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191.いざエバ山

 最果ての村での一夜が明けた翌朝。

 イエナもカナタも睡眠不足でフラフラしながら、それでもできるだけ丁寧にウッドへお礼を言って、その倍くらいのお別れの言葉を受けてからやっとエバ山に入ることができた。人里よりも魔物がうろつく山の方が落ち着けるとは、これいかに。

 最低限の注意を払ってルームを出すと、倒れ込むように中へ。ドアのすぐ傍では愛しのモフモフたちがお出迎えしてくれた。健気にも待っていてくれたらしい。

 すぐにも昨夜の詳細を話しながらできなかった分のブラッシングをしてあげたかったのだが、最早限界だった。デキるペットたちに導かれて自室に入ると、夢も見ずに眠りこけてしまったのだ。全く褒められたことではないが、徹夜仕事には慣れているはずなのに。


(あの状況で寝るのは無理っていうか、逆に眠ったらヤバイっていう緊張でムチャクチャ疲れちゃったのよね。作業に没頭した挙句の徹夜だったらあんなに疲れないもの……)


 旅に出て体力がついたと思ったけれど、それと気疲れはまた別モノだったらしい。お陰で、カナタにイビキや寝言を聞かれたくないという乙女心は死守できたはず。

 そんな達成感もあったせいか、目が覚めたときは物凄くスッキリしていた。身支度もそこそこにリビングに向かうと、寝癖を直しながらのカナタと鉢合わせした。どうやら彼もグッスリ眠れたようだ。

 ほぼ同時に時計へ目をやれば、昼と言うにもおこがましい時刻で。次いで見交わした視線で今後の予定が決定した。


 『本日休養日』


 ブラッシングという名のモフモフを心ゆくまで堪能したあとは、シェフ・カナタが久しぶりの晩餐のため存分に腕を振るう。その間、イエナはかねてより試作していた入浴剤を完成させてシェフへ献上した。

 心も体も胃袋も満ち足りて、いざエバ山へ。


「……確かにこれは美味しくないわ」


 山頂へ向かう道に、いきなり現れた不出来な石の彫像……のような魔物。カナタがデスサイズで切り捨てて、ゲンがトドメとばかりに蹴り砕く。相変わらずの見事な連係プレイ、だが。


「石。その辺の石ころと同じで硬度も普通、磨けば光るわけでもない。普通の石」


「だよなぁ。でも、それがレアなんだよ」


 拾ったドロップ品を見てブツブツと不満を並べるイエナに、デスサイズをインベントリにしまいながらカナタが相槌を打つ。


「てことは、普通はドロップ品ナシなのよね。うん、ホント美味しくない……」


「だからここにはあんまり冒険者が来ないんだよ。それこそ「大地の剣」みたいな腕試しパーティくらいじゃないかな」


 ただの石ころというドロップ品は、討伐依頼を初めてやってみようという初級冒険者パーティが挑むような魔物からよく出てくるシロモノだ。それが、この地ではカナタの豪運スキルがあってようやく出てくるレアモノだという。

 その癖、魔物の強さはなかなからしい。今倒した魔物、ストーンスタチューなどは防御力が高いため、かなり鍛えているカナタがイエナ特製のデスサイズを装備しても一撃とはいかず、ゲンと連携して倒したくらいだ。

 更に言うなら、此処は最果ての地。辿り着くまでにかかる経費は、普通のパーティなら結構な額になるだろう。


「本っっっ当に割に合わないわね」


「ただまぁ経験値は美味しいんだけどな」


「でも皆レベルっていう概念がないし……そりゃステータスいじれなくてもレベルが上がれば基礎ステータスは伸びていくって私たちはわかってるけどさ」


 過去の異世界出身者たちも、レベルやステータスについては公にしていない。そのため、「やればやるだけ上手くなる」「戦えば戦うだけ強くなる」といったごく当たり前の認識があるだけだ。


「いくら獲得経験値が美味しい敵でも、この世界ではただただ疲れる魔物って扱いなんだよな。ここでレベル上げすればカンストも行けるくらいなんだけど」


「かんすと?」


「あーえーっと。レベルが上限に達すること」


「レベルにも上限があるの!? 全然気にしてなかったけど、言われてみれば際限ない成長っていうのも確かに変か……」


「ごめん。伝えてなくて。でも、妙に知識がありすぎても、イエナが生きてく上で邪魔かなぁって思って……」


 カナタはうっかり口を滑らせたことに申し訳なさそうな顔をする。それもこれも、この世界で今後も生きるイエナのためを思ってのことなのだから、そこまで気にしなくてもいいのだが。


「そんな顔しないでよ。それより、目的地ってもう少し? カナタにレベル上げは必要ないだろうから、さっくり向かっちゃいましょうよ」


「あ、うん。そう、だな」


 返事の歯切れが悪い。

 実はなんとなく、先ほどからあまり前に進んでいないような気がするのだ。基本的にルートの選択はカナタに任せきりだった。けれど、カナタを送り出したあとは、全てイエナが決めねばならない。うっかり迷子にならないためにも、妖精の村を出たあたりから自分でもきちんと場所の把握ができるよう努めていたのだ。……多少わからなくなったこともあるが、そこはご愛敬である。


「行くの怖い?」


 カナタにはカナタの事情があるのは理解している。元の世界に戻りたいと切望しているけれど、戻ったあとのことを考えると不安になるのだとも聞いていた。


「……ちょっと、気がかりなことがあって」


「えーと……休憩とる? 話なら聞けるし」


 カナタの世界のことを知らないイエナには、相談に乗って適切なアドバイスをする、なんてできない。けれど、話を聞くだけならできる。そんな気持ちを込めて尋ねてみると、暫くの逡巡のあと、カナタが重い口を開いた。


「言葉にしたら、その、本当になりそうで、怖い。あぁ、うん。俺、怖いんだ。……メッチャ情けない」


「そんなことない! 言葉にするのが怖いならそれでいいと思うよ。それに、この後また生活に変化があるんだから怖いのも仕方ないと思うし……ね、もっふぃーもゲンちゃんもカナタも、みんなで一旦休憩しよう! ね?」


 凹みはじめるカナタが心配で、イエナはやや強引にルームへと引っ込むことを提案した。冬のエバ山は、当たり前だけど寒い。寒い場所に居続けたらどうしても気持ちはしぼんでしまうものだ。


(別に、カナタとの別れを引き延ばしてるなんて、そんなことは……)


 一瞬浮かんでしまった自分本位な考えを、頭を振って追い出したのだった。


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