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208.ウォルナーの過去

 ロウヤが差し向けてくれた馬車に乗って、イエナとカナタ、そして謎のエルフ、ウォルナーは町外れの倉庫に着いた。ウォルナーは抵抗するかと思いきや、カナタが声をかけると嬉々としてついて来た。あまりにも素直で恐いくらいだった。

 現在使われていない倉庫はかなり広くガランとしており、誰かがコッソリ紛れ込んだとしても身を隠す場所に困ること請け合いだ。


「ありがとな、イエナ。ここなら人に聞かれず話せそうだ」


「どういたしまして。って言っても、ロウヤさんがここを貸してくれたんだけどね。報告よろしく、だって」


「了解」


 ごく普通のやり取りだったが、それがウォルナーには気に食わなかったようだ。


「先程からずいぶんと差し出がましい方ですね。貴方はアリスの何なのです?」


「えっ、私? 私はカナタと一緒に旅をしてて――」


「そう、旅です! 私とアリスは長い間一緒に世界を回っていました。やっと巡り合えたのです、また一緒に旅に出ましょう!」


「ちょっと待って! カナタは今、私と旅してるんです!」


「……私が不在の間、余程ご不自由をおかけしたようですね。このようなけたたましい者を従者にせねばならなかったとは」


「従者じゃありません、旅のパートナーです!」


「女神のパートナーを名乗るとは、何と不遜な人間でしょう」


 異世界少年を巡って人間の少女とエルフの青年(推定)がバチバチと睨み合う。どんな修羅場だ。


「2人ともちょっと落ち着いてくれ」


 図らずもトライアングルの頂点に立たされる羽目になったカナタが割って入ってきた。


「アンタ、ウォルナーで合ってるみたいだな。ウォルナー、イエナは従者なんかじゃない。対等のパートナーだ。そこを了承してもらわないと話し合いに入ることもできない。わかったか?」


「……いいでしょう。どうせ貴方が記憶を取り戻すまでのことです」


 キッパリと言い切るカナタにウォルナーは一瞬眉を顰めたが、すぐに余裕を取り戻して頷いてくる。そんなウォルナーに今度はカナタが眉を顰めた。


「まずはそこからだな。アンタは俺を誰かと勘違いしてるようだ」


「勘違いなどしておりません。貴方はアリスです。間違いありません」


「アンタの言うアリスっていうのはアムドの町で聖女って呼ばれてた人のことか?」


「そうです! ええ、あの町の人間たちは皆、貴方を聖女と呼んでおりました。神を知らぬ身ゆえ致し方ないと、私もあえて咎めはしませんでしたが。やはり覚えておいでなのですね!?」


 白い肌を上気させてウォルナーが感極まったように叫んだが、カナタは冷静に首を振る。


「それも誤解だ。俺たちは旅の途中であの町に寄って、聖女の話を耳にしただけだ。エルフが一緒にいたなんて話は残ってなかったけど」


「当然でしょう。女神の偉業を知らしめるのに従者の話なぞ必要ありませんからね」


 彼の口ぶりからすると、意図的に自分の痕跡を消したようだ。それほどまでに、アリスという女性に心酔していたらしい。


「アンタはアリスにどこまで聞いているんだ? まず、アンタの話を聞かせてほしい」


「……良いでしょう。それで、貴方が思い出してくれるのなら……」


 ウォルナーの声がそれまでの興奮ぶりとは打って変わって低くなった。あまり話したくない内容のようだ。それでも口を開いたのは、カナタに記憶を取り戻してもらいたい一心からなのだろう。

 純粋なエルフである彼は、あの世界樹の元で生まれたのだという。だが、少年期に差し掛かった辺りには人間に飼われていたそうだ。恐らく心無い人間に攫われたのだろう。多くは語らなかったが、相当酷い環境であったことは窺える。そこから救い出してくれたのが、アリスだったようだ。


「彼女は聖なる力で私を癒し、あの地獄から助け出してくれたのです」


 暗かった表情を一変させてうっとりと語るウォルナー。そこから彼はアリスに付き従ったのだという。


「万物を知る彼女は当然ながら世界樹のこともご存知でした。彼女は親切にも『世界樹のところへ帰らなくてもいいの?』と提案して下さいましたが、私は彼女の傍で彼女の夢を叶える手助けをしたかったのです」


「アリスさんの夢って?」


 思わず質問したイエナに、ウォルナーは一瞬だけ視線を向けた。この出しゃばりが、と顔に書いていたがカナタの釘刺しが利いたのか一応質問には答えてくれた。


「ぎゃくはー、なるものを完成させたい、と。私は見目が良いので一員に入れてもよいと言って下さいました」


「ぎゃくはー……?」


 よくわからないけれど、恐らくカナタの世界特有の専門用語だろう。そう思ってカナタの方を見てみると、あちゃーと頭を抱えていた。


「そうか……やっぱアリスはそっち系の人か……」


「そっち系、とは何かわかりませんが、アリスは素晴らしい方なんです。あちこちで人を助け、強力な魔物を次々に討ち倒し、あの町以外でも聖女と呼ばれました。私には少々不満でしたが、人間にとっては最高の称号なのでしょうね」


