185.聖女に対するイメージ
「えぇと何から話そうかな……」
リビングのテーブルの上にはいい匂いのするお茶と、小さなパイ生地の名もないおやつ。残り物のパイ生地にシターケ町の蜂蜜を塗ったモノだそうだが、とてつもなく魅力的な香りを放っている。恐るべし、シターケ町とハニービー。
「カナタの話しやすいところからで大丈夫よ。……これおいしー!」
「余り物アレンジだったんだけどな……パイ生地作り置きしておけばすぐ作れるよ」
油断するとサクサクという歯ざわりが楽しくて、ついつい手が伸びてしまう。全て消えてしまう前に本題に入ってくれると嬉しいのだが。
「えぇと……まず、イエナに共有しようか迷って、言わなかったことが……実は結構あって」
「うんうん。まぁ私が理解できなさそうなこともあるものね」
カナタが躊躇いながらも口火を切ってきたことで、イエナもホッとしながらパイに手を伸ばすのを止めた。
カナタの考えも理解はできる。実際カナタの世界の話になると、イエナはついていけないことが多い。いつもお世話になっている半透明の枠でさえも、わからないことがたくさんある。わからないままでも今のところやっていけているので、放置しているだけだ。というか、本来この世界の人間はこの半透明の枠を知らないまま生涯を終えるわけだし。
ただ、それと感情は別物だ。自分のためを思って伝えなかったという気遣いはありがたい。と、同時に「水臭いな! 言ってよ!」という感情が湧き上がるのは仕方ないと思う。そういう気持ちを伝えないのは、イエナなりの気遣いのつもりだ。もしカナタが知ったら、同じように「水臭いな! 言ってくれよ!」と思うだろうか。
「まず聖女っていうワードがちょっと……あの、嫌な予感がしたというか……」
悩みぬいたカナタの口はまだ重かった。慎重に、言葉を選んでいるようだ。
「俺の世界の、一部地域で、聖女信仰というか聖女に憧れるみたいなものがあってさ。子どもの頃考えたことないかな? 自分には特別な力があって、それで大活躍してチヤホヤされて、みたいな」
「そりゃあ、あるわよね。皆そういう経験あるでしょうよ」
イエナだって想像したことはある。物凄い職人になって皆にチヤホヤされ、引っ張りだこ、みたいなことなんかも。
でも、実際にはその引っ張りだこには利権やらしがらみやらが付いて回るし、有名税という無形のデメリットもあったりなんかして。そういう部分も知っていくのが、大人になるということなのかもしれない。世知辛いね。
「だよなぁ。俺もあるもん。で、現実を思い知って~って流れ、皆結構あると思うんだよな。でもさ、夢を見たいときだってあるじゃん? 俺らの世界じゃそういう娯楽が発達してるんだ。この世界にもある物だと本かな。でもこの世界よりもっとたくさん流通してて、簡単に手に入る。種類も豊富だから自分好みの話も見つかるし、中には自宅にいながら無料で読めちゃうものもあるんだよ」
「えっ、図書館に行かなくてもいいってこと!?」
「そう。ちょっとした手続きさえすればね」
その手続きとやらはイエナには見当もつかない。けれど、借りに行かなくていいのなら当然返しに行かなくても済むわけで。町の図書館までの道のりを、重たい専門書を抱えて往復したあの時間が必要ないということだ。なんなら図書館になくて泣く泣く諦めた本だって自宅で読めるかもしれないとしたら。
「……天国じゃないの」
「本だけじゃない。同じような手続きをすれば幻惑魔法みたいなもので作った物語を見ることができたり、物語の主人公になったりもできるんだ」
修業しそうにない妖精たちでさえ使える幻惑魔法なら、修業した手練れであれば幻影で精巧な物語を作ることも可能かもしれない。しかし、物語の主人公になる、とは?
