200.魔物特定!
「なんでだ……全然特定できない……」
ルーム内にカナタの苦悩に満ちた声が響く。
あの後、魔物の特定はできずにタイムアップしてしまった。話の途中でロウヤが訪れたのだ。
「よくおいで下さいました」
相変わらずの穏やかな笑顔と物腰で現れるや、あれよあれよという間に商会の所有する宿に連れて行かれて。
移動中の馬車内で、商会が把握している現状報告と魔物退治に協力してほしいと要請を受けたのでそちらがメインだったのかもしれないが、案内された宿はやはり身に余る高級ぶりだった。
ここまでお世話になっているアデム商会、というかロウヤに隠し事をしている罪悪感はあるのだが、長老に明かすのはやめておけと忠告された。
「以前なら何か不都合が起きても人魚の村で匿ってやることはできた。けど、今はあたしたちもここの商会と繋がりが生まれちまったからね。なに、この商会が悪いってんじゃないよ? むしろ人間の割には信頼してる方さね。だからってのもある。知らない方が良いことは人間の世界にもあるだろ。若い者にはズルい言い分に聞こえるかもしれないが、年寄りの言うことにゃ耳を貸しとくもんだよ」
迫力美女の長老に「年寄り」などと言われても違和感しかないが、何十年も人魚の村を背負ってきた人の言葉だ。それにイエナもカナタもこれまでの旅の中で「知らない方が良いこともある」は身につまされてきている。
情報を開示することでアデム商会は勿論、商会と繋がりができた人魚の村にも迷惑をかける可能性が僅かでもあるのなら、罪悪感に耐えても口を噤もうと2人の間で話し合って決めた。
「結構手掛かりもらったはずなのに……」
腹を括ってキッチリ使わせてもらうことにした高級部屋で心置きなくルームを開いて以来、カナタはずっと唸っている。
ちなみに、海鮮丼は当分辞退するとのこと。色々とスッキリしたあとじゃないと美味しく食べられないというのがその理由だそうだ。気持ちはわからなくもないので、頑張ってくれたモフモフたちのためにここでしか手に入らない果物だけは購入した。
自分たちの夕食は簡素に済ませ、モフモフたちにはできる限りの労いをして、今カナタは後顧の憂いなく唸りまくっているというわけだ。
「そもそも水棲生物っていうのかしら? そういうタイプの大型魔物ってあんまりいないわよね」
イエナもカナタに貰った大型魔物のメモを見て手伝ってはいるのだ。しかしながら、メモを3周読んでも、該当しそうな魔物は見つけられなかった。
以前遭遇したボルケノタートルは亀ではあるものの、あれは分類するとしたらリクガメ。しかも火山に住んでいるので海の生物とはほど遠い。他にも空を飛ぶものや動物が巨大化したようなものは多いが、魚系のものや水棲生物は見た限りいない。
「ゲーム視点だと、そりゃそうだろうなぁってなるんだよな」
「どういうこと?」
「まず大前提として、俺たちの世界の価値観だと「魔物は倒すために生まれている」んだよな。じゃないと、ドロップ品だの経験値だのってあっても無駄になっちゃうだろ」
「倒せるからこそ設定してるってこと、か。ちょっとまだ理解しにくいけど、まぁそういうものなんでしょうね」
「そう。そして、倒すために必要なものは多少の差異はあっても平等なことが望ましいんだ。1匹だけ物凄くめんどくさかったらソイツだけ倒してもらえないだろ?」
「倒してもらえない……うん、まぁ、そうか。そうなるのね。で、それと水棲魔物が少ないこととどう関係が?」
「陸で生きる人間が海の魔物と戦うには、まず海に出なきゃならない。ということは、船を用意しなきゃだろ? まぁ俺たちにはイキマモリがあるけど、これは例外として」
「あ、あぁ! そうか。水棲魔物を倒すためにコストをかけなきゃいけないのね」
「そう。それに加えて、コストをかけたのに参加できる人数に限りが出てしまうというのもあるな。大規模討伐は名前の通り冒険者たちが大規模なパーティを組んで一斉に戦うっていうのが趣旨だから。なのに、船で人数を制限してしまったら本末転倒だろ」
「ゲームって視点で見るとそういうことになるのねぇ……」
「そうそう。だから、実際海にいる魔物討伐なんていうのはイベントでもない限り……イベント?」
そこまで言いかけて、カナタは何かに気付いたようだった。
「触手に、毒? ウネウネとかも言っていたけど……そうか、手や足じゃなく、触手。それに、毒は麻痺毒のことか!? それなら辻褄が合う!」
「思い当たる魔物がいたのね?」
「うん、いた。けれど、これは……」
