211.忘れられてた忘却薬
「……つまり、それを飲めば忘れられる、と? しかし、何が使われたかもわからないような物を口にするのは……」
「あ、原材料は全部食用で問題ない物ばかりよ。確かに一部苦みが強い素材はあるけど、万能水のお陰でマシになってるはずだし」
「万能水……そうですか。世界樹が貴方に枝を渡したというのは本当のことのようですね」
イエナが製作者の観点から補足すると、そう言ってウォルナーは黙り込んだ。
この薬は、飲む本人が心の底から忘れたいと願わなければ忘れることはできない、らしい。申し訳ないが、この辺りは製作手帳の受け売りになってしまう。なにぶん試していないので、作ったイエナであっても効果の保証はできないのだ。全てはウォルナーの心一つに懸かっていることになる。
「……いえ、味の心配はしていません」
やがてウォルナーはクスリと笑った。苦笑の類ではあるが、初めて見る彼の笑顔だ。
「それ、頂いても?」
「あ、はい! 勿論」
ずいっと差し出すと、ウォルナーはそっと受け取った。
「まだ、アリスのことを忘れる決心はついていません。ですが、いつか、忘れられると思える日がきたら……」
確かに、好きな人のことを忘れるというのは勇気がいると思う。
イエナだってお守りとして忘却薬を持ち歩いてはいたものの、いざそのときになったとして飲めたかどうか……。
(どちらかというと効果そのものより「いつでも忘れることができる」って安心感の方が効果あった気がするわ……)
そんな自身の経験があったせいか、思わず言葉にしてしまう。
「あの、今すぐ決断しなくてもいいと思う。好きな人のこと忘れるって、やっぱりそうとう頑張らないと決心できないし。ただ、それを持ってるだけでも心のよりどころになるんじゃないかな」
本音としては、今すぐに使ってアリスから得た物騒な知識を忘れて欲しい。彼がもう二度と召喚できなくなったという安心感が欲しいのだ。
けれど、やはりそれはウォルナーの心一つに懸かっている。彼が心から望まなければ、薬の効果は発揮されないのだろうから。
「……」
ウォルナーは答えない。イエナのことを無視しているわけでもない。静かな頷きを返してきた。
と、そこへ、カナタのハッキリとした声が響く。
「いや、アリスのことは忘れなくても良くないか?」
「「え?」」
イエナのウォルナーの声がキレイにハモった。が、そんなことを気にしている場合ではない。カナタの方を向いて解説を目で求める。
「いや、だって……ウォルナーが世界樹の元に帰れない原因は、知りすぎてしまったことにあるんだよな? だったら、アリスとのことを全て忘れるんじゃなくて、アリスがくれた知識だけ忘れればいいんじゃないか?」
「えっ……それって可能なの?」
「そうです。私はてっきり、アリスの全てを忘れてしまうのかと……」
「できるはずだ。確かイベントでは『彼への思いを忘れて、思い出を胸に他国へ嫁ぐ』っていう王女様の依頼だったから」
思いを忘れて、思い出を胸に。一見矛盾しているような言い回しだ。けれど、その彼への思いが燃えるような情熱ではなく、遠い日の初恋に似た淡い気持ちに変えることができたとしたら。王女様はきっと穏やかな心で嫁いだのではないだろうか。
その話をもっと詳しく聞いてみたい、という言葉をなんとか飲み込む。個人的にとても興味があるけれど、今の話の焦点はそこではない。
「……忘れるべきことは、自分で選べる、のですか?」
「恐らくは。俺も経験したことないから100%とは言えないけどさ」
カナタの言葉を聞いて、ウォルナーは安堵の息を吐いた。
「そうですか……アリスのことは忘れないままで……。ならば、もう躊躇う理由などありません」
そう言うとウォルナーは瓶の蓋を開け、その中身を飲み干した。
「えっ!? いや、決断早すぎないか!?」
「今飲んだらまずかった? 少なくとも飲んだ直後は安静にしないと~とか、その他副作用はなさそうな感じだったけど」
強いポーションの中には、飲んだ直後に強い目眩や眠気が起きるため安静にできる環境での使用が推奨されるものもある。
忘却薬は強いポーションの部類に入るのかもしれないが、そういった副作用を伴いそうな材料は見当たらない。万が一、イエナが知らない薬効や相互作用があったとしても、万能水が打ち消してくれるはずだ。
「多分大丈夫だとは思うよ。ただ、即断即決すぎて驚いただけで……。ウォルナー、効果はどうだ?」
「気分悪いとかない?」
一気に飲み干したあと、放心したように動かなくなったウォルナーに、少々不安になる。
「いえ……気分は大丈夫です。無事、知識も消えました。これで世界樹に会いに行けると思います」
「ホント!? 良かった」
「その割には浮かない顔だな」
「あぁ、それは……。アリスにはもう二度と会えないという事実に対する空虚感は、消えなかったのだな、と表現できるでしょうか……」
ウォルナーは寂しそうに微笑んだ。
「ふふ、世界樹に叱られそうですね。全て忘れれば良かったものを、と」
「でも、それはイヤだったんでしょう?」
好きな人を忘れたい。でも、忘れたくない。その気持ちだけはイエナにもわかる。
「えぇ。私はこの痛みを持ち続けながら、世界樹に叱られて来ようと思います。……ご迷惑をおかけしました」
「ホントにな……って言いたいところだけど、事情が事情だからなぁ。あ、悪いけど、このことは掻い摘んで人間の世界にも報告することになると思う」
「それはご自由に。もう会うこともないでしょうから」
ウォルナーはあっさりと首肯した。その表情はどこか晴れやかにも見える。
彼はきっと、もう世界樹の元から離れないんだろうな、という確信があった。人間の世界で何と言われようとも、声も届かない場所にいるのだから構わないのだろう。
「それでは、さようなら」
そう言って、現れたときと同様唐突に、ウォルナーは倉庫から出ていく。去り際、一度だけ頭を下げてから。
その様子を見届けてから、イエナは大きく息を吐いた。知らないうちにかなり緊張していたようだ。
「なんというか……振り回されたねぇ。でも、なんとか解決できたよね」
「うん、まぁ概ね解決でいいんじゃないか?」
「えっ!? 概ねってことはまだ何かある?」
イエナとしてはスッキリ解決したつもりなのだが、カナタにはまだ何か気がかりがあるようだ。なんだろうと思ってカナタの顔を覗き込んでみると、何だかバツが悪そうな表情をしている。
「あーうん。ある。いいか、この際だし。今、周りに人いないし」
「? うん、ロウヤさん貸し切ってくれたから」
気配察知を使っているのか、カナタは周囲に視線を走らせた。そして、一度咳払いをしてから、真っ直ぐに見つめてくる。
「イエナ、なんで忘却薬なんて作ったんだ?」
【お願い】
此処まで読んでいただけた記念に下の方にある☆☆☆☆☆から評価を入れていただけると嬉しいです!
イマイチだったな、という場合でも☆一つだけでも入れていただけると参考になります
ブックマークも評価も作者のモチベに繋がりますので、是非よろしくおねがいいたします
書籍化作品もありますので↓のリンクからどうぞ





