207.エルフのウォルナー
「艶やかな黒髪、黒玉のごとき瞳。何よりその能力……! 貴方がアリス……アリスなのですね!」
「ひぇっ!? ……ええっ!?」
いきなり聞こえてきた声にイエナは2度驚いた。
そもそもこの海岸はクラーゲンが麻痺毒を撒き散らかしても最小限の被害で済むような場所を、ということで選ばれた土地だ。普段から人の出入りは極めて少ない上、今日は念のために警備の人間も配置していたはずである。
しかも、イエナは目前で繰り広げられている戦闘に全集中していた。そんなところに突然第三者の声がすぐ近くから聞こえてきたら、そりゃ驚くだろう。
驚いて、反射的に振り向いて。声の主を認める。
すらりとした痩身に流れる金の髪。見た目だけなら女性と間違ってしまいそうだが、声音はしっかりと男性だった。いや、それよりも何よりもその長く尖った耳は。
「え、エルフ……!?」
優美な容姿に恵まれた魔力。最も特徴的なのは耳が長く尖っていることだという。そして、人間は勿論ドワーフ族をも遥かに凌ぐ長命な種族らしい。今、すぐ横を通り過ぎようとしている人物は20才前後にしか見えないが、その判断は全くもってアテにはならないだろう。ある程度成長すると外見上はほとんど変化しなくなると聞いている。
以上がイエナのエルフに関する知識だ。実物を見たのは初めてである。何しろエルフはドワーフよりも更に頑なで人間と交わろうとはしない――などと言っている場合ではなかった。
「あ、あの、すみません。そっちは見ての通り戦闘中なので行かない方が良いですよ」
「あのイキモノは気まぐれで助けただけでしたが、こんな風に役立ってくれるとは。やはり善行は積むものですね」
「は……?」
万が一通りがかっただけの一般通過エルフだった場合は助けなければ、と声をかけたのだが、返ってきた答えにまたしても驚かされた。もっとも、エルフはこちらを振り向きもせず真っ直ぐ歩き続けているので、正確に言えば答えではなく独り言なのかもしれないが、問題はそこではない。
(気まぐれで助けたイキモノって……クラーゲンのこと!? じゃあこの人が脱走させた? 犯人は現場に戻ってくるって言うし……あああ、考えてる間にどんどん近づいてっちゃう! 危ない!)
「待って下さい、危ないですってば」
重ねて声をかけると、やっとエルフの足が止まった。自分より幾分薄い色合いの緑の瞳がイエナの顔を見返してくる。と、その瞳が僅かに細められた。
「……なるほど。貴方も只者ではないようですね。ですが、貴方ではない。やはりあの方だ」
「えっと……」
全く会話が噛み合わない。もしやエルフとは言葉が通じないのでは。だが、躊躇っている暇はない。戦闘現場はもう目の前だ。
「す、ストップ!!」
「イエナ? こっちに来たら危ないって」
「おい、来るなっつっただろうが!」
思い切って大声を上げると、肝心のエルフからは反応がなく戦闘中の2人の方が気付いて声をかけてきた。
と、ガンダルフが目を剥く。
「てめぇ、あんときのイカれエルフじゃねぇか!!」
どうやら彼が注意しろと言ってきたエルフとは、この人のことだったようである。確かに少し、イヤだいぶ変な人だとは思うが。
そして、攻撃の手を止めて成り行きを見つめていたカナタは。
「……お前、もしかしてウォルナーか?」
首を傾げながらの発言に、その場がいきなり混乱状態に陥った。
「カナタ、ちょっとどういうこと!?」
「なんだ、お前。知り合いだったのかよ」
「私を一目でわかって下さった! やはり貴方はアリスに間違いない……!」
「いや、俺はただゲームやってたから知ってただけで――」
「アリスって……もしかして聖女アリスのことですか?」
「気安く呼ばないで頂きたい。神にも等しい方なのですから」
「女神ってか? ケッ、気に入らねぇな!」
「ドワーフ風情が口を出す幕ではありません」
「えっ、ガンダルフのことドワーフってわかったの?」
もうしっちゃかめっちゃかである。死にかけのクラーゲンは完全放置だ。
「イエナ、危ない!」
「きゃっ!」