 人間であるイエナには異論があったが、あえて口を挟むようなマネはしなかった。遮る者のいないウォルナーは滔々と続ける。


「パーティのメンバーは人間ばかりでしたから、ずいぶんと入れ替わりました。中にはそのぎゃくはーとやらの一員になった者もおりましたが、彼女の最期を看取ったのはこの私です」


 彼女と共にいた日々はウォルナーにとって、とても幸せな時間だったのだろう。顔を綻ばせながら語る様子でそれがわかった。ただ、人間とエルフだと寿命が違う。


「私とて人間の寿命の儚さは承知しております。わかっていても、ずっと彼女と一緒にいたかった。ですから、世界樹のしずくを彼女に献上することを考えたのです」


「世界樹のしずくって万能水のことよね!?」


「おや、人間の癖にご存知でしたか。なるほど只者ではない。まぁ人間にはまず無理でしょうが、エルフである私なら世界樹に頼らずとも手に入れることができますからね」


 口を挟むつもりはなかったが、驚きのあまりつい声が出てしまった。幸いにも優越感に浸っているウォルナーが気を悪くした様子はない。なるほど万能水を飲み続けたら寿命が延びるなんてことがあっても不思議ではない気はする。何しろ超高級素材だ。それだけに飲み続けることができる人間はまずいないだろう……。

 世界樹の枝が手元にあることをすっかり棚に上げきっているイエナだった。


「それでも……そのときは来てしまった。『あたしはきっと生まれ変わる。そしたら探しに来てもいいわよ』それが彼女の最後の言葉でした。ですから私は探したのです。100年くらいはただ各地を放浪しました。けれど、それでは効率が悪い。彼女の方からも見つけてもらおうと思ったのです」


 生まれ変わり。転生。そんな言葉があるのはイエナも知っている。けれど、死の間際に出る言葉だろうか。何だか酷く執念めいたものを感じてしまう。


「……その方法が、大規模討伐対象の大型魔物召喚ってことか」


 そんなことを考え込んでいると、カナタの低く唸るような声が聞こえてきた。


「えぇ! 貴方は……アリスは常々言っていました。『強いけどその分オイシイ魔物がいるんだから倒さないと損だ』と。ただ、その召喚方法がなかなか煩わしく、また全てを覚えていないということで、そこまで積極的ではありませんでしたけど。どちらかといえば、いべんとなるものの方がお好みでしたね。よく『また他の転生者に先を越された』と地団太踏んでいましたけれど、その様も可愛らしかった」


「……アンタも大型魔物と戦ったことがあるのか?」


「勿論です。アリスをお守りすることが私の役目ですから」


「あの強さを体験していてなお、アレを召喚しようと思ったのか?」


 カナタの声色が段々硬くなる。

 ボルケノタートルは、搦手を使ってなんとか倒せた。けれどその前に何人ものドワーフたちが被害に遭っている。ストラグルブルは、もしイエナのポーションが届かなかったらどうなっていたか考えるのも恐ろしい。


「えぇ。だって、アリスがいれば倒せる魔物ですから。それにアリスは召喚が成功したらとても喜んでくれましたよ。『オイシイ魔物を皆で倒せば、全員が幸せになれる』と」


「っそれはゲームの話だ!」


 カナタが声を荒げた。


「この世界は現実で、ゲームじゃない! この世界にただ迷い込んだだけの俺たちが、俺たちの都合で勝手に歪めて良い訳ないだろ!! この世界には運営もいない! ステスキ振り直しの課金アイテムもないのに、高難易度に挑ませるだなんてムチャクチャだ!」


 やっぱり、彼の世界特有の言語はよくわからない。けれど、わかることもある。

 この世界はゲームではない。

 だから、次元の狭間は広がっておらず、カナタは帰ることができなかったのだ。その事実を知ったのはつい最近で、カナタの心の傷がまだ癒えていないことだけはわかった。

 カナタの突然の激昂に、ウォルナーは戸惑いの表情を見せている。何が気に障ったのかがわからない、そんな感じだ。


「カナタ、多分ウォルナーさんはアリスさんの考えを伝えただけ、じゃないかな?」


「……うん、そうだな。そうなんだよな」


 そう声をかけるとカナタは大きく息を吐いた。自らを落ち着かせようとするように。


「それから、ウォルナーさん」


 それを見届けてから、イエナはウォルナーに向き直る。未だ困惑の表情を浮かべる彼に、イエナはキッパリと言った。


「カナタはカナタです。アリスさんとは別人です。アリスさんの言葉にこんな風に怒っちゃうくらい、考え方が相容れない別人なんです」


 どうか、伝わるように。そう祈りながら、イエナはウォルナーにとって認めがたいであろう事実を口にした。


【お願い】


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