210.あるべき場所に帰るために
「世界樹の元に……帰る……」
「そうだ。あるべき場所へ、って言うならアンタのあるべき場所は世界樹のところだ。違うか?」
まるで魂が抜けてしまったようなウォルナーに、カナタは辛抱強く言葉を続ける。
すると。
「帰る……帰りたい。けれど、無理です」
ようやく顔を上げたウォルナーは、力なく首を横に振った。
「きっと世界樹に拒まれてしまう……」
その姿はどこか迷子になった幼子のように見えた。実際、大人になる前に人間に攫われ、成長すべき時期を『飼われていた』と称するくらいなのだ。精神的に成熟する機会が奪われていた、と考えることもできる。アリスを慕っているというのも、恋心ではなく、ただただ最初に守ってくれた存在への思慕だったのかもしれない。
「えっと、どうして? 世界樹が親みたいなものなら、歓迎してくれるんじゃ……それに純粋なエルフならそもそも世界樹のところから出てこないらしいし」
「純粋なエルフは世界樹の傍から離れない……その通りです。そして、私はその理から外れてしまった。世界樹の方が、私を拒むでしょう」
「で、でも、ウォルナーさんは自分から離れたわけじゃないでしょ? 不可抗力って言うか人間が悪いんだから、世界樹だってきっと……」
何とか励まそうと続けた言葉に、ウォルナーは黙って首を振った。
「そ、そうなの? そういうものなのかな……?」
イエナの脳裏には家を出るときの両親の顔が浮かんでいた。世間の目が厳しいのを承知の上で、「出戻ってきても良い」と言ってくれた母。その横で大きく頷いていた父。親馬鹿だと思いながらも、その気持ちが嬉しかった。けれど、それはあくまで人間の親子の話、ということになるのだろうか。
イエナにはエルフの常識がわからない。だから、すっかり諦めている様子のウォルナーにそれ以上かける言葉を見つけられなかった。
代わりにカナタがポツリと口を開く。
「俺たちにも会ってくれたから、そうでもないような気がするんだけど」
「あ、そうよね。っていうか、もしかして世界樹って、近々ウォルナーと出会うのを見越して私たちと会ってくれたとか、そういう説ない?」
「……世界樹に会ったのですか?」
閃いた思いつきを口にすると、ウォルナーが顔を上げて問いかけてきた。その目に少し光が戻っている。
「うん、会えたわよ。なんかもう木って言うか壁だったけど。妖精たちは話してたみたいだけど、私たちは言葉もわからないからお話しすることはできなかったわ」
「でもイエナは世界樹から枝も貰えただろ? 単なる人間にすぎない俺たちにこんなに親切なんだから、世界樹の子であるアンタが拒まれることはないんじゃないか? ……妖精たちなんか親って言うより友達みたいに気安い口きいてたし」
「……妖精たちは、そういう種族ですから。短絡的で、快楽的。思考を働かせて知りすぎることはない。私たちエルフとは違います」
同じ世界樹の生まれであっても、妖精と一緒にされるのはエルフのプライド的にナシなようだ。
「えーとごめん。妖精がどうこうじゃなく、アンタが、世界樹に受け入れられないワケなくないか? って言いたかったんだけど」
「世界樹は、私たちエルフが世界を知ることを好みません。私は人間の世界の知識どころか、アリスから世界の外の知識までも聞いてしまっています。魔物の召喚など、世界樹が最も嫌う類の知識でしょう……」
妖精たちと同様に純粋なエルフは自然に助けてもらえるという、人間にはない強い力がある、と言われている。例えば、ウォルナーがクラーゲンを人知れず脱走させたように。
世界樹は、そんな力がある種族が外の世界を知りすぎるのは良くないと考えているのかもしれない。
「まぁ……知識があるって一概に良いとは言えないもんな。知ってしまったら、知らなかったときには戻れないし……」
「この世界にアリスがいないのなら、こんな知識など必要ない。全て忘れてしまえたら……!」
ウォルナーは再び顔を覆ってしまった。傍らのカナタもそれ以上かける言葉がないようで、俯き加減で立ち尽くしている。
「……忘れて……あ、あーー!!」
重苦しい空気が漂う倉庫の中で、イエナの大きな声が響いた。
「イエナ? どうしたんだ?」
「……」
突然の大声に、カナタは心配そうな顔でこちらを見てくる。ウォルナーの方は何とも恨めしそうな顔だ。「私の嘆きを邪魔するな」とでも言いたいのかもしれないが、今のイエナはそんなことを気にしていられない。
大急ぎでインベントリからガラスの小瓶を取り出した。
そう、忘却薬だ。
「ウォルナーさん、これ、飲んで!」
「いきなり何を……お断りします。いかに私が世間知らずとは言え、得体の知れない相手から渡された物を素直に受け取るはずないじゃないですか。まして口にするなどあり得ない。全て偉大なるアリスの教えです」
断固拒否の構えに加えて流暢な長台詞、アリスへの賛辞を添えて。まぁ少しでも元気になったのは良いことだが。
確かにウォルナーとイエナの間に信頼関係などは皆無であるし、彼の生い立ちからすれば人間というだけで拒否の対象だろう。もしかしたらガンダルフが勧めた方がまだマシかもしれない。
(……やばい、順序間違えた気がするわ。これだと頑なになって飲んでくれなさそう……。えーと、まずは落ち着いてこの薬の効能とかを説明して……あ、世界樹の枝からとった万能水使ってるって言えば少しは信用してくれるかしら)
話の順番がどれだけ大事か、最北の都市ペチュンでヨクルと交渉したときに学んだはずだった。イエナは頭の中で必死に話を組み立て始める。
だが、それよりも早くカナタが反応した。
「イエナ、それ、もしかして忘却薬か? なんでまたそんなものを……」
「あっ……えーと、それはですね! 話せば長いことながら!」
まさか「あなたとの別れが辛いから、見送ったあとに飲もうと思っていました。でも、出番がなくなったのでそのまま忘れてました」などと言うわけにもいくまい。下手に伝えてしまったが最後、今のウォルナーのようにこじれてしまうような気がする。
(それにここって告白の場面じゃないでしょ!? やだやだ。気持ちがバレるにしてももっとこう……ロマンチックなシチュエーションでしたい! こんな風に流されて、じゃなくて私がハラを決めてからがいい!)
自分が伝えるぞ、と決意をしてからがいいし、なにより第三者であるウォルナーがいる前で告白なんてしたくない。ウォルナーもいい迷惑である。ということで、その辺りのことを上手くボカして伝えなければ。
そう脳みそをフル回転させた結果。
「あ、そうか! カナタならこの薬の効果知ってるもんね。ウォルナーさんに説明してあげて! 私がするよりきっと信用してくれるから!」
「え? あぁ、まぁ……そうか」
強引に話を切り替えることに成功した。実際、カナタは弁が立つし、アリスの生まれ変わりという話は消えても同郷という親しみは持ってもらえる可能性はある。イエナより余程適任だろう。
「ウォルナー、イエナが持ってるそれは忘却薬っていう薬だ。とあるイベントで使うヤツなんだけど……」
「いべんと、ですか……アリスがしきりに使っていた言葉ですね。『いべんとふらぐ』が立たない、などと。いべんとというのは起きると良いこと、と記憶しています」
やはり説得をカナタに頼んだのは正解だったようだ。アリスとの思い出も交えつつ、一応聞く姿勢に入っている。
そんな彼にカナタは忘却薬のイベントとその効能を手短に伝えた。
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