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190.最果ての村の夜

 エバ山の麓にある村、エバ村に到着して早々、イエナたちは軍の詰め所に向かった。さくっと許可証を見せて入山してしまうためだ。入山後、英気を養うために一晩ルームでゆっくりして、次の日登山をする予定だった。


(それがどうしてこうなった……)


 目の前にはウキウキな様子で部屋を用意してくれる軍人。大体40代くらいだろうか。軍人にしてはヒョロい男性、名をウッドというそうな。先ほど自己紹介にあずかったのだが、なんでも子育てがもう少しで一段落といったところでここへの赴任を言い渡されてしまったのだとか。


「子どもがもう少しで成人ってときにひどいよねぇ。でも、まだ金もかかるし、しかも上の子が優秀でねぇ。上級魔法学校いけるんじゃないかって言われててさぁ。でもそうなると学費が……ってことで、単身赴任を受け入れたんだよ。その方が手当て出るし」


 とのことで。子を持つ親は大変だなぁ、と感じつつ、どうにかこの状況を打破できないかと考える。


(……無理っ!! なんか凄い気の良い人みたいだし、しかも、おしゃべりに飢えてる!? うわーん、何か、何かない!?)


「あ、あの軍の場所に一般人を招いてもいいんでしょうか?」


 イエナがオロオロしている間にカナタがナイスな攻撃を繰り出した。いや、戦っているわけではないんだけども、心情的に。

 実際問題として、軍の施設となれば機密もあるだろうし、一般人を気軽に立ち入れさせたらウッドが処罰されることも考えられる。


「あ、大丈夫大丈夫。あっちの扉から向こうはダメなんだけど、ここは冬季の見回り任務を引き受けてくれた冒険者の宿泊施設だから。軍もさー、この辺境まで来てくれる人がほとんどいないんだよね。俺の他には村長さんのとこのお子さんに無理やり一時的に軍属の辞令だしてるだけなんだよ~。世知辛いよね~」


 なんということでしょう。人手不足がこんなところに影響しているとは。

 ただまぁわからなくもない。ここは辺境もいいところの土地だ。人間が住む最後の土地という表現すらある。上からの命令であっても、ここへの勤務はどうにか回避したい人間が多そうだ。目の前のウッドだって、期間限定だから渋々来たというのが実情のようだし。

 その人手不足を解消するために、冒険者を期間限定で雇い入れるのはとても合理的だ。そして福利厚生の面で、専用の宿舎があるのも冒険者には良いアピールになるだろう。宿代は普通の旅であれば常に懐を圧迫する出費になるのだから。


「あ、でもそれじゃあ、先客の冒険者さんたちに迷惑なんじゃ……」


「大丈夫大丈夫。今季は1パーティしか来てないから。今ちょうど巡回に行ってるんで、あとで紹介するよ。いやまぁそうだよねぇ。衣食住込みの冬季限定依頼だとしても、エバ山無駄に敵強いし、その癖ドロップ品おいしくないしで冒険者に旨味少ないもの。来てくれただけラッキーってなもんだよ。あ、そうそう。料理ね、俺が作るから。数少ない趣味なんだわ。っていうか、ここだとそれくらいしかすることなくてねぇ」


 人との会話に飢えていたのか、ウッドは饒舌だった。しかし口も動くが手もバッチリ動いている。あれよあれよという間にイエナたちの泊まる場所の準備が整ってしまった。もう逃げ場はない。これだけ準備させといて「やっぱいいデスゥ~」は人道に反しているだろう。

 が、ここにきてさらにウッドは爆弾を落とした。


「一応プライバシーを考慮して一番遠い部屋にしておいたよ。冬季のパーティもこっちに用事ないから来ないでしょ。あ、ただ、貴重品は流石にインベントリにね。それから、扉はあるけど開けっ放しにしといてね」


「「えぇっ!?」」


 整えられた部屋には2段ベッドが2つ、小さなテーブルが1つ。それから長期滞在者用なのか、背が高く細長い作りのチェストが4つあった。角やらに傷みが見えたのであとで補修したいところである。

 ではなく。


「ちょっ……そ、それは流石に……」


 仕方がないのでルームを出してやり過ごそう。石造りのこの建物ならカナタも安宿よりは眠れるのでは、などと思ってた矢先に扉を開けたまま過ごせという発言。流石にそれは無理がある。ルームが出せないではないか!


「いやね、ここ寒いじゃない? しかも山の方からビュービュー風吹くからいくら石造りっていっても冷えるのはやいのよ。そんで、一回冷えちゃうと暖めるのマジで大変だから……。大丈夫大丈夫。今季のパーティ皆無口だけどマジメっぽかったからさ。まぁだからこそお話してくれそうな君たち誘ったんだけどね」


 と、ウッドはカラカラと笑う。

 確かに見渡してみてもこの部屋に暖房器具の類いはない。どうやら暖炉の排気熱を利用して暖める仕組みの建物のようだ。だが、それだけでは真冬はキツイようで、大き目のドアから暖気を取り入れているらしい。

 理屈はわかる。わかるけれど、プライバシーはどこにいった?


