192.歯がゆい気持ち
一度カナタをルームに連れ帰り、その日はそのまま一日のんびり過ごした。といっても、カナタがのんびりできたかどうかはわからない。リビングにいる間は頑張っていつも通りの顔をしていたけれど、部屋やバスルームから出てくるときは思い詰めた表情をしている。
(帰るにあたってナーバス、にしてはちょっと……)
カナタはルームに戻る前「口にするのも怖い」と言っていた。その感覚は、イエナにも覚えがあった。
自分は何に適性のあるジョブなのかわからない。将来どうすれば良いか、皆目見当が付かなかったあの頃。
未知ジョブで、何をやっても身につかなくて焦ってばかりいた。
自分は、役立たずなのではないか。
この言葉を口に出してしまえば、本当になる気がしていた。きっとそれと似たような感覚なのだろう。
「歯がゆいなぁ……」
もしそうだとしても、イエナにできることはない。滋養強壮剤を作るとか、本日の料理係を代わるとか、そんなことでは根本的解決になるはずがない。勿論話を聞くことはできるけれど、口に出してしまうのが怖いのならばそちらも難しそうだ。要するに、八方塞がり。
さてどうしたものか、とリビングをウロウロする。やはり夕食作りをやって、その分カナタが考える時間をとれるようにしようとキッチンに立った。
「わぁ、食材がめちゃくちゃ豊富だわ……そりゃそうか。豪運スキルの恩恵ってすごい。あ、でもカナタがマメに作り置きとかしてくれてるお陰もありそう」
冷蔵庫を覗くとマリネされたお肉がある。今日はこれを使う予定だったのかもしれない。冷凍庫の方も覗くと、そちらは色々と小分けにされていた。
「……これ、どれが何か聞かないとわかんなくない?」
保存した本人であるカナタであれば把握しているのだろうけれど、彼はもうすぐ帰ってしまう。残されたイエナにこれがきちんと使いきれるかというと、ちょっと無理な気がした。
(冷凍されてるモノだし、変な匂いしてないなら私のお腹が負けることないとは思うけどさ)
お腹を壊したところで気ままな一人旅であればどうとでもなる。
そんなことを考えながら、あのお肉がメインと仮定してサイドメニューの算段を付ける。元気が出そうな料理はなんだろうと、頭の中でレシピ検索をしていると、カナタの部屋のドアが開いた。
「お、調子はどう?」
「調子は……うん、悪くないよ。そっちは何か作ろうとしてくれてたのか? ありがとな」
顔色は悪くないように見える。けれど、やっぱり表情がちょっと暗い。そのことに気付かないふりをして、イエナは明るく話を続けた。
「まだ全部はできてないけどねぇ。マリネしたお肉が今日のメインかなーと思ってスープ準備中」
「助かるよ。あ、あとイエナ、手を止めて大丈夫になったら、これ受け取ってほしい」
「ん? オッケー。ちょっと待って~」
刻んでいた野菜を鍋に全部放り込んでから、リビングへ移動する。テーブルの上には何やら紙の束が置いてあった。
「なにこれ?」
「えーと……覚えている限りの、大規模討伐対象の大型魔物の詳細メモ。その……イエナがそんなの貰っても良くないかな、とも思ったりもして、作ったはいいけど今まで渡すの躊躇っててさ」
「あ、あ~~」
カナタの懸念もわかる。イエナがその情報を持っていたとしても出しどころに困るからだ。周囲の人たちに「あの魔物の弱点は〇〇ですよ」なんて言ったとしても、戦闘職ではないイエナからの情報なんて鵜呑みにするはずがない。というか、鵜呑みにされたらそれはそれで怖い。
ついでにいえば、そんな情報を持っているイエナはナニモノだ? となることすら予想できるわけで。確かに使いどころがとても難しい情報の塊である。
「イエナに重荷を押し付けてしまうような気がして、どうしようか悩んだんだけど……情報があればイエナが助かることだってあるかもしれないし……」
