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197.全速力で

「ねえ、カナタ。今回のルートってもう決めた?」


「一応ざっくり決めてるっていうか、ほぼ人魚の村まで真っ直ぐって感じかなと思ってたよ」


 モフモフたちに朝御飯を食べさせて、次はイエナたちの朝食タイムだ。サクッと食べられるサンドイッチが皿の上に並んでいる。具材は昨夜カナタがマリネしておいてくれたお肉を焼いたものと、卵サラダ。味もボリュームもバッチリなので今日から始まる強行軍も元気に乗り切れそうだ。

 2人揃っていただきますをしたあと、イエナはおもむろにルートについて聞いてみた。

 昨日、不思議な音が突如ルーム内に響き渡った。リエルから貰った離れん貝が鳴り出したのだ。離れん貝はリエルが「なんかヘルプってなったら鳴らす」と言っていたシロモノである。多少うっかりかつノリで生きているようなリエルだが、流石にうっかり魔力を流すということはないだろう。きっと彼女の身に助けを求めるような何かが起こったのだ。

 だから、急いで彼女の元まで行きたい。のだが、イエナにはちょっと提案があった。


「そっか。えっと……途中に大きな街ってないかな?」


「少し回り道すればあるけど……寄りたいのか?」


「うん。アデム商会から何か聞けるんじゃないかと思って」


「なるほど」


 リエルたちはアデム商会と取引をしている。余りまくった海ウールという素材を加工して、アデム商会に卸しているのだ。あの「人魚」の作った布という希少価値と、海ウールそのもののの特色もあり少なくとも滑り出しは順調だった。

 人魚と繋がりのあるアデム商会ならば、異変があれば知っているだろうと考えたのだ。


「アデム商会なら何か情報があるかもしれないし、なければないですごいオオゴトじゃないのかなって安心できるかなぁって」


 当然できる限り早急に駆けつけるつもりではあるけれど、それでも情報があるとないでは気持ちの余裕が違う。


「……そうだな、結構大きめの街がある。野宿上等で最短距離を行けば4,5日で着くんじゃないかな。町で宿に泊まりたいって言うんなら10日近くはかかると思う」


 カナタはサンドイッチにかぶりつきながら、視線をリビングの地図に向けて答えてきた。


「野宿上等よ! カタツムリ旅の真価じゃないの!」


「了解。じゃあその方向でルート想定してみるな」


「え? あ……」


 かっこつけて意気込んではみたものの、ハッと我に返る。確かに自分は安心安全のルームを提供できるが、裏を返せばそれだけだ。

 町と町を繋ぐ街道から離れると、現れる魔物の数は格段に増える。町に立ち寄らなければ食料などの必需品も購入できない。パーティの安全を優先し、かつ生活の質にまで配慮してくれていたのは、いつもカナタだった。


「まっ、待って待って。難しかったら無理しなくても、途中で町に寄って――」


「イエナ、少しはパートナーを信用してくれよ」


「……!」


 慌てて言い募ったイエナに、カナタはニッコリと笑いかけてきた。ここ数日全く見ることのできなかったカナタの晴れやかな笑顔に、イエナの心臓はドキリと跳ねる。


「大丈夫。山から下りさえすれば街道を外れても今の俺のレベルで手こずるような魔物は出てこない。それに、ゲンもいるしな。そうしたらドロップ品も増えてくるはずだから、町に行かなくても十分やっていける。何があってもイエナを危ない目には遭わせないから」


「あっ、ありがと……」


 跳ねるだけではない。続けられた言葉に心臓がドンドコドンドコ踊りまくる。もしや10代で心臓にヤバみが!?


「そうと決まれば予定してた通り早めに山を下りよう。麓の村でも何があるかわからないしな。相手はあのウッドさんだから」


「そ、そうね」


「まぁペースに巻き込まれなければ大丈夫だろ。村を抜けたらゲンたちに頑張ってもらう。途中、休みを挟みつつ日暮れまでって感じでどうかな?」


「い、いいんじゃないかしら」


「あとはルートの確定だけど、それは今夜にでも考えよう。他に何かあったかな……」


「……」


 イエナが心臓ドンドコドンの心配をしている間に、カナタはテキパキと旅程を決めていく。どこか腑に落ちない気がするのは何故だろう。

 とは言え、落ち込み続けるカナタを見ているよりはずっと良い。

 そんなこんなで。


「あれ? もう戻っちゃうのかぁ。残念だなぁ」


「結果を依頼主に早く報告したいので……お世話になりました」


「大地の剣の皆さんにもよろしくお伝えくださいね。ありがとうございました」


 まだまだ話したそうなウッドに礼を言って、速やかに建物を出た。キレッキレの回れ右がポイントである。多分軍人であるウッドからも高評価を貰えたんじゃなかろうか。その勢いで村も出て、人影がなくなったところでモフモフたちの登場だ。


