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184.聖女様

「聖女様、ですか?」


 そういえばアムドの町の広場には妙に手入れされた銅像があった。女性の像だったので、そのモチーフになった人だろうかと想像する。


「あぁ、よその人は知らんだろうね。この町にはかつて聖女様がいたんだよ。あらゆる魔物をバッタバッタとなぎ倒し、怪我や病気を治してくれた方なんだ」


 自慢気に話すのは客の内の1人。なるほど、この町の誇りといった感じなのだろう。イエナが幼少期住んでいた町でも、優秀な成績で王都の学校から推薦を貰えた子なんかが出たときは町の皆がお祝いしていた覚えがある。


(銅像になるくらいなんだから、物凄い人だったんだろうなぁ……でもどんなに凄い人でも大型魔物を1人で倒すのは無理でしょ)


 どんなに力がある人、例えば規格外のガンダルフであっても、ストラグルブルに単身挑んだら絶対に負けるだろう。周りのサポートあってこその、彼の火力だ。

 聖女がどれほど素晴らしくとも、人間1人の力には限界がある。

 とはいえ、夢見るようにそんなことを言う見知らぬ人に冷や水を浴びせかけるつもりはない。


「凄い方だったんですね」


「そうなんだよ! あぁ、ほんと、再来してくれねぇかなぁ」

「この不景気も聖女様がいれば~ってか」

「流石にそりゃあ無理だろうよ、どんだけ夢見てんだ」


 皆そうは言うものの、聖女がいれば色々解決するかのような口ぶりだ。その雰囲気がどうにも不可思議だった。


(んーまぁ縋るモノがあった方が良いときもあるしなぁ)


 イエナ自身、今忘却薬があるという安心感でいつも通り過ごせているのだから人のことは言えない。だが、カナタはほんの少し眉を顰めていた。


「その聖女様ってどのくらい前にこの町にいらっしゃったんですか?」


「200年くらい前らしいな」


「あ、なるほど。歴史があるんですね」


 ますます眉を寄せたカナタに皆の視線がいかないように、イエナは明るい声を出した。とは言え、これ以上に上手く取り繕う方法があったら教えてほしい。200年も前にいた人の再来を願うくらいなら、その200年でやれたことが一杯あっただろうに、と思ってしまう。確かにそれはそこに生きる人々が選択することではあるというのはわかっているけれど。

 例えばここに本当に聖女様が生まれたとしたらどうなってしまうのか、考えるだけで恐ろしい。ただ聖女だというだけで200年分の期待が重みとなってのしかかってくるのだから。


(えぇ~。ちょっとこれはカナタじゃなくてもヤな顔しちゃうって~)


「やっぱあやかってアリスって名前の子が多くなりすぎたんじゃないのか?」

「いやぁ、あやかりたいだろ。親としてはさ」

「それで聖女様と同じ神父ジョブだった子が潰れちゃっただろ。やっぱ期待しすぎは良くないって」


 そこまでわかっていながら、どうして聖女の生まれ変わりに期待するのかと聞きたい。やはり我がこととなると道理が見えなくなるのか。

 その後、難しい顔のままのカナタのフォローと、聖女様に期待を寄せる皆様に相槌をうつことに徹していた。そのせいで、折角の料理の味がわからなかったのは大変残念な事態である。しかし、それよりも気になるのはカナタのことだった。

 どうにか食堂での会話を切り抜けて、とった宿に戻る。

 個室に鍵をかけ、ルームに入ってしまえば誰かに聞かれる恐れもない。


「カナタ、どうしちゃったの? 話の途中から難しい顔で黙り込んじゃうなんて」


 カナタは割と愛想が良い方だ。それに、会話の中で色々と情報を引き出すのも上手い。だからこそ、あんな風に黙り込んでしまうのはとても珍しいことだった。


「うん、ごめん……でも、ちょっと考えたいことがあって……」


「えーっと、それは私は相談に乗れないこと?」


 様子がおかしくなったのは、聖女の話を聞いた辺りから。ということは、これから元の世界に帰るにあたってナーバスになっているという理由からではなさそうだ。であれば、イエナも相談に乗れる気がするのだけれど。


「……少し、迷ってる。えぇと、なんて言えばいいのかな。人に話すと心が軽くなるっていうけど、それって荷物を聞いてくれる人に押し付けてることになる場合もあるんじゃないかなって……」


「あー……まぁ、内容によってはそうよねぇ」


 友人の相談に乗ったら「上司の不倫現場を目撃してしまった」という内容で、イエナまでその上司を見る目が変わってしまった、なんてこともあったりする。イエナ自身は直接関わりはなかったので助かったけれど、自分も同じ職場だったら気まずいことこの上なかったと思う。

 とはいえ、ケースバイケースだ。何より、イエナとしては、カナタから渡される重荷ならきちんと受け取りたい。だって、これが最後の旅なのだから。


(あまりにも重すぎてしんどかったら『忘却薬』があるしね)


 心のよりどころはこんなときにも機能してくれているようだ。


「私は、カナタの相談には乗りたいなって思うよ。特に最後の旅なんだから、憂いを残さずスッキリ旅立ってほしいって思うし」


 行かないで、という心の声を押しのけて、笑顔で言う。行かないで、という部分も本心だけれど、今言ったことだって嘘じゃない。


「スッキリ、か……」


 小さく呟いて、切なげな表情をするカナタ。


(くそう、カナタってかっこいいんだよね。いや、これ欲目? 欲目かもしれないけど。うーん、でもそういうのよりも笑顔の方がやっぱいいよなぁ)


「イエナはやっぱカッコイイよな」


「カッコイイなの!? いや、嬉しいけどぉ……えー」


 いきなり出てきた言葉に面食らう。カッコイイという言葉も嬉しくないわけではないが、ここは乙女としてカワイイとか、優しいとか、そっちの方が良かった気がする。いいけれど、別にいいけれども!


「なんていうのかな、憧れる? 頼れるというか……俺が情けないからなんだろうな」


「カナタは情けなくないよ! っていうか、私の扱い姉御かなにかなの!?」


「いやいや。頼れるビジネスパートナー様だよ」


 大げさな反応をすれば、カナタの方もおどけた笑みを見せた。やはり、悲しいとか切ないとかよりも、そっちの方が良い。


「じゃあ、どーんと頼ってよ。解決できるかはわからないけどさ」


「うん、そうさせてもらう。今俺が気になってしまったことと、イエナにまだ共有してなかった話とか、色々。……ちょっと長くなりそうだから、お茶煎れるよ」


「甘味もよろしくおねがいしまーす!」


「はは、了解」


 軽く笑ってカナタはキッチンへと向かうのだった。

【お願い】


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