21.5 閑話 ニンゲンの知らない話
「ばかばかばかばか! なんで食べちゃったのよ!」
「え~? だって、お腹空いてたし……」
白い羊はおっとりと返事をする。
今、二匹は謎の空間にいた。
「なんかすっごく美味しそうに見えたんだよねぇ。ホントに美味しかったなぁ」
「ホントにばか! ニンゲンから食べ物を貰ったら最後、どうなるか知らなかったとは言わせないわよ!!」
「でもぉ、結局は君も食べたんだし。美味しかったよねぇ?」
「そういう問題じゃないでしょ!?」
ゲシゲシゲシ
黒い羊が怒りにまかせて床を蹴り始める。
木のように見えるけれど材質のわからない固い地面と、それと同じ材質の壁。今までいた森とは似ても似つかない場所だが、居心地は悪くない。温度も湿度も適切だし、空気も清浄だ。強いて言うなら、もうちょっと走れるスペースがあると運動不足にならなくて良いかもしれない。
「それに君だって名前つけてもらって喜んでたでしょ~? ゲンちゃんだっけ? 可愛いねぇ」
彼女の名づけをしたのは人間のオスの方。ゲンちゃんとお揃いの黒い毛並みで、メスよりも強そうに思えた。確か、カナタと呼ばれていたと思う。
彼がこれからゲンちゃんのご主人になるようだ。
「う、うるさいわね! 気に入ってなんかないんだから! そもそもアンタがあんなところで「腹減ったーもう動けなーい」なんて言うからじゃない!」
「でも~、大元は君が群れから離れて探検しようとしたからで~。そしたら迷子に……」
「うるさーい!」
ゲンちゃんはプンプン怒って地面をバンバン踏み鳴らす。それでもヒビ一つ入らない床はとても丈夫なようだ。それとも、彼女が手加減しているのだろうか。彼女の蹴りは細い木なら一蹴りでバキリとへし折ってしまうくらいなんだけれど。
真っ白なメリウールばかりの中で、真っ黒に生まれた彼女は群れの中でも一目置かれていた。なんでも、黒い毛で生まれるとその子はとっても強くなるんだとか。実際、彼女は群れの中の誰よりも強かった。
群れ唯一の黒毛。しかも本当に強い。となればチヤホヤ甘やかされて育ったのは、むしろ致し方ないと言ってもいいだろう。その結果がこんな感じなワケだ。
今や「跳ねっかえりのワガママ姫」が彼女の公然の通り名になっている。無論当羊の耳に入らないような範囲の話ではあるが。
「僕もねぇ、メスの方に『もっふぃー』って呼ばれたから、それが名前になるんじゃないかな? 可愛いよね、もっふぃー。ゲンちゃんもそう呼んでね~」
「アンタ呑気すぎるでしょ!! 何がもっふぃーよ! センスなさすぎだわあのニンゲン!!」
正直に言うとゲンももっふぃーもそこまで差がないように思える。そもそも、ニンゲンの言語センスな時点で期待してもなぁという部分もあった。
それに、抗議したとしてもメリウールの言葉は彼らには伝わらないのだし。
「でもさ、ゲンちゃんだってそこまでイヤじゃなかったんでしょ? お眼鏡に適わなかったらあのニンゲンたち蹴とばして逃げられたじゃん。僕は逃げても捕まっちゃったと思うけどさ~」
実際のところ、攻撃されなければニンゲンに危害を加えたいとは思わない。やられたらやり返すけども。
そして、友好的なニンゲンであれば契約を受け入れて育てて貰うのだって悪くない選択だと思うのだ。特にあのニンゲンたちは二人ともなんとなく悪くなさそうだった。強くなりそうな気配、というか。
実際、こんなヘンテコな空間を作っているのだから予感は間違ってなかったと思う。
「アンタを見捨てて逃げられるわけないでしょ!」
彼女が地団太を踏み始める。
それでもやはりビクともしないあたり、ここ、本当にすごい場所だと思う。普通の地面でやったら穴ぼこだらけになるはずだ。
「そっか~。僕のためだったのか。ありがとうね」
「そんなこと言ってないわよ、このばかー!!」
彼女はだいぶご機嫌斜めなようだ。
環境が変わるのは、確かにストレスが溜まる。だからこれは仕方がないのかもしれない。
(群れの皆も場所移動して草の味が変わるとちょっと不機嫌になってたもんねぇ。これはちょっとばかり僕が悪かったのかも)
白い羊は、自分が大らかな性質であるという自覚がある。だからこそ、強くて気分屋で跳ねっかえりのお転婆な彼女の面倒を見ろ、と一族から任されたのだ。押し付けられたと言うかもしれないが。
余談になるが、もっふぃーと名付けられたこの羊が怒った場面を、群れの誰もが見たことがないという。実際本羊も怒らなくてもなんとかなるしなぁ、という気性の持ち主だった。
「うーん、ごめんねぇ?」
もし一緒にいたのが群れの誰かであれば、彼女のストレスも共感してあげられたのかもしれない。そんな気持ちから謝罪をしたのだが……。
「なんでアンタが謝るのよ、ばかー!! もう知らない!」
更に機嫌が悪化してしまった。
地面をゲシゲシしても、えぐれたり穴が空いたりという手ごたえがないことも、怒りに拍車をかけたのかもしれない。
ただ、ゲンももっふぃーも、餌付けを受け入れた。
餌付けを受け入れたケモノは、例外なく主人の不利になるようなことをしないのだ。これは、ケモノたちの本能に刻まれた契約である。
だから、どんなにプンプンしても、ゲンはそこらじゅうを破壊して回ったりしない。
「うーん、困ったなぁ」
これからゲンともっふぃーは群れから離れ、あのニンゲン二人と新しい群れを作るのだ。その際に彼女の機嫌が悪いのはちょっと困ってしまう。
どうすれば彼女の機嫌が直るだろうか、ともっふぃーは考えを巡らせるのだった。
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