カナタが言い淀む。何か考え込んでいるのか、それとも伝えるのを迷っているのか。
「カナタ、考える時間がいる? それとも、伝えることを躊躇ってる? 後者なら気遣い無用だし、考えるなら私に話しながら整理するって方法もあるわよ」
「あっ、ごめん。そうだな、ちょっと整理したい。聞いてもらえるか?」
「勿論よ」
「最初は、大規模討伐対象のヤツが海に逃げたことを想定して考えてたんだ。ウネウネしてるって言ってたから植物系の魔物がたまたまそっちに逃げたんじゃないか、とかさ。でも、前提が違った。最近ストラグルブルだのボルケノタートルだのに遭遇してたからすっかり思考がそっちにいってたんだ」
頭の中でカナタの言葉をゆっくりと反芻してみる。それから、順序立てて整理して。
「……つまり、そいつは大規模討伐対象の大型魔物ではない?」
「うん、俺が考えついたヤツだとそうなる。リエルたちに明日もう一度聞いて確信を持ちたいとこだな」
「その考えついたヤツってどんなのか聞いてもいい?」
カナタは頷いて、メモ帳にさっと絵を描き始めた。ちょっと味のある絵だが、特徴は出ていると思う。
「これは……クラゲ?」
「うん。名前もまんまクラーゲン。触手があって、毒……麻痺毒もある」
「うわ、それはちょっと聞き捨てならないわね。毒は毒でも麻痺の方なら全然調合する薬草違うもの。寝る前にそっちも追加で作っとくわ」
「ありがとう。そっちは頼む……まだ確定じゃないからちょっと申し訳ないけど」
「豪運スキル様のお陰で材料は沢山あるから気にしないで。それより、そいつが大型魔物じゃないなら村の近くにたまたま強い魔物が出てきたってこと?」
「それがまたちょっと難しくて……」
もともとこのクラーゲンなる魔物は、ポートラの港町近くにあるアンダーグラウンドな研究所で生み出されたらしい。麻痺毒は役に立つものの、攻撃力に関しては求める値にならなかったクラーゲンは、窮屈な檻の中に半ば放置されるように飼われていたという。
が、「冒険者」の手によりスポンサーが成敗されて、研究所は遺棄されることになるのだとか。
「で、その「冒険者」って言うのが「ゲーム」の主人公、と……。でも、ねぇ?」
「そうなんだ。この世界はゲームじゃない。だから主人公とか、プレイヤーとかそんなのはいないんだ。ただ、やっぱりゲームのイベントと酷似したものはあったっぽいんだよな。ワタタ街の図書館でそんなおとぎ話見かけたし、イエナも前話してくれただろ?」
「あのドラゴンを討伐するやつ?」
故郷の町の同年代の子どもなら皆聞いたはずの物語。あれもカナタの世界では「ゲームの主人公」が体験するイベントなのだという。
確かにあれは数百年前に実際にあった話らしい。
「俺の知ってるゲームの世界では、主人公の分だけ何度もイベントが繰り返される。でも、この世界はゲームじゃないし……。なのに、イベントの一部を、過去の同郷の奴らが経験したりしているんだよな」
「……頭こんがらがってきたわ」
「ごめん、脱線したな。俺が一番悩んでるのは、クラーゲンが何故外の世界に出てきたか、ということなんだ」
「え? そりゃああれじゃないの。その研究所から誰もいなくなって、老朽化したとかで……」
「研究所が無人になるには、誰かがそのイベントをクリアしなきゃ、だと思うんだよな。どこかでスポンサーだった悪徳貴族が処刑されたみたいな話は聞いてないだろ?」
「で、でも私たち最果ての村まで行ってたし、ここまでの道のりじゃ町に寄ったりもしなかったじゃない」
ここ数日顔を合わせたのは魔物ばかりで、話を聞く機会などあるはずもない強行軍だったのだ。
しかし、カナタは冷静に言葉を続けてきた。
「いや、建物や設備の老朽化で自然と脱出したのであればここ数日の話じゃないだろ?」
「……確かに。その辺りは一度ロウヤさんに聞いてみるのも良いかもしれないわね」
イエナたちでは手に入れられない情報も、ロウヤであれば知っているかもしれない。問題はどうやって話を聞くかになるけれど、まぁなんとかなるはずだ。たぶん。
「あと依頼を出して研究所を調べてもらうこともできるかもな。いや、表向きはきちんとしてる場所なはずだから、普通に聞けばわかるかもしれないし」
「うん、大体明日の方針も決まってきたんじゃない?」
話しながら整理ができたのか、カナタももう難しい顔はしていない。それが、イエナにとっては何よりも嬉しかった。
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