209.アリスはもういない
「そんなはずはない! そんなことがあるものか!! この髪、この瞳、この力! アリスの生まれ変わりでないはずがない! でたらめを言うな!!」
果たしてウォルナーは取り乱した。
それまでの取り澄ました態度をかなぐり捨てて、イエナに激しく食ってかかる。
「でたらめじゃない。俺はカナタだ。アリスじゃない」
「貴方は転生の際に記憶を失っただけだ。思い出せばきっと……早く思い出して! 早く!」
イエナを庇って前に出たカナタに、今度は縋り付かんばかりに訴えてきた。その姿は親に置いていかれた幼子のように、今にも泣き出しそうに見える。
「……そうか、その言葉のせいか」
そんなウォルナーの姿をしばらく見つめていたカナタが、やがてポツリと呟いた。
「カナタ?」
「ウォルナー、俺は転生者じゃないよ。転生はしていない」
思わず声をかけてしまったイエナに、カナタは安心するよう頷いて見せてから言葉を続ける。
「……転生、していない……?」
「そう。俺は、いやアリスも、違う世界にある同じ国の生まれだ。そこには俺たちと同じ黒い髪で黒い目をした人間が住んでいる。こんなこといきなり言われても理解できないかもしれないが、アンタは称号も見えるんだろう? ステータスだけじゃなくて俺の称号を見てくれ」
「称号……」
すっかり反応が鈍くなってしまったウォルターだが、カナタに促されてのろのろと目を上げる。その視線がカナタの頭の上辺りに止まって。
「『異世界より来たりし者』……?」
たどたどしく読み上げた言葉は、かつて人魚の村の長老が言い当てたものと同じだった。
「異世界。こことは違う世界に俺は生まれた。多分アリスも同じだろう。原因とかきっかけはわからないが、俺たちはそこからこの世界に転移してきたんだ」
「『転移』! 最初に会ったときに言ってたわね」
とうとう全く反応しなくなったウォルターに、それでも噛んで含めるように説明していたカナタだったが、反応したのはイエナの方だった。
「うん、俺たちは転生してきたわけじゃない。言うなれば『転移者』なんだよ。なのに、この世界では何でか転生者って呼ばれてる」
「そうね、『転移者』なんて聞いたことないもの」
「確かに元の世界の記憶があるって点では同じかもしれないけど、この世界に生まれ変わったわけじゃない。本当に転生したんだったらこの世界の髪や目の色で生まれてくるんじゃないか?」
「……そう言われればそうかも。そう考えるのが自然よね」
元の世界の記憶を持っていたとしても、両親がこの世界の人間ならば子どもはその外見的な特徴を引き継いで生まれてくるはずだろう。少なくともイエナはカナタほどの黒い髪や目を見たことがない。
「俺は違う世界で生まれて、そのままこの世界に転移した。アリスも同じだと思う。同じように強い力があるというなら、それは生まれた世界の記憶のせいだ。同じ国に生まれはしたが、俺とアリスは全くの別人なんだ。理解できないかもしれないが、これが事実だ」
カナタはもう感情を高ぶらせることなく淡々と告げた。先程垣間見せた心の傷を綺麗に押し隠して。
本当は元の世界の話も転移のことも、口にするのさえその傷が痛むのではとイエナは想像する。カナタが苦しむのは辛いけれど、話すことに決めた彼の気持ちを尊重したい。
だから、すっかり俯いてしまったウォルナーをただ黙って見つめ続けた。
「……そうですか」
「……!」
ややあって、ウォルナーが顔を上げる。瞬間、イエナは息を飲んだ。
ウォルナーの目から光が消えていた。表情をなくした美貌は人形のようにも見えて、ゾッとするような怖さがある。
「では、もう用はありません。二度と会うこともないでしょう」
「アンタはこのあとどうする気なんだ?」
どこか覚束ない足取りで立ち去ろうとするウォルナーを止めたのはカナタだった。
「アリスを探しに」
カナタの問いに、ウォルナーは端的に答えた。が、それは容認できない。
ウォルナーはアリスを探す手段として、大型魔物を召喚していた。これまではカナタの知識もあってどうにか上手く終息できた。けれど、彼がこの先もアリスを探すために同じ手段を使い続ければ、毎回討伐できる保証はない。
何より、ウォルナーはエルフだ。寿命の違いはどうすることもできない。
(今はまだカナタがいるから対処できるかもしれないけれど、それだって綱渡りになるようなものじゃない。考えたくないけどカナタが死んじゃったあとは? どうにかして止めないと……でも、どうやって?)
「少しだけ話を聞いてほしい。アリスにも関わることだ」
「……アリスに?」
ウォルナーが振り返る。どうにか話は聞いてくれそうな気配だ。
「あぁ。まず、俺とアリスは同郷の人間だと思う。そして、誰が言い出したかはわからないけれど、転生者ではないんだ」
「それはもう聞きました。それが何か?」
「俺たちは正確には異世界からの転移者だ。生まれはこちらの世界ではない」
「ですから、それが何か関係あるので……っ!?」
そこで、ウォルナーは何かに気付いたようだった。顔色が真っ青に染まっていく。
「俺たちは、多分何かの間違いでこの世界に迷い込んでしまったイレギュラーな存在だ。俺には世界の成り立ちとか、魂がどうのこうのとか、そういうのはわからないよ。でも世界樹のイベントでこんなセリフがあったのを覚えている。『全ての魂は、あるべき場所へ』って」
「あるべき場所へ……それって……」
聞き入っていたイエナだが、思わずカナタの方を見てしまう。カナタは1つ頷いてから言葉を続けた。
「うん。俺も含めて、この世界に迷い込んだイレギュラーな、『転生者』って呼ばれる人間たちは、多分、死んだら元の世界に帰るんだと思う。その、魂ってヤツが、あるべき場所へ」
「そんな……」
思わずイエナは声を上げてしまった。
カナタは死後、元の世界に戻る。それはちょっと寂しいな、とか。でも、数十年も先のことだしな、とか。そもそも転生とかあんまり信じてないしな、とか。色々な考えが通り過ぎた。
でも、それよりも。
『転生者』が死後、あるべき場所である元の世界に、魂だけ戻るとしたら。
「アリスは……もう、この世界にはいない……?」
これまで、アリスと再会することだけを考えて、長い時間彷徨っていたウォルナーが愕然としたように呟いた。
「では、私は、なんのためにこんな……」
ガクリ、と膝をつき、顔を覆う。
人間には考えられないほどの長い時間を、たった一人のために費やしてきた。その全てが無駄だったと知った彼に、かけられる言葉が思いつかない。
ただ、黙って同じ場所にいるだけ。
(……ショックって言葉じゃ表現できないくらい、しんどいし辛いよね。でも、私にできることなんて……)
ウォルナーのやってきたことは、とても容認できるものではなかった。だからといって、こんな風に失意のどん底に落とされて「ざまぁみろ」みたいには思えない。
何か力になれないかと考えを巡らせていると、カナタがウォルナーの傍らに膝を付き、その肩に手を置いた。
「……アンタは、世界樹の元に帰るべきだと思う。多分、アリスに助けられた直後はそう思ってたんじゃないか? 俺の知ってる知識だと、そんなことを言ってた」
イエナと違って事情がわかっているらしいカナタは、寄り添うようにしてそんな言葉をかけていた。
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