「物語の主人公って最初から決まってるでしょ」
「えーと、例えばの話をするよ。めっちゃモテたいって願望がある人間がいるとする。けど、現実じゃまぁ難しいじゃん」
「それはそうねぇ。たまーにそんな人もいるけど」
「そういう仮想世界の物語を選ぶと、自動的に主人公になって、たちまち異性に囲まれたモテモテ人生を送ることができるんだ」
「カソー……ああ、初めて会ったときに言ってたゲームってヤツね!」
「そうそう! ゲームもいろんなのがあるから大抵の願いは叶えられると思う」
もしもカナタがそういうゲームとやらを選んでいたら。
例え話だと最初に念押しされたけれど、モテモテのカナタをうっかり想像してしまい心がモヤッと……いや、メラッとした。想像上の言い寄る女の子たちに「私なんか一緒に旅してるんだからね!」と宣言したくなるような。
やけにリアルに浮かんだ想像を、脳内カンナで削り取りながら努めて冷静に返事をする。
「まるっきり夢見のお茶じゃない。帰ってこれない人いないの?」
「う、うーん。いると言えばいるかも。まぁそこまでが前提で」
「長い前提ねぇ。とりあえず了解したわ」
実際に体験した夢見のお茶ほどではないが、色々なニーズに対応した物語がカナタの世界にあるということはなんとなくわかった。
「で、人気のモチーフの一つが『聖女』の物語なんだよ」
「そこでやっと聖女様に繋がるのね。でも、なんであんな顔してたワケ?」
「えーとまず、この世界に聖女ってジョブはないだろ。……いや、もしかしてある、のか?」
「私の知る限りではないわね。未発見ジョブって可能性はあるかもしれないけど、今のところはないと思って良いと思う」
自分のジョブを知りたくて勉強しまくったので、その辺りは自信がある。するとカナタはホッとした顔で頷いてきた。
「良かった! 俺の知識と違うことが結構出てきてるからさ、不安になった」
「聖女の像も記憶にないって言ってたものね」
「そうなんだよ。だからちょっと聞きたいんだけど、こっちの世界じゃ聖女って一般的に使われる言葉なのか?」
「普通は使わないわよ、聖女なんて。それこそ物語の中に出てくるくらいじゃない?」
「じゃあ、こっちの物語の中の聖女ってどんな感じ?」
「ええ~? うーん……聖なる力を持ってる女の子で、癒やしたりできるのかなぁ、とか」
魔法の属性に聖魔法というものは存在する。ただ適性を認められた者だけが教会で学ぶことができる魔法なので、一般にはどういったモノなのかがあまり伝わっていない。
「うん、俺もイメージそんな感じ。で、俺の世界だとちょっとおかしなことに、そのイメージに「よくわからんけどチヤホヤされてモテる」みたいな属性がくっつくことが多いんだよな」
「いやいやいや、それはおかしいでしょ。チヤホヤ……は特殊技能持ちだからともかくとして、モテるってなったら完全に異性限定じゃん。そんな属性、逆に聖なる力の妨げになるのでは?」
カナタの手前口には出さなかったが、聖女というのは要するに聖なる存在で、処女性なんかが重視されるのではないだろうか。色んな男にモテまくってイチャイチャしていたら神聖さが失われそうな気がするのだが。
「俺も同意。でも、なんでかそういうイメージになってるんだよな。で、この世界だとそんなジョブないし、一般的な言葉でもない。なのに、この町じゃ200年という時が経っても『聖女』は色褪せてない。話を聞けばあらゆる魔物を倒し怪我や病気を治したっていう。そりゃ皆が信奉するのも無理はないってくらいの超人ぶりだよな。でも、普通の人間にそんなの可能だろうか。少なくともレベル上げしていないスキルも知らない、ステータスもいじってないこの世界の人には無理なんじゃないかな、って……」
イエナはゴクリと唾を飲み込んだ。
「つまり……聖女はカナタの世界の人だったってこと?」
【お願い】
此処まで読んでいただけた記念に下の方にある☆☆☆☆☆から評価を入れていただけると嬉しいです!
イマイチだったな、という場合でも☆一つだけでも入れていただけると参考になります
ブックマークも評価も作者のモチベに繋がりますので、是非よろしくおねがいいたします
書籍化作品もありますので↓のリンクからどうぞ





