189.最果ての村
一行の旅は続く。目的地はエバ山。大陸の最北東に位置しており、その先には何もない、とまで言われている。実質的な人間が住む果てのような場所。
カナタ曰く「運営が世界の果てを考えてなかったんじゃないかなぁ」とのことだが、そもそも運営とは、となるイエナであった。
ともかく、最終目的地はもう目前だ。
「あの遠くに聳え立ってるのがそう?」
「たぶんな」
既にその全容を真っ白に染めている峻険な山並み。あそこのどこかに次元の狭間があるらしい。
ここに来るまでに、いくつかの町を通ってきた。もう街と言える規模のものはなく、こじんまりとしたところばかり。そしてこの先には、エバ山の立ち入りを監視する兵の詰め所がある村だけだという話だった。
「村ってなると、宿なんかないかもしれないわね」
今まで通ってきた町でも、宿探しは少々苦労した。そもそも宿自体が少ない上、町一番の高級宿みたいな所だと若い2人が泊まれば悪目立ちしそうだし、かといって最低限の安宿では防音やセキュリティ面で不安になる。なるべく中庸を心がけて選んできたつもりだったが。
「いっそのこと手続きが終わったらすぐエバ山に向かって、麓に着いてから適当なところでルームお願いする方が楽そう……」
目を赤くしたカナタが弱々しい声で応じてくる。
「全然オッケーよ。じゃあそうしましょう」
「ありがとう、助かるよ。折角前の町で討伐完了の知らせ聞いて安心できたのに、宿のせいで結局寝れなかったんだよなぁ……眠れないって辛い」
アムドの町を出て2つ目の町の冒険者ギルドで、モスキートーンの討伐が完了したという嬉しい知らせを聞くことができた。なんでも、どこかの商会が持ち込んだ虫よけ香や虫寄せ香が大変良く効いたのだとか。
そのどこかの商会には毎度矢面に立って頂き、全くもって足を向けて寝られない。カナタを無事元の世界に送り届けたら、お礼に顔を出しに行きたいところだ。
が、それはそれとして。
「ホントに大丈夫? この辺りで一休みしても良いのよ? カナタの気配察知のスキル、オフにすることってできないのかしらねぇ」
仕方なく扉も壁も薄い安宿に泊まり続けた結果、スキルが気配を察知しまくってカナタは安眠とはほど遠い夜を過ごす羽目になっていた。ルームのドアを閉じて眠れば済む話なのだが、こんな安宿では何が起こるかわからないというカナタ自身の主張を尊重して、毎夜開きっ放しにしていたのだった。
「このところ割と良い宿にばっかり泊まってたからなぁ。冒険者は贅沢に慣れちゃダメなのかもな」
「なんか私だけ毎晩グッスリ寝ちゃって申し訳ない」
「2人して寝不足の挙句判断ミスとかしでかすよりはよっぽどいいと思うよ。ゲンの世話とか料理当番も代わってもらってるしさ」
「そのくらいはビジネスパートナーとして当然よ」
むしろもっと助けられることがないかと思ってしまう。彼がいなくなるまであと僅かなのだ、その間少しでも快適に過ごしてほしい。
(色々大変だったとは思うけど、良い思い出として残るといいなぁ)
忘却薬のお陰でカナタとの別れも冷静に受け止められている。今でも胸はジクジクと痛むし、見送ったあとは泣くだろう。それでも、カナタを気持ち良く送り出すことを優先して考えられるようになった。
「さて、一旦ゲンたちはここまでかな」
「ありがとね、もっふぃー、ゲンちゃん。私たち、あとは歩いて行くから。夜にね」
目的の村が見えてきたので、一旦モフモフたちをルームに帰すことに。
「……メェッ」
「めぇ……」
なにかを感じ取っているのだろうか、2匹の返事にはいつもの元気がなかった。
だが、これでお別れというわけではない。エバ山はダンジョン指定されている場所でもなく、冬の今は来訪者がとても少ないと聞いている。なので、山に入ったらもっふぃーもゲンもルームに戻すことなく一緒に向かうつもりなのだ。元気を出してもらわねば。
