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188.ミコトのスタンス

 できる限りの情報収集をし、それに基づいて何度も相談した結果、イエナとカナタはモスキートーン討伐には表立って関わらないことに決めた。ただし、物資の製作は別である。


「この町のアデム商会の店長さんがいい人で良かったな」


「ホント良かった。なんとなーくこっちの事情汲んでくれたみたいだし。やっぱりお店を任される人って違うのね」


 カナタがゲンをブラッシングしながら、しみじみとした口調で声をかけてきた。

 イエナもそれに深く頷く。チラチラと頭の隅に現会頭と元会頭の姿が浮かんだような気がしたが、人のためになることなので、あえてなにも考えないことにする。

 ちなみに、イエナは絶賛作業中なのでもっふぃーには少しの間待機してもらっていた。もっふぃーの温厚な性格には本当に助かっている。もうホントびっぐらぶ。愛。あとで存分にモフり、もとい、ブラッシングをさせてもらおう。


「じゃあ、そこにある山を納品したら出発……でいいのかな?」


 討伐に参加しない代わりに、アデム商会を通じてポーションなどを納品することにしたので、イエナはカナタと話しながら大量生産に勤しんでいた。まだ神経を使わない単純作業なのでこのくらいは余裕だ。

 納品するのはポーションの他に、イエナ印の虫よけのお香と虫寄せのお香。カナタの世界にある「カトリセンコウ」なるものを参考にさせてもらった。渦巻き型はコンパクトながらも長時間燃え続けてくれるスグレモノだ。虫寄せの方にはモスキートーンが誘われるアストラモルフォの鱗粉を使用しており、罠を仕掛けるときに活用してもらえたらと作ったものだ。妖精たちに貰ったモノだが、まさかこんな形で利用できるとは。

 その他、あると便利だろうと防具や弓も作った。是非頑張って討伐して頂きたい。


「私はオッケーよ。カナタは気持ちの整理ついた?」


「う、うーん……正直言うとあんまり。これでいいのかってずっと迷ってる。なんていうか、無責任というか……。モスキートーンが召喚されたとしたら、どう考えても俺と同郷のヤツが原因だろうし……」


 カナタの迷いもわからないわけではない。

 だからこそ、イエナは作業の手を止めて力強く言い切る。


「まず、無責任っていうのは絶対に違うよ。カナタと同郷の人がなんかやらかしてるとしても、同郷だからってカナタが背負わなきゃいけないなんてこと絶対ない。それに、カナタと同郷の人がやってるって確証も見つけられなかったじゃないの」


 カナタと同郷の人には、黒髪とエキゾチックな顔立ちという特徴があることがわかっている。ガンダルフがカナタとセイジュウロウを間違えて殴りかかった件もあるし、なんとなく皆雰囲気が似ているようだ。

 少なくとも、今までの旅でカナタのような見事に真っ黒な髪は見たことがない。


「でも、髪は染めることができるしなぁ」


「それはそうだけど、濃い色だとめちゃくちゃ染まりづらいわよ。しかも染め剤って娯楽品だし、やんごとなかったり後ろ暗かったりする人が使うのが主だから手に入りづらい上にお高いし。……ジョブが製薬師だったら作ることは可能ではあるけれど」


「え? じゃあイエナも作れるってこと?」


「モチロン。ただし、染めたい色の材料があればだけど。染めたい? まぁ個人的にはあんまりオススメはしないなぁ。荒れるもん」


 こんなにキレイな黒髪なのだ。正直なところ「なんと勿体ないことを!」と言いたいくらいである。が、カナタの望みであれば叶えるのにやぶさかではなく……。とは言え、できれば止めてほしいので、デメリットも紹介してしまう。

 

「イエナの腕をもっても、染め剤使ったら荒れちゃうのか……」


「髪を染めたいって思ったことなかったからなぁ。でも、カナタが染めたいって言うんなら荒れない染め剤研究してみるわよ? でも、その色とってもキレイだから染めるの勿体ないと思う」


「きれい……う、うーん。ありがとう?」


 キレイと言われてなんと返事したものか、という表情をするカナタ。もしかしたら、カッコイイと言われたイエナと似たような感情かもしれない。


「どっちにしろ継続して染めないと根元から元の色が出てきちゃうから、現状出回ってる染め剤だと髪にもお財布にもキツいんじゃないかしら。あんまり現実的じゃないと思うのよね」


「確かに。じゃあそっちの可能性は捨ててもいいのか。でもそれだと誰が……って振り出しに戻っちゃうんだよな。あ、でも調べた限り聖女はほぼ俺と同郷で間違いないと思う」


「やっぱりそうなんだ? 黒髪だったのね」


「この町でメチャクチャ尊敬されてたっていうか、もう信仰の域だった時代もあるみたいで、情報収集には困らなかったな。こちらの人の感覚だとやっぱり黒髪でどこか異国風の顔立ちの美人だったって話だよ」


