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186.この世界が好きだから

 イエナの逡巡しながらの問いかけに、カナタは渋い顔で答えた。


「可能性は高い、と思う。こっちに転移してきて手っ取り早く名を上げようとするなら、自分で大型魔物を召喚して自分で倒す、って手段は有効じゃないかな」


「そうかもしれないけど……もし倒せなかったら町の人たちは勿論自分だって危ないのよ? そんな危険な賭けに出るかしら」


「よっぽど聖女になりたかったんだろ。いや……この世界を現実だと思ってなかったんだろうな」


「で、でも! 200年前のことでしょ? 今出てる魔物とは関係ないんじゃないかしら!」


 苦い口調で呟くカナタに、イエナはわざと意気込んで否定してみせる。


「うん、勿論その可能性もある。けど、町の人たちの一部にこっそり召喚方法が伝わってるかも、とか疑い出したらキリがなくなって……あのときは考えに没頭してゴメンな。いつもフォローありがとう」


「どういたしまして。そういう事情だったワケね。聖女って言葉からそういう連想ができちゃうのかぁ……異世界、よくわからないわ」


 イエナとしては聖女とモテモテがどうしても結びつかない。通じる言語であったとしても、その単語に含まれるニュアンスはだいぶ違うようだった。


「確かに異世界の話は理解しにくいことも多いと思う。ごめんな、俺も改めて説明しようとすると難しくて上手く表現できなかった」


「謝ることじゃないでしょ。それに、あの場で上手く言えなかったっていうのも納得したわ。ただ、町の人に伝わってるってことはなさそうじゃない? 伝わってたらもうとっくに試してそうな気がする……」


「なんだかんだ、人間好奇心には勝てないものな。でも、やっぱり聖女はひっかかるなぁとは思ったんだ」


 そう言ってカナタはグビリとお茶を飲む。違和感を言葉にするのは結構パワーが必要なものだ。仕切り直しは必要だろう。イエナも異文化理解がなかなか難しく、パワー補給に一旦我慢したパイへと手を伸ばし小休止。

 そうして、ちょっと休憩を挟んでから話を再開した。


「あと伝えてなかったことは……あ、そうだ。実はガンダルフから聞いたんだけど……」


 あのガンダルフがわざわざカナタに何かを伝えたと聞いて、申し訳ないがちょっと意外と思ってしまった。報奨金の引き渡しのときといい、見かけによらず気が回せる男なのかもしれない。ガンダルフの個人的評価をそっと底上げしておいた。

 なんでも、ストラグルブルを倒した際に、嫌な感じのするエルフがいた、という話らしい。エルフという部分に少し引っかかったが、それだけでは共有する情報には値しないとカナタは当初判断していたという。


「つまり、さっき聞いた大きな魔物に、そのエルフが関与してるかも……って感じ? いくらなんでも飛躍しすぎじゃ……」


「そう。飛躍しすぎな考えだと自分でも思う。ただ、その……俺はこれから元の世界に帰るつもりだから。何も知らない状態だと、イエナが困ることがあるかもしれないし」


「あぁなるほどね。確かに情報はあった方が良さそう。ありがとうね」


 実際のところ、情報過多で迷うなんてことも有り得るのだが、そこは置いておこう。カナタの気持ちが嬉しいわけだし。


「ちなみにその魔物に心当たりは?」


「心当たりはある。ただ、情報が全然確定されてないだろ? だから何かまでは特定できない」


 食堂での話では、虫なのか鳥なのかすら特定できなかった。とりあえず、空を飛ぶでかいやつ、ということくらいだろうか。それだと最悪ドラゴンだって含まれてしまう。ただ大き目の魔物なのか、それとも大規模討伐対象となる大型魔物なのか。流石に後者は勘弁願いたいものだ。


「特定するなら冒険者ギルドに行くのが間違いなさそうね。この町で少しは依頼こなすつもりだったわけだし、情報収集もしてみる?」


「正直、情報収集してるっていう情報が流れるのがイヤだなって思ってしまうんだよな……」


「冒険者ギルドから情報漏れることはなくない?」


「ギルドの職員はしっかりしてると思うよ。信用商売だし。けど、利用者の口に戸は立てられないだろ」


「そっか。難しいわねぇ……。……あ、じゃあ私が商業ギルド行ってこようか?」


「商業ギルド?」


「そう。商業ギルドなら流通には神経尖らせてるだろうから、魔物の情報は集まってると思う。製作物を卸すついでって感じで聞いてみるといいんじゃないかしら」


 ノヴァータの冒険者ギルド長ニーイの助言に従って、カナタはこの町でいくつか依頼を受ける予定でいた。勿論目立たないような軽い依頼限定で。だが、そんな初心者向けのような依頼をこなしている冒険者が魔物の情報を集めているとなれば、逆に悪目立ちする可能性がある。カナタはその辺りを懸念しているのだろう。

