214.カタツムリ旅はまだまだ続く 完
「え~~~??? そんでまたすぐ旅に出ちゃうの~? マジ? もっちょいゆっくりしてけばいーじゃーん!!」
尾びれをビタンビタンさせながら、なんとなくデジャヴな台詞を吐くのはリエルだ。前回もこうやって別れを惜しんでくれたなぁと、なんだか懐かしくなる。
場所は海の中だった前回と違って、アデム商会が所有する人魚のための別館だが。砂浜や水路も完備のここでは気兼ねなくリエルたちとおしゃべりできて有難い限りだ。
「そんなこと言っても、私たちずいぶんゆっくりお世話になったわよ」
クラーゲンを討伐したあとも、諸々の後始末や次の冒険の準備のために結構長めに滞在したつもりだ。
カナタ念願の海鮮丼を心置きなく食べに行ったり、港町の市場でじっくり買い物したり。イエナ作のイキマモリを装備して海底へ行き、一晩人魚の村にご厄介になったりもした。かなり充実した滞在だったとイエナは思っているのだが。
「えー! マジ全っ然っ足りないって~。ガチ目に一瞬だったじゃん!」
リエルはそう主張する。
やはり、この辺りは寿命の差から生まれる時間感覚の違いなのだろうか。
「全く、アンタはまた駄々こねてんのかい。すまないねぇ」
呆れた表情を隠さずリエルをたしなめてくれたのは長老だ。
「駄々じゃないしぃ~」
「ミサならともかく、アンタはいい歳じゃないか」
「マイベストフレンドの前には年齢関係ないデース!」
ビタンビタンしながら抗議するリエルに向かって長老は大きく溜め息を吐いた。
「いいかい? 人間の一生は人魚と違って短いんだ。若い時期なんか特にあっちゅう間なんだよ。貴重な時間をあたしらが奪っていいワケないだろう?」
長老に指摘されると、リエルはちょっとだけ小さくなる。
「でもぉ~……う~……」
「この2人が旅に飽きたらいくらでも長期滞在してくれるだろうさ。それまでに、村の環境でも整えたらどうだい? 幸い、今なら人間の手が借りられるからねぇ」
「あっ、それいいカモカモシカ! ナイスアイデアじゃーん。一度来たら陸に戻りたくなくなる系村作りってヤツ? いいじゃんいいじゃ~ん!」
リエルが楽しそうに、ちょっと恐ろしいことを言い始めている。
「……人魚の村、竜宮城化計画か」
カナタがボソリとそんなことを呟いていた。意味はわからないけれど、同じようにリエルの計画に不安を覚えているのだと思う。
(まぁでも……老後とか、そのくらいになったらセイジュウロウみたいに海の底生活もアリよねぇ。何十年も先のことなんてわからないけど)
長老の説得のお陰で、当面の目標ができたリエルは快く送り出してくれる気になったようだ。
「あれ? そういえばガンダルフは一緒じゃないんですね」
最近はよく長老とセットで飲んでいた印象があるガンダルフだが、今日は姿が見えない。同じように挨拶をしてから出発しようと思っていたのだが。
「あの坊主ならアンタたちよりも先に出発したよ。飲んだ時にセイジュウロウが気にしてた場所を教えてやったら「俺が行ってくる」ってさ」
「あぁ、なるほど。突然「ゲルグの谷とかいう場所はどこにある?」と尋ねてきたのはそういう理由でしたか」
ロウヤが呆れ混じりの声音で納得していた。恐らくいきなり押しかけて自分の聞きたいことだけ聞いて、何一つ説明せずにそのまま出て行ったのだろう。目に見えるようだ。
「ゲルグの谷、ですか?」
「セイジュウロウが倒すのを忘れたって言ってたのさ。首なし騎士とやらが出るとか」
聞いたことのない地名に首を傾げていると、長老が教えてくれた。懐かしそうに目を細めながらの返答は、ずいぶん物騒なものだったが。
思わずカナタの方を見ると、頷きを返してくれた。どうやら本当にそんなものがいるらしい。カナタが落ち着いているところを見ると、ガンダルフに危険はないのだろう。
「一応挨拶しようと思ってたのにな」
