205.討伐前夜
カタツムリ旅の夕食後のルーティーンは、まずモフモフたちのブラッシングから始まる。
ここポートラの町に到着して以来、モフモフたちはずっとルームでお留守番、イエナもカナタも製作や打ち合わせ等で外出続き。コミュニケーション不足は痛感していたところだった。なので、今夜はたっぷりと愛情を込めてブラッシングさせていただいているわけなのだが。
「はぁ……」
明日に控えたクラーゲン討伐のことについて、色々と考えを巡らせていると自然と溜め息が出てしまった。
「めぇ~~?」
手はきちんと動かしていたものの、心ここにあらずだったことを見透かしたもっふぃーが心配そうに顔を覗き込んできた。
「あ、ごめんごめん」
「イエナ、どうした?」
「メェメェッ!」
カナタとゲンにも声をかけられてしまう。
(うーん、こうなったら一人でモヤモヤ抱え込んでるよりも話した方がいいかも)
一人でグルグルしていると、ロクなことにならない。ちょっとばかり抵抗はあるけれど、抱え込んで自爆するよりは余程良いはずだ。
「えぇと、明日のことが不安っていうか……これで良かったのかなって」
「不安? まぁデカい魔物と戦うんだから、不安はあると思うけど……」
「うーん、なんていうのかな。この作戦で良かったんだろうか、とかさ。例えば、もっふぃーもゲンちゃんもとっても強いじゃない。この子たちの力を借りたらもっと安全に早く倒せるんじゃないか、とかさ」
イエナの言葉にゲンがフフンと得意げにする。褒められて悪い気はしていないようだ。もっふぃーの方はいつも通りのマイペース。そこが可愛い。ちょっとモフらせていただき精神の安寧をはかる。モフモフ最高。
「まぁ戦力としては抜群だよな。そこらの冒険者パーティと比べてもかなり強いと思うよ。ただ、それを見られるとなると、ちょっと……いや、だいぶ危険かな、とは思う」
「そう、よね。今回の作戦はたくさんの人に手伝ってもらうんだものね」
人魚たちの前だけならばともかく、今回の作戦にはロウヤや地元の漁師たちが参加する。直接戦闘には加わらず、支援をしてもらう予定だが、戦いの様子は見守っているはずだ。それに戦いの最前線、カナタの隣にはガンダルフがいる。そんな状況でルームを開けてモフモフたちを戦いの場に出すのは無理がありすぎるだろう。
「2匹ともお願いしたらやる気満々で戦ってくれるだろうけど、やっぱり今後を考えるとナイショの秘密兵器の方がいいと思うんだ。なー?」
「メェェッ!!」
「めぇ~~」
主人であるカナタに秘密兵器扱いされて、ゲンは得意満面の顔で鳴き声をあげた。もっふぃーもそれに同意するように鳴く。大変可愛い。
「それから? 他にも心配事あるんだろ? この際だから全部言っちゃった方がいいぞ」
「なんだかカナタには全部バレてるみたい。ちょっとズルいわ」
「そりゃあ……パートナーだしな」
パートナー、と言われて急に心臓がうるさくなる。
(お、落ち着いて。これは、ビジネスパートナーの、略! 略しただけよ。他意はないから。勘違いしちゃだめ!)
