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206.いざ、クラーゲン討伐

 ポートラの港町付近は本日快晴。


「ゼッコーーーーのクラゲ討伐日和ってカンジじゃーん!」


 とは、出発前のリエルの言葉である。彼女はこの作戦の初手であるクラーゲンを誘い込む餌を撒く係だ。まずここが成功しなければ作戦が始まらないという重要な役割なのだが、そんな気負いは一切なさそうで安心した。

 作戦はいたってシンプル。人魚たちがクラーゲンの居そうな海域を捜索し、発見次第餌を撒いて陸近くまでおびき寄せる。そして、目視できる距離になったらイエナが重力魔法を発動し、地元漁師たちがその真下にイエナ特製の板を設置して、無事着地したところを引っ張り上げる。陸に上がってしまえばあとはカナタとガンダルフの出番だ。


「準備はよろしいですか? 人魚の皆様、漁師の皆様にもまひなおしは行き渡っています。あとはリエル様からの合図待ちですね」


「離れん貝もきちんと持ってます。イエナは海面注視しておいて」


「了解!」


 ロウヤとカナタの呼びかけに元気よく返事をしてみたものの、この作戦はイエナの重力魔法にかかっている部分が大きい。海から浮かせて、設置した板の上にできるだけゆっくり下ろす。それだけのことなのだが、色々な可能性が頭をよぎる。


(練習はしたのよ。でもクラーゲンの実物見てないし、どれだけ重いかは未知数だし、勢いよく使い過ぎちゃうとか、うっかり叩き落として板割っちゃうとか……ううううう、心配しすぎな自分が憎い! うわーん、想像力の無駄遣いだよー!)


 嫌な想像がグルングルンと回る。元々イエナは心配性なのだ。

 この場にリエルがいてくれたら思い切り笑い飛ばしてくれそうなのだが、彼女は彼女で自分の役目を果たしている最中である。自分で何とかするしかない。ここは一発自分に気合いを入れるべく頬でも張るか、と思ったところで。


「イエナなら大丈夫だよ」


 カナタの柔らかな声が聞こえた。思わずそちらを見ようと振り返ると、頭を軽くポンとされた。


「……顔に出てた?」


 わかってもらえて嬉しい気持ちもある半面、情けない部分が見られて乙女心がジタバタしている。やっぱり良い部分だけ見せたい、と心の中でゴロンゴロン転がり放題だ。


「うーん、少し。でも、イエナなら大丈夫なこと、俺が一番良く知ってるし」


「そうかな? そうかも。じゃあ、大丈夫っポイポイ」


「それ流行ってんの? リエルとイエナだけだよな?」


 カナタが他愛ない話を振ってくれたことで、悪い想像がどこかへと飛んでいった。お陰で集中できそうな気がする。

 ちなみに、そんな2人の様子をガンダルフを含めた大人たちが生温かく見守っていたりする。


「ありがとね」


「どういたしまして」


 と、そのとき。


――リィィィィン


 耳鳴りのような音が響いた。離れん貝を持ったリエルからの合図である。今からクラーゲンが誘導されてやってくるはずだ。


「リエルからだ!」


「イエナ、来るぞ!」


 海面付近に目を凝らす。周囲もそれぞれ持ち場につき、色々声を掛け合っていて騒がしい。なのに、集中しているイエナにはその全てが遠く感じられた。

 製作しているときのように、目の前の道具と素材と自分しかいないような感覚。


「いたっ!!」


 凄い速さでこちらに泳いでくるリエルを発見。次いで、その後ろにユラリと浮かんでいる巨体が見えた。


(……まだ遠いわ)


 打ち合わせた場所とクラーゲンの位置はまだまだ遠い。もっと海岸近くまで誘い込まないと引っ張り上げる漁師たちの負担が大きくなってしまう。まだ魔法を発動してはダメだ。

 視界の端に、リエルが用意していた水路に逃げ込むところが見える。リエルが無事逃げ切れたことで心配がひとつ減った。これでより集中できる。

 ユラリユラリと漂うように泳ぐ影がどんどん近づいてきていた。

 そして、今だ、という瞬間前につきだした掌に魔力を集中させる。


「浮けーーーー!!」


 聖鳥タタから授かった魔法は、きちんと練習はしてきた。ただし、それは魔法使いが魔法を習うようなものではなく、完全に独学だ。故に、杖のような魔法の発動体があるわけでもなく、呪文の詠唱があるわけでもない。