 そこへいくと職人であるイエナが商業ギルドに製作物を卸しに行くのはごく当たり前のことだし、物流を気にして情報収集するのも自然の成り行きと言える。職人だって物が売れなければ仕事にならないのだから。


「なるほどなぁ……どうしようか」


 カナタは納得はしてくれたようだが、まだ何か考えているようだ。


「他にも心配なコトあるの?」


「あぁ、うん。情報が集まって大型魔物が特定できた、とするだろ? だとしても、それをどう倒すかとかを考えるとな。結局手出しができないんじゃないかと思って」


「あ、あ~……人集めも大変だし。ボルケノタートルみたいに弱点があったとしても、それを上手く伝える方法も考えなきゃならなくなるのね」


 ボルケノタートルのときはドワーフの国での出来事で、人間の世界まで噂は届きづらいだろうという判断だった。それに、ガンダルフを筆頭に立てたことで上手く目くらましできたはず。

 だが、今回はそれとは勝手が違うのだ。


「どこまで首を突っ込むべきか悩んでしまって……」


「確かに問題は山積みだけど、知らなければ何をするかの選択肢すら浮かばなくない?」


「そう、なんだよなぁ」


 まだまだ歯切れが悪いカナタ。色々考えることが多いのはわかる。けれど、こっちだって腹をくくって聞いてるのだ。


「あのね、カナタ。私、ちゃんと全部一緒に背負うつもりで話聞いてるんだから。迷ってる部分も含めて全部教えてよ」


 ちょっと語気を強めて言うと、カナタは目を真ん丸にしてこちらを見た。それから、へにゃりと笑み崩れる。


「やっぱイエナかっこいいわ。というか、俺が情けないのかも」


「そんなことないってば! もー!」


 照れ隠しにちょっと冷めてしまったお茶をゴクゴクと飲む。ついでに残っていたパイもパクパク食べて。

 少し落ち着いてから、カナタがもう一度話し始めた。


「ストラグルブルとボルケノタートルがこの短期間に現れて、噂の魔物がまた大型魔物だったとしたら……。さっき言ったように聖女から伝わっている人間が町にいるか、俺と同じ世界から来た人間が他にもいるか、どっちかだと思ったんだ」


「町の人はともかくカナタと同じ世界の人は……ありそうね」


 大型魔物を召喚するにはめんどくさい条件をクリアしなければならない。自然にその条件をクリアすることはほぼないはず。ストラグルブルとボルケノタートルのときは、そんなこともあるのかもと思ったが、第3の大型魔物が現れたとあればもうそんな甘い考えは捨てねばなるまい。


「もし俺と同郷の人間がいるとしたら一緒に帰ろうって言うべきなんだろうけど……そもそも大型魔物を召喚してる時点で俺とは考えが違いそうだなと思って」


「どういうこと?」


「俺は、この世界が凄く好きだから、このままでいてほしいんだ。レベルなんて上げなくても、ステータスなんていじらなくても、のびのびと生きてる感じがするこの世界が。でも、もし大型魔物を召喚してるヤツがいるとしたら、ソイツはゲームの再現をこの世界でやろうとしてるってことになる。……どう考えても意見が合わないし、大人しく一緒に帰ると思えなくて……」


 イエナの問いにカナタが訥々と答える。日頃から弁が立つと思っていた彼の詰まりながらの言葉は、イエナの胸にすとんと落ちた。「この世界が凄く好き」と言われて、ちょっと涙が出そうになったくらいだ。

 とは言え、相談されたところで残念ながらイエナが簡単に答えられるような問題ではなかった。


「……考えてみたけど、やっぱ相手のあることだから私たち2人で考えても答え出なさそうじゃない?」


「だよな」


「でも! でもさ! 私、やっぱり情報収集すること自体は大事だと思うの。知らなかったら選択ができないんだから。だから、とりあえずこの町でできることはやってみない? で、集まった情報を元にまた一緒に悩もうよ」


 わかりやすく、明確な結論は出なかった。でも、今できることがあるならばきちんとやった方が後悔しないのではないか。そう思って提案すると、カナタは一言「やっぱりイエナはかっこいいなぁ」と呟いてから同意したのだった。


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