大事な作戦の前に心を乱すのはよろしくない。というか、カナタの発言が大変よろしくない。知らないとはいえ乙女心を翻弄するだなんて、なんと罪作りなヤツなのだ。
「じゃ、じゃあお言葉に甘えて。えぇと、ほら。ボルケノタートル倒すために使った凍らせる布あるじゃない? アレを使った方がより安全なんじゃないかしらって思ったんだけど……」
内心のじったんばったんを頑張って隠しながら、悩んでいたことを話す。
以前イエナたちは大規模討伐対象の大型魔物であるボルケノタートルという魔物を討伐した。甲羅に溶岩を蓄えた巨大な亀で、大型魔物には珍しく「氷属性に弱い」という明確な弱点があった。その弱点を突くためにイエナは凍結装置を開発したのだ。それを応用できないか、と考えたのだが。
「それは俺も考えた。氷漬けにしてしまえば麻痺毒の被害は考えなくて済むかなって。だけど、実際使うとなるとタイミングが難しいよな」
「あ、やっぱりカナタも考えたのね。じゃ、タイミングが難しいっていうのは?」
見当違いに悩んでいたわけではないようで、少しだけホッとする。
「うん。麻痺毒だけ考えれば海中で使うのが一番安全だと思う。でもその場合、凍結の範囲がどこまで及ぶかわからないのがネックになる」
「そっか……下手したら板を運んでくれる漁師さんやリエルたちも巻き込んじゃう恐れがあるのね」
ボルケノタートルのときは周囲の地面まで一緒に凍っていた。水の中でどのような反応が起きるか、製作者のイエナにも予想がつかない。
「それに海中で凍らせるとなったら海水ごとになると思う。どのくらいまで凍るかわからないけど、その分確実に重くなるだろ。重力魔法で浮かせるときに、余分に魔力を使わなきゃならない」
「じゃあ、浮かせてから凍らせるのは? それならリエルたちも危なくないし、重くもならないわよ」
「それだと重力魔法と凍結装置の操作が同時進行ってことになる。イエナの負担が大きすぎるよ。とても認められない」
「……確かに同時は難しいかも。あ、だったら陸に上げてから……も、ダメか。ロウヤさんや漁師さんたちがいるものね……」
それでなくても麻痺毒に冒される可能性があるというのに、更に凍結の危険にまで晒すわけにはいかない。
ガックリと項垂れたイエナに、カナタはゆっくりと言葉を続ける。
「不安なのはわかる。他にもっと良い方法があるんじゃないかって色々考えちゃうのもわかる。俺も同じだから。だけど、2人でたくさん話し合って決めたんだ。これが今、俺たちにできるベストだって信じていいと思う」
「メェッ!」
「めぇ~~」
「ほら、ゲンももっふぃーもそう思うよ、だってさ」
モフモフたちの言葉は正確に理解できるわけではないけれど、カナタの言う通り「大丈夫だよ」と言ってくれている気がする。何より、カナタの言葉はすんなりと心の奥深くまで届くような気がするのだ。これも乙女心の為せるワザなのだろうか。
「そっかぁ……うん、じゃあ大丈夫かな」
「大丈夫だって。俺たちだけじゃなく、ロウヤさんとか漁師の人たちの知恵も借りてるんだし。知恵はないけどガンダルフだっているし」
「それ結構ガンダルフに失礼よね」
オチに使われたガンダルフには申し訳ないが、ちょっと笑ってしまった。でも、お陰様で笑顔が出てくるくらいには余裕ができた気もする。
「まぁアイツのことはともかく、作戦は大丈夫。外部からチャチャでも入らない限り、クラーゲンはちゃんと倒せるよ。もともと戦力としては俺とガンダルフで十分なんだから」
「カナタ、私学んだんだけど……それってフラグって言うんじゃなかった?」
外部からチャチャが入らない限り大丈夫。それは、裏を返せば作戦の外で何かが起きれば危ない、ということだ。
「えっ!? いやいやいや。えーと、これは先にフラグを立てておけばフラグは折れるという高度な作戦なワケで……」
「そんなのあるの? うーん、フラグって奥が深い……」
「メェッ!!」
そんなことよりも話が終わったのなら私を構いなさい、とでも言いたげなゲンの鳴き声により、フラグ云々の話は有耶無耶になった。実際、イエナもフラグというものを完全に理解しきれてはいないので。
「めぇ~~~」
もっふぃーも珍しく、もう少しブラッシングしてほしいなーと甘えてきたので、イエナはブラッシングしながら思う存分モフモフを堪能させて頂いた。
(やっぱり口に出してみて良かったな。うん、明日はきっと大丈夫。フラグとやらも折れたらしいしね)
このところ思い悩むことが多かったイエナだったが、久しぶりにスッキリと眠ることができたのだった。
まさか、そのフラグが折られずきちんと回収されるなんて、夢にも思わずに。
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