「でも、ガンダルフのことだから旅先のどこかで会いそうな気もする……」
「んで、俺は勝負をふっかけられるのか……うわ、本当にありそう。断るけどさ」
「あまりにもしつこいようでしたら一度私にご相談くださいね。彼のことは色々と存じておりますので」
ロウヤはニッコリと微笑んだ。彼に相談するとちょっぴりガンダルフが可哀想なことになるような気がするのは気のせいだろうか。
「それと、よろしければ今後の旅先でも是非アデム商会をご贔屓に。ついでに、不肖の息子に会った際には、声をかけてくださると嬉しく思います。お2人は愚息にとっても恩人ですから」
現在、ジャントーニは大好きな歌を歌いながら武者修行中らしい。もちろん詩人の一人旅ではなく、商会で雇った腕利きの冒険者パーティの一員という形で。人魚の歌に触発された彼はアデム商会の宣伝をする傍ら、様々なことにインスピレーションを受けて歌い続けているのだとか。
「会えるのが楽しみね」
「そうだな。……そろそろ、名残惜しいけれど出発するか」
「あ~~~! ちょっとストッピング! 2人ともコレ持ってって」
それまで竜宮城化計画とやらをブツブツ考えていたリエルが、ひょいと何かを手渡してきた。
「え、なに? あ、これ……」
「離れん貝か」
「そ。前のもう使えなくなったっしょ。だから、新しいの。これでまたピンチになったら駆けつけてもらえるってワケよ。アタシ、マジ賢くなぁい?」
「ハイハイ」
「ちゃっかりしてるな」
そんな風に言うリエルの本心くらいお見通しのイエナもカナタも、わざと軽い調子で返す。
「いーい? 2人ともあんま強そーじゃないから、無理したら絶対ダメだからね? そんで、ちゃんとまたアタシらに会いにきてよ!」
離れん貝を渡すだけでは気が済まなかったらしいリエルは、ズビシと指を向けて念押ししてきた。ちょっと笑ってしまう。
イエナはともかく、カナタはそんじょそこらの冒険者よりかなり強いのだが。まぁ、見た目からは想像できないのは仕方がない。
「モチロン! 無理なんかしないわよ。それじゃ、またね。皆さん、色々とありがとうございました」
「お世話になりました。リエルも、またな」
深々と一礼して、イエナとカナタは並んで出発する。
ポートラの港町から十分に遠ざかった頃、出番を待ちわびているモフモフたちを迎えにルームを開いた。
「それじゃ、ゲン、よろしくな」
「もっふぃーもよろしくね」
ここから先は、また2人と2匹での楽しい旅の始まりだ。
もっふぃーに跨がり、いざ出発、というところでカナタが呟いた。
「なんて言うかさ。またなって言えるの……すごい嬉しいな」
「そっか……そうだね」
今までカナタは様々な街で別れがある際に、またね、とは言ってこなかった。そんな彼が笑顔でリエルたちにそう告げられたことがとても嬉しい。
「お待たせ。行こうか」
旅の予定はギッシリだ。
まずはカナタの手紙を向こうの世界に届けるために、エバ山の許可証をもう一度申請しにベンス国へ。その道中で世界樹にお礼と、できればウォルナーの元気な姿も確認したい。妖精たちにも会えるだろうか。
その他にも、夏のペチュンに行ってヨクルとフロスティ、そしてルプスにも会いに行きたい。冷凍庫の点検もしたいというのもある。
それから、まだ見ぬレア素材を手に入れたり、見たことのない景色を見に行きたい。船にも乗りたいし、いつかは空にだって行ってみたい。やりたいことが、まだまだたくさんあるのだ。
異世界少年と2匹のモフモフを連れた職人イエナの隠密カタツムリ旅は、これからもまだまだまだまだ続くのである。
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次回作は、戦う女の子のお話を考え中ですので、その意欲アップのためにも是非!
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