183.ベンス国アムドの町
季節は冬。妖精たちの住む樹海エリアを抜けると、一気に冷え込んできた。
「ペチュンでの経験が生きてるなぁ」
「でもちょっと寒さの質が違う感じ。ペチュンみたく雪に覆われるんじゃなくて、乾いた寒さっていうか……どっちにしろさむーい」
「アタタマモリは?」
「着てるけど、なんか寒々しいんだもん」
防寒対策はバッチリしているけれど、視界が冷ややかなことに変わりはない。実際冬だから仕方ないこととはわかってはいるけれど少々愚痴がでてきてしまう。
ちなみに、寒さバッチコーイなモフモフ2匹は絶好調だった。シャリシャリ霜を踏みながら、元気に駆けている。
いつもと変わらない旅。向かってきた魔物をカナタとゲンが迎え撃つのも、豪運スキルが発揮されたたくさんのドロップ品も、そして他愛のない会話もいつも通り。
(……作ってみて良かった。『本当に辛くなったら忘れてもいい』って思える心の余裕の為せる技ってヤツかしら?)
イエナのインベントリには今『忘却薬』が入っている。昨夜のフリータイムで製作したのだ。作ること自体は拍子抜けするほど簡単だった。これまでの旅路でしっかりレベルや技術が上がっていたんだなぁと実感できたのはちょっと嬉しい。
でも、一番嬉しいのは心の余裕ができたこと。カナタといつも通り話せるようになったし、ふざけて笑い合ったりも普通にできる。たまに別れの悲しみが心に浮かび上がるときがあっても、忘却薬というお守りができたお陰で素直に「最後の旅を楽しもう」という方向へシフトできた。
「あ、ねぇカナタ! なんか見えるわ!」
「うん、あれが今回の目的地だよ。あそこがベンス国の国境の町だ。たしか名前は……アムドだったかな」
「地図にそんな名前あったかも。どんな町か楽しみね。……じゃあ此処からは徒歩かしら?」
大丈夫、いつも通りの会話だ、と安心する。
「まだ日も高いし、徒歩で行けそうだな。ゲン、ありがとうな~」
「もっふぃーもね。ちょっと早いけどルームに帰ってサッと汚れ落とそうか」
「メェッ!!」
「めぇ~~~?」
「本格的なブラッシングは夜やってやるからな~」
2匹をサッとキレイにしてあげてからルームへ。
残りの道程をカナタと徒歩で進んでいく。時折雪がちらついて、風がとても冷たかった。多くの木は葉を落として幹だけになっているせいで、余計に寒々しく思える。
「少し霜溶けてるかも」
「今が一番暖かい時間帯だろうからなぁ。葉っぱがないから日光も当たりやすいだろうし」
「お日様の力って偉大よねぇ。ってなると、やっぱり世界樹の枝はあの窓だらけの部屋で正解なのよ。……天窓も作るべきかしら、折角の二階だし!」
「あ~……天窓いいかもなぁ」
溶けた霜の水分を含んだ、湿り気のある道を踏みしめながら、2人は進む。
そうして辿り着いたのが、ベンス国に所属するアムドという町だ。
「なんていうか、シターケ町とは真逆な感じ?」
「う、うーん。まぁこれはこれで趣があるんじゃないか」
趣がある、と言えば聞こえはいいがその実態は「寂れた」という言葉がピッタリな気がする。今絶好調、上り調子といった感じのシターケ町とは対照的に、アムドは昔は栄えていたんだろうなという雰囲気の町だった。
かつては整えられていたのであろう石畳はところどころ欠けており、雑草が隙間を埋めている。
「……なんか、あの真ん中の像だけやけにキレイね」
大通りの中央にこの町の人たちが憩いの場として過ごしそうな広場があった。と言っても人数はまばら。人の目を気にせずのびのびと過ごすことができる、とも言える。
その広場の一角に立派な銅像があった。髪が長く、体つきや服装から恐らく女性の像なのだろうということがわかる。石畳は放置されているのに銅像はさほど荒れた様子がない。行き届いているとはいかないまでも、手入れはそれなりにされているようだ。
「だなぁ。この町の象徴なんだろうか」
カナタが小さな声で「俺の記憶になかったものだ」と付け加えた。ならば、カナタの知識が通用しない可能性もある。これは情報収集するときの言動に気を付けなければ、と気を引き締めた。
それとなく町の観察をしながら本日の宿を決め、食事する場所を探しに行く。選んだのは素朴な家庭料理を地元の人向けに出しているお店だ。気になったものをいくつか注文して、カナタとシェアする。客は皆くつろいだ雰囲気で、アットホームな良い店に感じた。
「新顔だね。旅人さんかい?」
穏やかそうな店主がそんなセリフとともに注文した品を届けてくれる。アンギャース牛という凄い鳴き声の牛のワイン煮込みにイモタロウのチーズ焼き、名残野菜のラタトゥイユがテーブルに並ぶ。ちなみにイモタロウというのはジャガイモが連なったような形の魔物である。道中でゲンが蹴とばして倒していた。こちらで食用として栽培(?)しているらしい。食べられるとは知らなかった。
ペコリと会釈しながら返事をする。
「はい、各地をウロウロと」
「へえ、旅人さんだって?」
「ここは何もないだろうに」
「西の方にあるシターケの方が食いモンは美味いぞ~」
この辺りで旅人は珍しいらしく、周囲の客からそんな声が上がった。
「俺の店で他の食いモン勧めた奴はどいつだぁ?」
おどけて拳を振り上げる店主。和やかでいい雰囲気である。だが、客の1人が放った言葉に、2人は一瞬固まってしまった。
「よく来たねぇ。どこだかの町の近くで妙にでかい魔物が現れたって聞いてるが、そいつには遭遇しなかったかい?」
「……大きい魔物、ですか?」
2人の脳裏にストラグルブルやボルケノタートルが思い浮かぶ。しかし、このアムドの町までの道中というにはどちらも遠いはずだ。どう返答しようか迷っている間に、客同士で会話が続いていく。
「あー、あれか? バカでかい鳥の魔物だって話じゃねぇか」
「鳥? 俺は虫って聞いたがなぁ」
「俺が聞いたのは、空で動き回るもんだから、弓だの魔法だのしか当たらねえって戦士が真っ青になったって話だな」
空を飛ぶ魔物、というのはストラグルブルともボルケノタートルにも該当しない。
(えっと、じゃあまた大型魔物が湧いたってこと? いくらなんでも偶然で済ますには頻度がおかしくない?)
なんとも言えない嫌な感じがイエナの胸に広がる。
「それは大変ですね。どこにでも飛んでっちゃいそうですし。俺たちは見てないですけど、そんなのに当たらなくて良かったです」
「そ、そうよね。頭上から攻撃なんかされたら大変だもの」
カナタが上手く返事をしてくれたのに乗っかる形で会話を繋げる。
今ここで思い悩んでも仕方がない。カナタに該当する大規模討伐対象の大型魔物がいるかあとで聞いてみよう。そのためには、もう少し具体的な情報が欲しい。
が、ふと、カナタは帰ってしまうのに知ってどうするのだという疑問が湧いた。
(私1人じゃ、倒すなんて絶対に無理よね。指揮するのも無理だし……冒険者ギルドに情報を流す、とか? でもそれで「なんでそんなこと知ってるんだ?」って聞かれちゃったら答えようがないし……)
グルグルとイエナが考えていると、客の1人が馬鹿デカイ溜め息とともに言葉を吐き出した。
「はぁぁ~、こんなとき聖女様がいてくれたらなぁ」
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