 それでも重力魔法(強)なだけあって、上手く制御できれば本当に強力だ。


「うおおお、やっぱすげぇな!!」


「うん、流石。皆さんお願いしまーす!!」


 ザババババと音を響かせて浮き上がったクラーゲンを見て興奮するガンダルフと、待機してくれていた漁師たちに向かってイエナ特製メガホンで叫ぶカナタ。

 その合図に合わせて漁師たちが動き出す。


「良かった、できた……ひえっ」


 どうにか浮かせられたことに安心してホッと息を吐くと、なかなか気持ち悪い光景が目の前に広がっていた。触手と言うには長大すぎるモノがどうにか水の中へ帰れないかとウネウネ蠢いている。その上、せめてもの抵抗なのか、ブシュと毒々しい緑色の何かを吐き出しているところまで見てしまった。思わずゾッとする光景である。


(アレが麻痺毒なのね……ひえぇ、やだぁ……あ、いけない集中集中。設置の合図がきたら下ろすんだから)


 深呼吸をして心を落ち着かせる。魔法は集中力だと聞いているので、余計なことは考えないに限るのだ。


「いいぞー!!」


 遠くで、フィッシャーが叫ぶのが聞こえてきた。彼にも特製メガホンは渡しているので声が良く響いている。ちょっと音量が大きすぎたかもしれないけれど。


「イエナ、ゆっくり板の上へ!」


「わかった!」


 浮いているのを維持するだけであれば魔力は微弱に流し続けるだけで大丈夫だ。しかし、落下ではなくゆっくり下ろすのであれば中々の集中力と魔力操作を必要とする。


「ゆっくり……ゆっくり……」


 自分に言い聞かせるように言葉にしながら、ウネウネと暴れているクラーゲンをゆっくり板の上に下ろす。ジタバタしている触手がちょっと板からはみ出るかもしれないが、許容範囲内だと思いたい。残念なことにギュッと圧縮するような魔法は知らないのだ。いや、重力魔法であればやりようによってはできるのだろうか。


(待って待って。変なこと考えてたらダメだってば)


 とはいえ思い付きは後で実行してみたい。心のメモに書き留めつつ、意識はクラーゲンを下ろすことに向ける。


「もう少しだ。いいぞ、頑張れイエナ!」


「こんぐれぇなら落としてもいいんじゃねぇか?」


 素直に応援してくれるカナタと、戦いたくてうずうずしているガンダルフの声を聞きながらなんとか板へと下ろすことに成功した。


「で、できた?」


「できてる! お疲れ!」


「おい、おめぇら引っ張れー!!」


 なんとかできた安心感からへなへなと座り込んだイエナに、カナタが労わりの声をかけてくる。ガンダルフが漁師に向かって大声で合図を送っていた。メガホンを使っていないのに凄い声量だ。

 一部麻痺毒の液体をかけられた人もいたようだが、クラーゲンの陸揚げは成功した。


「よっしゃ、俺らの出番だな!」


 目をギラギラさせたガンダルフが我先にと突撃しにいく。といっても討伐に参加するのはガンダルフとカナタの2名のみなのだが。


「皆さんはあとは退避していてください!」


 カナタは漁師たちに指示を出してからクラーゲンに向かう。安全地帯で見守っていたロウヤも何やら指示を出している様子だ。

 イエナはクラーゲンが暴れ出したときに重力魔法で押さえつける係である。ただし、やはりそれなりに魔力を消費した感覚があるため、それは奥の手だ。


「オラオラオラァ!」


「せいっ!」


 麻痺毒を食らった人も含めて漁師たちが避難を終えたところで、2人は本格的にクラーゲン討伐を開始する。陸に揚げられたクラーゲンは水を探すようにのたくってはいるものの、水中とは比べ物にならないほど動きが鈍い。


「へっ、楽勝じゃねぇか……っと、あぶねっ」


 油断したガンダルフに向かって麻痺毒が飛んできたが、幸い勢いはなかった。


「思ったより弱ってるな。これなら早く済みそうだ」


「んだよ、張り合いねぇな」


 予想していた以上にクラーゲンは水のない環境で弱っているようだ。これなら討伐も楽に済むだろう。そう3人が思っていた時だった。


「見つけた……」


 どこからともなく、それこそ風のようにエルフは現れた。

【お願い】


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