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23.異世界少年の手料理

「おお、すごーい! 地下室が本当に出来上がってる!」


 カナタに促されて入ったルームの中には、見覚えのない階段があった。それを降りると、上の階と同じくらいの空間が広がっている。


「すごいすごい! これならもっふぃーたちも自由に遊べるんじゃない?」


 羊が健全に過ごすためにどのくらいの広さが必要なのかはわからないが、2匹が走り回れるくらいのスペースはあるように思える。


「もっとレベルが上がったら今度は2階ができたりするの? ルーム拡張のスキルがもう1個あった気がするんだけど」


「かなり上げないとだめだった気がするな……ごめん、そこまでは俺もあんまり覚えてないや。俺あんまりハウジングやらなかったからさ」


 ハウジング、というのは『ルーム』の中を好き放題改造することの総称らしい。なんでもカナタの世界だと、この空間をお店のように飾ったり、集めた珍品を飾るコレクションルームに改築したり、森の中に似せたりなど自分好みに変えて楽しんでいるそうだ。


「カナタにもわからないことがあるのね」


「そりゃ人間なんだし細かいところ覚えていなかったりするさ。あと、覚えてるのは繰り返しやりこんだからってのが大きい」


「繰り返しやれば自然と身につくってスキルとかと一緒よね」


 その通りだ、とカナタが頷く。

 そんな会話をしていると、ゲンともっふぃーがようやく階下へと到着した。当初、ゲンの方がかなり階段を警戒して、なかなか降りようとしなかったのだ。確かに今までの羊生の中で、階段なんてものは目にしていなかっただろう。警戒する気持ちはわかる。だが、そんなゲンを尻目にもっふぃーは、意外と軽快に降りてきた。それを見たゲンが慌てて後を追ってきた、という次第らしい。


「ゲン、もっふぃー。ここ、おまえたちの場所、な? わかるか?」


 カナタがそう声をかけると、2匹は確認するように地下室を徘徊しはじめた。ゲンは特に警戒しているらしく「メェッ! メェッ!」としきりに鳴き声を発している。


「なんか必要なものとか、思いついたら増やしていきましょ」


 ちなみにゲンはまだまだイエナには懐いてくれていない。ちょっと手を伸ばしただけでも、未だに威嚇される。カナタには触らせてくれるのに。ちなみにもっふぃーはどちらも受け入れ態勢万全だ。いささか不公平じゃないだろうか。


「ゲンちゃん、私にも撫でさせてくれないかなぁ」


「まぁおいおいじゃないか? 少なくとも蹴ったりしないように言い含めておいたし。ただ、基本的には主人の言うことしか聞かない、と思う」


 餌を手ずから食べさせた者が、彼らの主人となる。カナタの知識では、騎乗や戦闘において、ペットは命令を過不足なく聞いてくれていたらしい。が、この世界ではどこまで聞いてくれるのかは未知数、とのことだ。2匹だって意志を持つ生物なのだから、当然だとは思うけれど。

 

「残念だけどそんなものなのかな。とりあえず2匹の寝床とトイレは作らないとね」


 ペット用のアレコレは製作手帳には載っていなかったはずだ。それでも、今までの経験からなんとなく作れそうという予感はある。不格好になるかもしれないけれど、そこは初製作のご愛敬ということで。


「んじゃ2匹は地下室に慣れてもらうとして、俺たちはご飯食べようか。……で、そこで1個謝罪案件があってデスネ」


「えっ……何?」


 急に改まった口調で言われて思わず身構える。


(調理に失敗した、とか? でもお腹ペコペコだから多少の失敗なら全然平気だけど……。もしや、腹ペコを凌駕するマズさ!?)


