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閑話203.5 飲みの約束

明日から年末年始休みをいただきます!皆様良いお年を!

「アンタ、酒はイケるクチか?」


 何度目かのクラーゲン対策会議の後、男が人魚の長老にそんな声をかけてきた。

 男はドワーフ族のガンダルフ。粗野な印象を受ける、ドワーフにしてはでかい男だ。対する人魚の長老は年齢不詳の迫力美人である。はた目からはまさに美女と野獣といった雰囲気だ。

 ガンダルフと長老、トオミはこれが初対面である。その上、この男ときたら会議中いつも悪態をつくか早く帰りたがるかで、良い印象を持つ方が難しい。普通であれば。


「なんだい、藪から棒に」


 それでもまともに応じる気になったのは、なにかしら話しかけられるのではないか、という予感があったからだ。

 数日前、人間の中では最も信頼を寄せていると言ってもいい2人組から、トオミはとある情報を得ていた。恐らく目の前の男も同じように2人から聞いたのだろう。


「あいつの話するんだったら酒でもなきゃやってらんねえだろ」


 どうやら予感は的中したようだ。

 フン、と鼻を鳴らすサマは不機嫌そうで、村の若いのなら怯えたかもしれない。だが、トオミにとっては子どもが格好をつけているようにしか見えず、心の中でこっそり笑ってしまった。


(素直にセイジュウロウの話をしたい、と言えばいいものを)


 ただ、提案内容はトオミとしても悪くないものだった。過去を振り返る話だなんて、酒でもなければやってられない。何かをポロリとこぼしてしまっても、酔いのせいにできるのもいい。

 が、即答してやるほど安い女ではないのだ。


「まったく、ドワーフっていうのは酒がないと生きていけないってのは本当なんだね。アイツの言ってた通りだよ」


 固有名詞は出さない。だが、どちらも言わずもがなだろう。


「んだよ、あいつ俺の話してやがったのか」


 トオミの言葉で、ガンダルフのふてぶてしい態度が一瞬崩れた。不意を突かれた驚きの中に複雑な感情が表れる。恐らく本人がまだ消化できていないのだろう。


「あぁ。組んでいたパーティの話もしていたね」


「どーせ悪口だろうがよ」


 素直になればいいものを、と思いながら言葉を続けると、ガンダルフはフン、と再び鼻を鳴らした。

 礼節を弁えていないどころか、そんなものがこの世にあることすら知らないかのようだ。だが、その辺りもセイジュウロウから聞いていたし、何よりトオミも伊達に長く生きていない。この程度の悪態など可愛いものだ。

 まぁこれ以上からかってやることはしないでおこう、と思える程度には余裕がある。


「まあ大半は笑い話の類いだよ。老人になるとね、昔話ってのがしたくなるもんなんだ」


「……老人、か」


 自分のことを含めて言ったつもりがガンダルフはそうは思わなかったらしく、わかりやすく顔をしかめた。

 若い頃のセイジュウロウしか知らないこの男には、老いた姿など想像がつかないのだろう。まして人間より長く生きるというドワーフ族なら尚更だ。あの2人に死んだと聞かされても、きっと心のどこかで納得できていないに違いない。

 セイジュウロウを見送った自分でさえも、いまだにどこからかひょっこり戻ってくるような、そんな気がしているのだから。


「飲むこと自体はやぶさかじゃないよ。ただねぇ、今の状況だとあたしが飲むわけにはいかないのさ」


 今、人魚の村は脅威に晒されている。あの魔物、クラーゲンをなんとかしなければ人魚の村の住民はおちおち寝てもいられない。何せあの魔物が吐き出した麻痺毒がいつ村を覆うか予測ができないのだから。

 そんな中で村の長たる自分が、酒を楽しむような真似などできるはずがない。一刻も早くあの魔物を討伐しなければ。


「んじゃ終わったらだな」


 そんな覚悟など知る由もないガンダルフは、まるでクラーゲン討伐をごくあり触れた日常業務のように軽く言い放つ。その傍若無人さが、今は頼もしいし有難い。

 まぁその感謝は飲み会のときに言えばいいだろう。まずはクラーゲン討伐が最優先だ。


「いい酒を持ってきておくれよ」


「おい、俺のおごりなのかよ」


「いいじゃないか。そもそも海底に酒なんかあると思うかい?」


「……そりゃそうか」


 実のところ海底にも多少の酒はある。難破した船が載せていたであろうものが流れ着くのだ。ただそれは人魚たちの数少ない娯楽として消費されるだけで。


(まぁ、この男にならグラス一杯くらい分けてやってもいいかねぇ)


 『波に揉まれたワインは特に良い』などと、知った風なことを言っていた声が聞こえてきそうな気がする。


「アンタに酒を用意してもらう代わり、あたしが一等いい場所に連れて行ってやろうじゃないさ。積もる話をするにはピッタリの場所だよ」


 トオミが思い浮かべるのは、彼が終の住処とした場所。ちょうどそろそろ掃除しに行ってやろうと思っていたことだし、準備をするにはちょうど良い。


「そんじゃあさっさとぶっ倒して祝杯あげてぇところだな」


「アンタの腕ならすぐだろうさ」


「……あいつ、俺のことなんか言ってたのかよ」


「そりゃあもう、色々とねぇ。その辺りもクラーゲン討伐がおわったら……だね」


「気になること言いやがって。まぁいい。倒すことにはかわんねぇし」


「そうだね。じゃあグラスは3つ用意しとくよ」


「飲めねぇバカにはもったいねぇだろ」


「いいじゃないか、雰囲気の問題だ。注いだあとはアンタが飲んじまえばいい」


「フン、そうかよ」


 そこで会話は終わった。


「まったく……。長生きはしてみるもんだねぇ」


 肩をいからせて出て行く後ろ姿を、見送るともなしに眺めながら。

 苦笑交じりの小さな呟きは、誰の耳にも拾われることなく消えていった。


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