「でも200年前の人が現代に介入することはできないでしょ」


 流石に異世界出身の人でも200年は生きられないだろう。そもそも、生きていたら町の人があんな風に嘆くこともないわけで。


「それはそう。ただ、ミコトとはちょっとウマが合わなかったみたいだな」


「え? 今なんでミコトさんが出てくるの?」


 ミコトとは、カナタより前にこの世界にきてしまった異世界出身の人だ。ノイルバーン帝国という国で魔法軍団長まで上り詰めており、ジョブは魔法使い。イエナは彼女の遺した「魔法図案」に大変お世話になっている。魔法を使えないジョブであっても魔法が使えるようになる図案で、日々改良を加えて新たな道具が製作できないか模索中だ。


「俺の国の言葉で書かれたミコトの手記があるって話しただろ? あの中に、ミコトが調べた同郷っぽい人物リストがあったんだよ。ミコトが調べてくれたヤツだから彼女が生きてた時代より前なんだけどさ。そこから推察すると、どうもミコトと聖女アリスは僅かだけど生きてた時代が重なってるみたいなんだ」


「図書館に行くって言ってたけど、そういうのも調べてたのね」


 この世界において、異世界出身の人は色々と有名なことが多い。セイジュウロウは盗賊の常識を変えた人として語られているし、ミコトは一国の魔法軍団長。図書館に行けばそれぞれの分野で名を残しているのを見ることができるだろう。

 と、そこまで考えてハタと気がつく。


「……ちょっと待って。聖女アリスが生きてたのって200年も前だったのよね? でもミコトさんは20年くらい前まで雪女としてペチュンの人たちの話に出てきてたじゃない。いくらなんでもそれは無理があるんじゃないの?」


「俺もそう思う。けどミコトの手記では知っている人物のような書き方になってたんだ。プレイスタイルが合わない……大雑把に言えばウマが合わない、って。しかも、さっき言ったリストには『要注意』っていう注釈が付いていた」


「要注意……そのリストで他にそんなこと書かれてた人は?」


「いや、アリスだけだった。だから流石に気になって色々調べてみたんだけど、この町の図書館では何も見つけられなかったよ」


 期待を込めて尋ねてみたが、カナタは力なく首を振った。

 普通ならば交わるはずのない、2人の異世界人。過去の人物ばかりのリストで、たった1人の『要注意』。まるで何かの謎かけのようだ。会ったこともない相手にウマが合うとか合わないとか。死んでしまった人物に対して注意が必要とか。


「それじゃ全然わからない」


「だよな……」


「でも、私はミコトさんを信じる」


 肩を落としたカナタにキッパリと言い切る。


「そっちの世界でミコトさんがどんな風に生きてたかなんて、私にはわからない。だけど、今までずっとミコトさんが残してくれた魔法図案を研究してきてわかったの。ミコトさんはこの世界を好きになってくれたのよ。カナタと同じように。だから、私は信じるわ。ミコトさんはこの世界のことをちゃんと考えてくれてたって」 


 異世界から転移してきて、一国の魔法軍団長まで上り詰めた人だという。どれほど膨大な魔力を持っていたのか、自分には想像もつかない。なのに、この世界で魔力による差別がなくなるよう魔法図案を構築してくれたのだ。もうそれだけで。


「うん、俺も同じく」


「え……?」


 もしかするとカナタとは意見を異にするかも、と不安に思いながら意を決して口にしたのに、当のカナタはあっさり頷いてきた。


「俺だって手記を読んでるし残された文献にも目を通してるからな。ミコトの人となりはなんとなくでもわかったつもりだ」


「良かった……」


「考えてみればアリスに対してちょっとでもおかしなことを書いているような本が、この町の図書館で見つかるとは思えないもんな」


「そう言われればそうよね。あの崇拝ぶりだもの」


「お互い気持ちがハッキリしたのは良かったけど、じゃあどうしたら良いかってのは結局……」


「ハイ、おしまい! 納品分、全部出来上がったわ。もっふぃー、お待たせ!」


「めぇ~~~」


 最後のポーションを納品の山に突っ込みながら名前を呼ぶと、賢いモフモフは嬉しそうに寄ってきた。


「わわっ、ゴメンなゲン、すっかり手が止まってた!」


「メェッ! メッ!」


 カナタが慌ててブラッシングを再開すると、しょうがないわねとでも言いたげな鳴き声が返ってくる。本当に賢いモフモフたちだ。


「たくさん悩んでいいわよ、カナタ。でも、予定通りエバ山に向かいましょう。気が変わったら戻ることもできるんだし」


 カナタの悩みを共有したり相談に乗ったりはできる。けれど、結論を出すのはカナタ自身でなければ。


「……そうだな」


 後ろ髪を引かれまくりなカナタの背を押して、一行はエバ山へに向かう準備を始めるのだった。


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