 イエナの脳内に、毒々しい色をした液体がボコボコと煮えたぎる魔女の大鍋のようなシロモノが浮かぶ。妖しい笑みを浮かべて鍋をかき混ぜる、黒いローブを着たカナタの幻覚もセットだ。


「まずは作ったからちょっと食べてみてほしいんだ。……ステータスを見ながら」


「へ? ステータス?」


 おかしな想像をしていたイエナは、つい気の抜けた声を出してしまった。

 頭にハテナマークを浮かべながらも、促されるままリビングに向かう。テーブルの上にはきちんと配膳された食事があった。当然ながら鍋は見当たらない。

 定番の具だくさんスープに、くるみパン。そして、ちょっと歪な長方形の黄色い物体。


「コレ?」


「うん。とりあえず、食べてみてほしい」


 席に着きながら黄色の物体を指さすと、神妙な顔で頷かれた。


(そんな顔されるとめちゃくちゃ緊張するんだけど……)


 いただきます、と呟いてから恐る恐る食べてみる。どんな劇物なのかと覚悟して口に入れると、まず舌の上に広がったのは卵の味だった。それから、たまたま見つけてカナタが狂喜乱舞していた醤油っぽい味もする。めちゃくちゃビビりながら食べたのだが、ちょっと拍子抜けするくらいに美味しい。


「普通に美味しいと思うけど、これがどうし……えっ!?」


 単なる新作料理発表だったのか、と思った矢先、開きっ放しにしていた半透明の枠に変化があった。

 製作をする際に影響がある、『器用さ』を現わす数値だ。

 この数値が高くないと、どんなに製作したくとも失敗してしまう、らしい。製作手帳を眺めていたときに、今ある素材でも作れるモノを見かけることはあった。しかし、それを作るにはステータスがちょっと足りなかった。


(チャレンジしてみたかったけど、材料が無駄になるかもって思うと怖くて製作には踏み切れなかったのよね……ああ、溢れんばかりの素材が欲しい)


 そんなこんなで、イエナはステータスの存在を知って以降、無理なチャレンジはしたことがなかった。

 そんな重要パラメータの横に、何故か『+3』という表示が追加されていたのだ。


「なにこの『+3』って……どういうこと?」


「ごめん、すっかりこれのこと忘れてたんだ。というか、俺にも作れると思ってなくて……」


 ものすごく申し訳なさそうな表情を浮かべるカナタから詳しい話を聞く。

 カナタの知識では、特定の料理を食べると良い効果が起こる(『バフ』というらしい)ことがあるそうだ。例えば経験値を少し上乗せできたり、魔物討伐の際にドロップ品が少し良くなったり、など。

 その中でも、今食べた卵料理(だし巻き卵、というらしい)はクラフターにとって基本となるものなんだとか。


「正直ギャンブラーの俺が作れるなんて思ってなかったんだよ。でも、冒険者ギルドでギャザラー用の採取依頼も達成できたわけだし、もしかしてと思って作ってみたんだ」


 製作に入る前に思い出せなくてごめん、と謝られてしまった。

 確かに、たかだか+3ではある。だが、その上昇値があればもう少し工夫できた、ということも事実だ。カナタもそれをわかっているからこそ、しょんぼりしているのだろう。しょげた姿がなんだか可愛く見えてしまったのは秘密である。

 

「3あればもっと工夫できたかもっていうのは事実なんだけど、なくてもバッチリ色々できたんだから気にしなくてもいいってば。ねぇ、それより、これって食べ続ければどんどん上がってくってコト?」


 やや強引かもしれないが、しなしな状態のカナタを解除するためにも話題を変える。それに、純粋に気になったのだ。もし食べれば食べるほど強くなれるならそれだけで無敵じゃないか。


「え? あぁ、流石にそこまで万能じゃないよ。時間制限もあるし、重ね掛けとかもできない」


 水を向けるとすぐに解説を始めてくれた。ショゲショゲよりはよっぽど良い。


「時間制限っていうのは?」


「向こうだと30分で切れたんだけど、こっちとは時間の流れが違うからなぁ。今からどのくらいの時間もつのか検証したいな」


「ふんふん。でも、今まで食べてたご飯でステータスが変動するなんてことなかったわよね?」


「製作手帳の料理部門に載ってるものじゃないとダメなんだと思う」


「あぁ……名もなきクズ野菜のごった煮じゃあダメか。美味しいのに」


 カナタは意外と料理が上手い。と言っても、イエナが比べられる対象は炊事関係を全くしなかった父と、封印したい黒歴史の元カレのみなので比べたら可哀そうかもしれないが。

 カナタの作ってくれただし巻き卵はもちろんのこと、名もなきスープも美味しくいただきながら解説の続きを聞く。半分くらいは聞き流していて、この上がったステータスで何が作れるかを考えていた、なんてことをカナタは知らない。


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