにこの日が来た。
「長かったような短かったような……感慨深いわ~」
「だな。でもここからが本番なんだよ」
そんな会話を交わしているイエナとカナタの足元は新品のブーツで彩られていた。
冒険者であれば、誰もが一度は手に取りたくなるような、そんな逸品だ。冒険には華美さはいらない、むしろ邪魔ということで目立たぬ作りにはしたけれど、シルエットにはこだわった。勿論縫製も確かで頑丈に作り上げているという自負がある。イエナ、人生初の『会心作』だ。
その他にも『ルーム』内には、横になれば即寝入ってしまいそうなフカフカのベッドやら、相当な重量にも耐えられる頑丈な棚やらをそれぞれの私室に備え付けた。プライベート空間の充実は、快適なカタツムリ旅の第一歩だろう。
できたばかりの地下室には鞍を付けたもっふぃーとゲンが待機している。羊に乗る姿はちょっと目立つかもしれない、ということで少し街から離れてから騎乗させてもらう予定だ。
そうしてちょっとずつ揃いつつある『ルーム』内とは対照的に、長年お世話になったイエナの部屋はすっかり生活感がなくなっていた。突貫製作で散らかした床はもちろんのこと、置いていく家具類も磨き上げたので、ちょっとした宿屋の一室に見えなくもない。
本日、いよいよこの街から旅立つ。
「そういえば、イエナはマゼランさんに挨拶していかなくていいのか?」
「実は昨日行ったのよね。そしたら『お前にしかできない新作でも持って出直してこい』だって」
「え? このブーツじゃダメだったのか?」
カナタはこの『会心作』ブーツを履いたとき、物凄く大喜びしてくれた。それこそ、製作者冥利に尽きる、と言えるほどに。
慣れてきてはいたけれど、微妙に合っていなかったようだ。イエナ自身も自分のブーツを履いたときに感動したので気持ちはわかる。ここまで足にフィットするものか、と。
もしかしたら、装備することにより上がったステータスがそう思わせているのかもしれないけれど。
ともかく、大変気に入ってくれたカナタとしては、マゼランがブーツを褒めなかったのが不服らしい。
だが、実際は違う。
「ううん。このブーツを見て、発奮しちゃったっぽい。やる気になっちゃったというか……さっさと行け、お前以上のものを作ってやるからな、みたいな?」
「あ~、なるほど。職人の対抗意識ってものすごいんだな。まぁこんなに凄いんだから、やる気も煽られるか」
ならばよし、と満足げに頷いている。
「今度はもっとすごいものを作って、店にくるつもり。私のアイデアで作った、手帳にないものを『会心作』で、とかね」
目標は高く。どうせならあのマゼランが度肝を抜かれるくらい凄いものを作りたい。そして、何よりも使用する人が笑顔になれるようなものがいい。今のカナタのように気に入ってもらえるモノが一番の目標だ。
「イエナならできるさ。……ところで」
突然カナタが進路とは違う方向に顔を向ける。先程までの、いよいよ旅に出るぞ、というどこか浮かれた空気から、雰囲気がガラリと変わった。
「何か用があるなら手短に済ませてくれ」
カナタに声をかけられて出てきたのは――。
「え? ズーク?」
一瞬、誰かわからなかった。
ズークは確かに仕事をクビになりやすい上に、不遇職のギャンブラーである。とはいえ、いつも身ぎれいにしていたし、イエナがいるときから女の子ウケはかなり良い方だった。
それが、今は一目で気付くことが難しいくらいに変わっている。ヒゲが伸び、服装も薄汚れていてあまりお近づきにはなりたくない感じだ。
「やっぱイエナは俺のことわかってくれるよな? なぁ、そんなのほっといて俺とやり直そうぜ。そうしたら浮気くらい目ぇ瞑ってやるからよ。お前と別れてから色々運が悪くってさぁ……」
ヘラリ、とうすら笑いを浮かべながら訳のわからないことを並べ立てるズーク。その様子がなんだか気味が悪かった。
「浮気ってなんのことよ」
「俺にフラれてから寂しくて、おんなじ『ギャンブラー』にひっかかっちまったんだろ? そんな代替品より、俺のがいいってお前はわかってるよな? ヨリ戻してくれたらソイツと浮気してたことは大目に見てやるから」
「はぁ?」
言っていることがあまりにもおかしすぎて、思わずちょっとガラの悪い声が漏れてしまった。
自分がフッたと言っておきながら浮気とは? しかも上から目線で許すだの、多めに見てやるだの。クビになって頭のネジでも飛んでしまったのだろうか。
それよりなにより、許せない言葉がある。
