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閑話189.5 モフモフたちの長い一日

 日頃ルーム内で留守番をしているモフモフたちは、かなりフリーダムに過ごしている。外に比べれば確かに狭くはあるけれど、専用の回し車まで用意してもらっているので退屈することはない。回し車で疲れたら昼寝をすれば良いわけだし。おやつまで完備されているここでの生活は、とても快適だった。外に出られない日が続く場合もあるけれど、概ね満足している。

 何より、飼い主たちが毎日甲斐甲斐しくブラッシングをしてくれるので、文句はない。メリウール族のモフモフは誇りの象徴なのだ。埃ではない。

 さて、彼らが帰ってくるまでの間どう過ごそうかと考えていたところ、突然玄関の方から物音がした。


「メェッ!?」


 普段であれば彼らが戻ってくるような時間ではない。驚いたゲンが地下室の階段を駆け上がる。ついで、もっふぃーもそのあとを追った。


「出迎えありがとう! でも、ちょっと静かにお願いね!」


 玄関を見ると、そこにもっふぃーの主人であるイエナがいた。勢いのある小声で言われて、思わず問いを飲み込む。しかし、どうしたのだろう。不思議に思っていると、地下へ行くように手振りで促される。とりあえず声を上げないようにしながら2匹は地下へと戻った。

 そこに少し遅れてイエナがやってくる。


「ごめんね、これ少し早いけど今日の晩御飯、と明日の朝御飯。ホントにごめんなさいなんだけど、今日の夜ブラッシングしてあげられそうにないの」


「メェッ!?」


「めぇ~?」


 メリウールの毛は数日ブラッシングしないくらいで傷むようなヤワなものではない。しかし、ブラッシングは大事なコミュニケーションの時間である。特に、カナタはもうすぐいなくなると聞いているし、ゲンの貴重な機会だ。思わず抗議の声を上げてしまった。それならせめてカナタ自身が来てくれればゲンも納得するだろうに。

 それをイエナもわかっているのか平身低頭で謝ってくる。


「今カナタは見張りしてくれてるの。気配察知でなにかあればすぐ呼んでもらえるはず。本当にごめんね。なんだか押しきられちゃって今晩の宿が決まっちゃったの。それがまたプライバシーとかがほぼないような宿舎でね。ルームを長い時間出してたら怪しまれちゃうの。詳しくは明日。たぶん、お昼前には戻ってこれると思うから......本当にごめんね。明日ゆっくり事情説明するから!」


 そう告げて、イエナは大急ぎでルームの外へと戻っていった。


「ゲンちゃん大丈夫~?」


「なによ、ニンゲンの事情ってヤツでしょ。別に、平気なんだから!」


 強がってはいるものの、頭が下がってしょんぼりしている。エバ山というところに到着してしまったら、ゲンは主人のカナタともう会えなくなるらしい。わかっていたことだけれど、とうとうその日が近いのだと思うと尻尾もへにょりとしてしまうのは仕方がないことだ。直接のペットではないもっふぃーがそうなのだから、ゲンの悲しみはどれほどか。そして、残り少ない時間なのだから、せめてたっぷり交流して、ブラッシングしてもらいたいと思ってしまうのは当然のことだろう。

 今その機会が1つつぶれてしまったのだ。


「明日の朝ごはん食べたらさぁ~。玄関のとこでご主人たち待たない?」


「ふ、ふん。もっふぃーにしてはイイコト言うじゃないの。してあげてもいいわよ」


 帰ってきたご主人たちが、こちらに構ってくれる余裕があるかはわからない。最近、宿の環境があまり合わないということで、カナタは寝不足になることが多かった。だから、この村では宿をとらずにすぐ出発となっていたはずだったのだが......うまく予定通りに進められなかったのだろう。特にご主人たちのように、なにか事情があるニンゲンだとそれを隠すためにも余計に頑張らなければならないというのはこの旅でなんとなくわかっていた。

 とりあえず出迎えだけでもすれば、頭を撫でるくらいはしてくれるかもしれない。

 そんな希望を持って、一晩過ごした。たまにメェメェ鳴くゲンに寄り添いながら。


「た、ただいま。ゲンももっふぃーもありがとう、ここで待っててくれたのか?」


 翌日の昼前、イエナが宣言した通りの時間に2人はルームへと戻ってきた。こころなしか、2人とも疲れていそうだし、目も赤い気がする。


「うわーん、もっふぃーもゲンちゃんもありがとう。あ、ご飯は昨日のアレで足りた? 非常食のチェックは......あとでいい、か。でもそうだ、ブラッシング......」


 普段よりふにゃふにゃのご主人たちが、それでも力を振り絞ってブラッシングしようとする。が、それに怒ったのがゲンだった。


「何よ、そんな状態でされたって嬉しくもなんともないんだから! いいから眠いなら寝なさいよ! それで元気になったらたっぷり事情を説明しながら構いなさいよね!」


 ニンゲンのご主人たちにはただメェメェと鳴いているだけに聞こえるだろうから、言い終わったあとは袖口を引っ張ることも忘れない。

 ゲンはカナタを、もっふぃーはイエナをそれぞれの部屋の方に引っ張っていく。


「僕たちはちゃあんと待てるデキるペットなんだからさ。遠慮せずに休んでよね~。あ、でも何があったかは聞きたい~」


「うわわ、ゲン? どうした? って、俺の部屋......いいから寝ろってことでいいのか?」


「たぶんそうだと思う~! もうデキるペットたちの優しさに甘えよう、カナタ。まともに考えられないよ今は」


 それぞれの部屋の前に誘導された2人はおとなしく自室へと入っていった。


「まったく、世話のやける主人だこと」


「僕たちってご主人思いだね~」


 そんなことを言いつつも、もっふぃーはホッとしていた。だって、あんなこと初めてだったから。もっふぃー自身も少々ナーバスになっていたのか、昨日の夜はちょっと嫌な想像が頭をよぎっていたのだ。

 もう、彼らは帰ってこないんじゃないか、とか。

 勿論、そんな素振りはゲンの手前おくびにも出さなかったけれど。でも、2人が無事に戻ってきたのを見たら安心して力が抜けてしまった。


「ねぇゲンちゃん、僕らもお昼寝しなーい?」


「......しょうがないわね、付き合ってあげるわよ」


 もっふぃーは知っている。昨日の夜、ゲンもまたあまり眠れていなかったことを。少しの物音にも反応してはそわそわしていたことを。

 なぜって、もっふぃーも同じように起きていたから。


「じゃあ地下のテントいこっかー。今日はお昼寝日和だねぇ」


「なんてノンキなパーティなのかしら」


 そんなことを言い合いつつ、イエナ特製の遮光テントの下へと向かう。きっと昨日の夜よりもぐっすり眠れるはずだ。


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