(軍の下っ端、駆け出しの頃はプライバシーも何もない生活になるって……本に書いてあったことマジだったのね)


 そもそも、普通の旅において、パーティメンバー内にプライバシーがあること自体が稀であることにイエナは気付いていなかった。いつでも個室に帰ることができるカタツムリ旅の方が異質なのである。


「旅の疲れもあるだろうから、一旦ゆっくりしてて。夕飯には呼びにくるからね~。いやぁ食べ盛りが2人増えたから腕が鳴るな~」


 そう言ってウッドはウキウキと階下に降りて行った。


「……参ったな」


 彼の気配が無くなった頃、カナタが放心したように呟いた。無理もない。イエナもあまりの成り行きに座り込みたくなっている。

 だが、座り込んではいられない。しなければならないことがある。そう、愛しのモフモフたちへの現状報告だ。

 こうなってしまった以上、2人のお泊りは避けられない。それはつまり、日課である夜のブラッシングがなくなってしまうということだ。なので、その旨を伝えるために大急ぎでルームに行かなければならない。うかうかしていると、巡回に行っているという冒険者パーティの帰還とルーム前で鉢合わせ、なんて目も当てられない事態もあり得る。ルームの守秘は隠密カタツムリ旅の生命線なのだ。

 モフモフたちには申し訳なかったがかなり端折って事情を伝え、すみやかにルームを仕舞う。ひと息ついたところで、見張り役に残ってもらっていたカナタと小さな声で打ち合わせ。及び、一宿一飯の恩返しにチェストの修理と点検を行った。なかなか暇だったせいもある。


「まぁこれでお礼にはなる、よねぇ?」


「開けるたびにギシギシいうチェストが改善されたんだからいいんじゃないかな? 本当ならチェストの修理よりも暖房器具作ってもらって扉を閉めたいところだけど、それはそれで怪しいもんな……」


 至高のアイスを味わうためにミニチュア暖炉を作り出したイエナである。暖房器具などお手の物だが、普通の人間はいきなりそんな物が出てきたら驚き怪しむのではないだろうか。というか、あのウッドがこの部屋の扉が閉まっているのを見つけた時点で黙っているとは思えない。ということで暖房器具案は却下となった。溜め息を飲み込みつつ、ウッドが呼びに来るまでそうしてお礼代わりに部屋の快適度を上げられるよう奮闘していたのだった。

 夕食で顔を合わせた冒険者パーティ「大地の剣」はウッドが言っていた通り、口数少なく実直そうな人たちの集まりだった。楽しそうに話すウッドに頷いたり、短い相槌は打つものの自分たちからはあまり話さない。イエナやカナタも饒舌というわけではないが、彼らに比べればずっと会話は続いている方だろう。


「いやぁいいねー。一杯おしゃべりできてご飯も褒めてもらえてさ~」


「……アンタの料理は美味い」

「うん、美味い」

「感謝してる」


「ありがとうありがとう。あとは会話もね、もっとしてくれれば嬉しいけど!」


「善処する」


 そんな感じの夕食は割と早めにお開きとなった。用事があるならともかく、起きていてもただただ寒いだけなのだ。さしものウッドも寒さには勝てなかったらしい。皆早々にそれぞれの部屋に引っ込んだ。

 ただし、どの部屋も扉は開けっ放しなので、なんのスキルもないイエナでもちょっとした物音などは聞こえてしまう。


「カナタ、寝れそう?」


 ウッドは一番遠い部屋だと言っていたが、向こうの気配が僅かでも感じられる以上、こちらとしても相応の配慮は必要だろう。できる限り声を潜めてコソコソとカナタに話しかける。

 ちなみに、万が一何かがあってもいいように、カナタとイエナはそれぞれ二段ベッドの下に寝ることにした。そのお陰で表情を確認することはできるのだが。


「たぶんむり……」


 カナタは悲壮な表情で首を振った。さもありなん、とイエナも頷いて見せる。

 むしろ、イエナも自分の心配をしなければならなかった。


(カナタの真横で寝言もイビキも絶対にイヤ! 最後の思い出が「そういやイエナの寝言面白かったな」とか最悪じゃないの! よだれ垂らした寝顔見られるのも絶対イヤ!!)


 そうして、イエナとカナタの眠れない夜は更けていったのだった。


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― 新着の感想 ―
>最後の思い出が「そういやイエナの寝言面白かったな」とか最悪 うーむ、乙女心ォ! やっぱりイエナ、かわいいよねぇ。
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