「オッケー! じゃあまずは受け取るわね、ありがとう!」
紙の束を見つめながら葛藤するカナタから、イエナはそれを受け取った。そしてサッサとインベントリに収納してしまう。
「あっ……いいのか?」
あまりにもアッサリとイエナが受け取ったせいで、カナタが困惑した表情を見せた。
「いいのよ。とりあえず受け取っておけばカナタのモヤモヤが1つ減るでしょ。そっちの方が嬉しいわよ。それに、見るかどうかは実際に大型魔物っぽいやつに出遭ってから決めればいいことだしね」
「……そっか。ありがとな」
「どういたしまして……っていうか、ありがとうって言うのはこっちの方じゃん! 情報ありがとね!」
今までのようにアデム商会を通じてであれば、有効そうな道具で支援することはできるのだ。情報はあるに越したことはない。確かにありすぎて困ることもある、というのはこの旅で知ってしまったけれど、それはそれである。
2人してお礼を言い合って、同時にちょっと笑ってしまった。
「明日出発して大丈夫? カナタがもし時間が欲しいっていうのであれば、私としては問題ないけれど……」
「……いや、引き延ばしてごめん。明日はきちんと次元の裂け目まで行くよ。正直今日のこれだって逃げてるだけだものな」
イエナの提案にカナタは首を横に振った。
「いいの?」
「うん、逃げたって結果は変わらないんだから、明日はちゃんと向き合うよ。それに、こんな逃げてばっかりってあまりにもカッコ悪いじゃん」
「そんなことないと思うけどな~」
これは、欲目かもしれないけれど、カナタとカッコ悪いという言葉がどうにも結びつかない。……このまま一ヶ月くらいズルズルとここで過ごすとしたら話は変わってくる気もするが。
「俺がカッコ悪いなって感じちゃうからさ。……それより、今日の夕飯、俺が引き継いでもいいか? やっぱりいつも通り過ごさないとちょっと落ち着かないんだよな」
「あ、じゃあ残りはお任せしちゃおっかな。あ、あと、冷凍庫に保存してるヤツ、ガチガチに凍って中身が何かわからなかったりするのよ。良かったらどれが何かわかるようにしてくれると助かるんだけど……」
「あ~~! ごめん、すっかりそこ抜け落ちてたよ。やっとく」
「お願いね。私はその間リラックス効果抜群の入浴剤でも作ろうかしら」
「作るところからなんだ……。風呂はお任せするよ。手足伸ばせる風呂はやっぱり最高だもんな」
何気ない会話ではあるけれど「これが最後」という空気も感じてしまって、胸が痛い。
(……いっそこれが最後だからという空気に甘えて、気持ちを伝えたり、とか……)
そんな考えがよぎったが、気合いで押しとどめた。
今、イエナのインベントリには忘却薬がある。伝えずに後悔してしまったとしても、それごと忘れてしまえばいいのだ。だから、思いを飲み込むことくらいは何でもない。
全て、忘れられるのだから。
「それじゃあお風呂の準備は任せて! 美味しいご飯期待してま~す」
明るくそう言って、イエナはリビングを離れた。
その後、カナタの提案でモフモフたちも呼んで、一緒に夕食をとることになった。一旦椅子とテーブルをインベントリに収納し、床に布を広げてピクニックスタイルにする。
カナタは別れを惜しむように、ゲンだけでなくもっふぃーにも手ずから果物をあげていた。イエナは暗くならないように、楽しかった旅の思い出を話しまくった。
勿論ブラッシングも、普段よりも丁寧に仕上げる。
できる限りの明るい笑顔で、最後だからって涙涙のお別れにはしたくなかったのだ。そんな思いを汲んでくれたのか、ゲンがほんのちょっぴり寂しげに鳴いただけで、その日の夕食は和やかな雰囲気のままお開きとなった。
そうしてやっと自分の部屋で、1人になったとき。イエナの頬を伝うものがあったのだった。
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