そこに起死回生を懸けて反撃に出るのは生命として当然の行動だろう。クラーゲンは最後の力を振り絞るようにして麻痺毒を噴射してきた。カナタが手を引いてくれなければイエナが直撃を食らっていたところである。
「あぁクソ、うざってぇな。まずはコレ倒すことに集中しやがれ!」
「ガンダルフが正論言ってる……。いやでもそうだな。イエナ、下がっててくれ」
「え、でも……」
「今一番危ないのはイエナだから。大丈夫、すぐ倒すよ。そのエルフは……まぁほっといて構わない。自分の身くらい自分で守るだろ」
「えぇ。アリスがお望みであれば助太刀も厭いませんとも」
「俺はアリスじゃない」
「お任せください、アリス」
やはり全く会話が噛み合っていない。が、カナタがウォルナーと呼んだエルフはどうやら討伐に加わることになったようだ。戦闘に関して役に立たないイエナは、言われた通り一旦安全な場所まで遠ざかることにした。
「何か邪魔が入ったようですね……」
そこへ、状勢を見守っていたロウヤが危険を押して近づいてきた。イエナ自身も混乱しているので、正直有難い。
「と、とりあえずクラーゲンは討伐できる、と思います。ですがその、あのエルフのことが全然わからなくって……あ、でもなんかカナタが……一方的に知られてる? のかも」
「何が起きたかを、イエナ様の目線で構いませんので教えて頂けますか?」
ロウヤにそう言われて、たどたどしく起こった事実のみを話す。できるだけ主観が混じらないようにと気を付けて話しているうちに、少し落ち着いてきた。
(あのエルフ……ウォルナーだっけ、カナタしか目に入ってない感じだよね。話をするにしても、カナタにしか話をしなさそう……。それにしてもカナタはなんで彼のことを知ってるのかしら……元の世界の知識絡み、よね、たぶん)
一方的にカナタを慕っている様子のウォルナー。何故か名前だけは知っているカナタ。もし、カナタの元の世界の知識関係であれば、広めたくない話になることは予想できる。
「あの、この辺りであのエルフとお話しできそうな、人の来ない場所はないでしょうか? カナタの知り合いっぽい感じでしたのでキチンとケリつけて……じゃない、話し合いさせたいんです」
うっかりアレな言葉が飛び出てしまったがなかったことにして、ロウヤに尋ねてみる。どういうことになるにせよ、人はいない方が望ましい。
「ふむ……であれば、先日使用したあの倉庫をお使いください。ですが、後日でも結果報告は頂きたいものです。気になって夜も眠れなくなってしまいますから」
茶目っ気も交えてロウヤが示したのは、先日フィッシャーに手伝ってもらってクラーゲンを乗せる板を作った場所だった。話すには広すぎる気もするが、気配察知を持たないイエナでも周辺の警戒ができるのは有難い。
「はい! それは勿論です」
元気良く返事をしたところで、未だ戦闘中の皆に視線を向ける。案の定、ウォルナーはカナタにしか目に入っていないようだ。直接クラーゲンを攻撃はせず、カナタだけに補助魔法の類いをかけまくっている。
もともと陸に揚げられて弱っていたところに、エルフの補助魔法で強化されたカナタと、重いガンダルフの攻撃。クラーゲンはひとたまりもなかったようで、ブシュリと最後の抵抗の麻痺毒を吐き出して、キラキラと消えていった。残されたのはドロップ品のみだ。
「終わったようですね。私はついでにガンダルフを回収しておきましょう。アレほど話し合いという場に向かない者もいないでしょうからね」
「あ、ありがとうございます」
ロウヤがガンダルフを連れて行ってくれるのはとても助かる。と、同時にロウヤという大変弁が立つ人物抜きで話をしなければならないわけで。
(まぁ……私の言葉なんて聞きそうにないけど)
ともかく、もしも元の世界だの転生者だのの話になったとしても、漏れる心配はなくなった。
イエナは「いざ新たなる戦場へ」という気持ちで、カナタとウォルナーの元へと向かったのだった。
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