「おんなじ『ギャンブラー』って括るけど、カナタのどこが代替品だってのよ。不遇ジョブでも腐らず、冒険者として初級の依頼は嫌がらず受けるし、食事は割り勘か奢り。っていうか、私に作ってくれることも少なくないのよ? むしろカナタが『会心作』じゃないの」
そりゃあカナタには転生者としての知識がある。だからこそ腐らずにコツコツ真面目に依頼を達成できた、というのはあるだろう。
それでも、だ。
カナタは将来借りの方が多くなるだろうから、と2人の間の天秤が傾かないように尽力してくれている。ビジネスパートナーとして、対等であろうと頑張ってるのだ。そんな彼の努力も知らずに「同じギャンブラーだから自分と同じようなもんだろう」なんて思って貰っちゃ困る。
「っの……人が下手に出ればつけあがりやがって、未知ジョブの癖に!」
「その未知ジョブがマゼランさんに認められたらしい、ってなったから惜しくなったんだろ? マゼランさんとの一件が終わったあともなんかチョロチョロ気配感じるなって思ったら……」
「気配あったの? 言ってくれれば良かったのに」
「なんかマゼランさんと違って視線がねっちょりって言えばいいのかなぁ。その割に小物っぽいし、喧嘩売られても勝てそうだからほっといたんだよ。まさか件の元カレとは思ってなかったってのもあるし」
「小物……」
そう言われてズークのステータスをこっそり覗き見る。彼のギャンブラーのレベルは3となっていた。カナタはこの世界にきて日が浅いのにも関わらず、比べるのもおこがましい差がついている。
思わず、眼差しに哀れみが混じってしまった。
「なんだぁ? なんだかんだ言ってヨリ戻す気になったのか?」
そんなイエナの目線をどう勘違いしたのか、ズークはニヤリと笑った。
「……過去の私、見る目なかったのね」
目の前の喋る黒歴史に軽い頭痛がしてきた気さえする。
だが、それに怯んでいてはいけない。何より、これから旅立つのだから、立つ鳥跡を濁さずといった感じにしたい。心残りも後顧の憂いも全部なくしてから、すっきりワクワクの旅に行きたいではないか。
「あのね、ズーク」
「お? やっぱり、俺の方がいいよなぁ」
都合の良い勘違いをしているズークに、キッパリと言い切る。
「私があなたとヨリを戻すなんて金輪際ありえないわ」
「なっ……この、ブス! 何もできない未知ジョブの癖に!」
かつては未知ジョブという言葉に苦しんだ。けれど、カナタのお陰で今はもう違う。
それに、未知ジョブだろうとなんだろうと、自分が積み重ねてきた技術は今きちんと実を結んでいる。その言葉はもうイエナになんの傷もつけられない。
(まぁ年頃の女の子ですし!? 容姿批判は流石にちょっとはね!! 全っ然気にしてないけど!!!)
ひっそりと揺れる乙女心を抱えていると、ズークとの間にカナタが割って入ってきた。
「アンタ、賭け事続けるなら見る目養ったほうがいいぜ? イエナは可愛いし将来有望じゃん。捨てたカードが惜しいからってみっともないぜ?」
「てめぇっ!!」
カナタの誉め言葉に照れる暇もなく、煽られたズークが殴りかかってきた。
「危ないっ!」
純粋にカナタを心配しての言葉か、それとも、無謀にもレベルが段違いの相手に殴りかかろうとしたズークに対してだったのか。咄嗟のことだったので、イエナにもそれはわからない。
ただ、結果として、痛い目を見たのはズークの方だった。
「これでよくもまぁ『おなじギャンブラー』だなんて括ってくれたもんだな」
「ひっ……」
カナタはズークの拳を軽く払いのけただけ、なのだと思う。もしかしたら、それ以上の何かがあったのかもしれないけれど、今のイエナにはさっぱりわからない。ただ、尻もちをついているズークは脅えた声をあげていた。
「金輪際イエナに付きまとうな」
「っ覚えてろよ!」
ズークはありきたりな捨て台詞を吐いて逃げていく。なお、このやりとりは往来で行われていたため、結構な噂になりそうだ。今から街をでるイエナはともかく、ズークはやりにくくなるだろう。
「……なんか、ヘンな邪魔が入ったな」
「巻き込んでしまって申し訳ないけど、私的にはスッキリしたかも」
過去と決別できたというか、なんというか。これで、色んな意味で区切りをつけることができた気がする。
「んじゃ気を取り直して出発するか」
「えぇ! 楽しみね」
イエナはまだ見ぬ素材と景色に心を躍らせながら。
カナタは目的地到達のための第一歩として。
二人は冒険の一歩目を踏み出したのだった。
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