「メェッ!!」


「めぇ~!!」


 気力体力バッチリな2匹、特に、カナタとまた一緒に旅ができると喜んでいたゲンの張り切りぶりは凄かった。なんならもっふぃーとイエナが置いていかれそうなくらいのテンションである。まぁ、もっふぃーがそこを上手く宥めてくれたようだけれど。

 どんなに2匹の足が速くても、流石に1日2日で辿り着けるような道程ではない。途中できちんと休息もとって、なんとか空が赤くなり始める頃に目的の街に辿り着けた。


「良かった、到着ね」


「思ったよりギリギリだったな……急ごう」


 普段であればまず宿を確保するのだが、今回ばかりはそうも言っていられない。宿がなければ街の外に戻ってルームを出せば良い。ということで、行き交う人にアデム商会の場所を訪ねて、閉店間際に滑り込んだ。


「いらっしゃいませ、何かお探しでしょうか?」


 店じまいを始めていた店員が、それでもにこやかに声をかけてきた。

 閉店間際に滑り込んできた客にも嫌がらずに接客する様はプロ根性を感じさせる。流石アデム商会の従業員だ。

 だがそこではたと気付く。どのように情報収集すれば良いのだろう、と。イエナがまごついていると、カナタがサッと話を切り出した。


「すみません、先日ポートラの港町で前会頭のロウヤさんにお世話になった者です。少し気になる話を聞いたので……お変わりないか伺いたかったのですが」


「そうですか。……失礼ですがお名前をお伺いしても?」


「カナタと言います」


「イエナです」


「承知いたしました。少々お待ちください」


 そう言って店員は従業員用スペースに一旦引っ込んでいく。


「カナタ、フォローありがと」


「どういたしまして。……それにしても、アデム商会って従業員の人まで凄いのな。正直俺門前払い食らっても仕方がないかと思ってた」


 店じまいの時間帯に飛び込んできた、年若い冒険者風の2人組。商品を買うわけではなく前会頭の知り合いと宣うなんて客観的に見て怪しすぎるだろう。


「確かに……アデム商会ってかなりの大手だものね。取り次いでもらえそうでホントありがたいわ」


 小さな声でそんな会話をしていたところ、先程の店員が戻ってきた。


「お2人とも、こちらへどうぞ」


 と、案内されて店舗の中へ。応接室らしき部屋に通された。

 室内には店長と名乗る人物が待っており、きちんと挨拶を交わしたあとで色々と聞くことができた。


「まず、前会頭、現会頭の連名で全店舗に通達が来ております。イエナ様、カナタ様とおっしゃる冒険者2人組がいらした場合、言付けを預かっていると申し伝えるように、と」


「言付け、ですか?」


「「ポートラの港町まで急ぎ来て頂きたい。長老も待っておいでです」とのことです」


「長老様が!?」


 やはり、人魚の村に何かが起きているのだろう。不安で胸がザワザワする。店長はさらに言葉を続けた。


「また、これは非公式の情報ですが、現在ポートラ支店では冒険者用の武具やポーション等を集めている模様です」


「……戦闘があるのでしょうか」


「そこまでは……」


 店長は言及を避けたけれど、逆にそれ以外の可能性を想像できない。脳裏に「大規模討伐対象の大型魔物」という言葉が浮かぶ。


「教えてくださりありがとうございます。急いでポートラの港町に向かいたいと思います」


「もしや今から向かわれるおつもりですか? 我が商会が所有する宿でよろしければすぐご案内できます。どうぞそちらをお使いください」


 伝言を聞いているうちに、太陽は地平の影へと今にも隠れようとしている時間帯になっていた。

 気は逸るが、夜の行軍は危ない。2人は店長に頭を下げて、言葉に甘えることにした。

【お願い】


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