「帰りが遅くなったときのご飯の場所は大丈夫ね? すっごく美味しいの用意しておいたから」
「めぇ~~~」
多少は機嫌が回復したのか、もっふぃーはわかったというように鳴いた。このやり取りも何度繰り返しただろうか。もういらない気もするけれど、やはりお約束は大事だ。
「お腹空いちゃったら食べてもいいけど、そのときは教えてくれよな。補充するからさ」
「メェッ……メェ~~!!」
わかりきったやり取りなんかいいから撫でなさい! と言わんばかりにゲンがカナタに甘えてくる。頭をぐりぐりと押し付けられて、カナタは苦笑しながらも優しく撫でていた。
「もっふぃーもカナタに甘えとく?」
「めぇ? めぇ~~~」
自分は大丈夫、といった風にもっふぃーは頭を横に振った。物わかりの良いもっふぃーは、基本的にワガママを言わない。ゲンの兄貴分として我慢しているのか、それとももう甘える年齢ではないのか。わからないけれど、その分イエナがたっぷりと撫でておいた。……イエナが癒しを求めてモフモフしたとも言うかもしれない。
「んじゃ、頑張って歩くかぁ」
「私この旅に出てからかなり歩けるようになった気がするわ。冒険者って足腰丈夫なんだーってしみじみ感じたわよ」
「わかる。最初の頃はモフモフに乗ってるだけなのに筋肉痛になってたもんなぁ」
村まで歩きながらの会話は、なんとなく旅の序盤を懐かしむモノになった。最後の旅ということで2人ともセンチメンタルになっているのかもしれない。
「あの頃の私ほとんど製薬に手を出してなかったからね。湿布とか膏薬とか今ならもっと色々作れるのに」
「最近製薬方面頑張ってるもんな。今朝貰った滋養強壮剤すごい有難かった!」
「世界樹の枝サマサマよ~。何作っても最高の仕上がりになるもの。睡眠不足なカナタの役に立てたなら良かったわ」
そんな話をしていたら村に辿り着いた。雪道を話しながら歩いていたのに息は上がっていない。ちょっとだけ自身の成長を実感した。
「おや、珍しい。旅人さんかい?」
入口付近できょろきょろしていると、村の人から声をかけられた。
「あ、はい! そうなんです。エバ山の石の調査をしにきたんですが、手続きをする場所ってどこかわかりますか?」
カナタが愛想よく村の人の質問に答える。
「はぁ~。よくまぁこの季節に来たもんだ。風邪ひくんじゃないよ。手続きならほれ、あそこにある石造りの建物が国軍のだから、あそこで聞くといいよ」
「「ありがとうございます!」」
2人揃って頭を下げて、示された建物まで歩いて行く。こじんまりとした家屋がぽつりぽつりと建つ中で、大きな石造りの建物は目立っている。
中には駐在している軍人と思しき人がいた。
「あれ? お客さん? 珍しいね」
「こんにちは。すみません、エバ山の調査にきたのですが。これ、許可証です」
軍人というには穏やかそうな人が、カナタの差し出した許可証を受け取る。
「あ、あ~~。冬にもあそこ調べたりするんだね。夏季と冬季に何か違いがあるのかな? うんうん、確かに確認しました。調査は急ぎ? そうじゃないなら今日はココに泊まって朝イチで出た方がいいよー。さっむいからあそこ」
「え?」
「あ、いえ、私たちは……」
「あれ? 急ぎなの? でも無理はしない方がいいよ。俺たちも巡回は行くけどむちゃくちゃ寒いからさぁ。若い頃の無理は歳食ってからドカンとくるんだから。おっちゃんの言うことは聞いといた方がいいよ。粗末な場所だけど石造りだからあったまってればまだマシな建物だからね。今火をちょっと強くするから」
あれよあれよという間に、軍人にしてはとてもおしゃべりな彼に押し切られてしまったのだった。
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