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180.世界樹の枝

 ピウたちに先導されて向かった先。そこには、壁があった。


「良かったねぇ~。世界樹に拒まれなくってぇ~」


「ふふん、この私の案内のお陰なのだわ!」


「えぇ~? ピウじゃなくなぁ~い?」

「どっちかといえば足場になってくれた木たちのお陰ってワケ!」

「そんなことより、世界樹おひさ~。元気ぃ~?」


 妖精たちは、もう辿り着いたかのような口調である。と、いうことは……。


「えっ!? 待って待って、もしかして、世界樹ってこの壁?」


 繰り返す。目の前には壁があった。

 柔らかな色合いの木の壁で、時折光の加減なのか真珠のような様々な色を内包した輝きを見せる。それが左を見ても右を見てもずっと続いているのだ。では、と上を向いてみると、何かが陽光を遮っているらしくハッキリと見渡すことはできなかった。

 とにかく、でかい。

 視界一面がその木の壁で埋め尽くされていると言っていい。


「壁じゃないのだわ! 世界樹なのだわ!」


「あはは、確かに世界樹ってでっかいから木の壁に見えるかもぉ~」


「これが木!? 木製の壁じゃなくって!?」


 憤慨しまくりのピウの抗議や、いかにも楽しそうなシウの言葉を聞いても、イエナはまだ半信半疑だった。でも確かに、木製の壁だとしたら継ぎ目がない。いやでも、大きすぎじゃないだろうか。


「大きいとは知っていたけど、こんなに大きかったのか。これは……すごいな」


 知識としては知っていたらしいカナタもとても驚いているようだ。


「あ、だったら、私たち追い出されなかったってことでいいのよね!?」


 あまりウマが合いそうにないとか、素材として見てくる人間はちょっと……と面会拒否されるかと心配していたのだが、もう既にご対面しているらしい。とりあえず拒否されていなかったようでホッとした。


「モチロン~。なんか歓迎してくれてるよぉ~。珍しいねぇ~」


 それどころか、シウによると歓迎してくれているらしい。


「世界樹も甘味食べたいのだわ? え? 違うらしいのだわ……」


「こんなに大きかったら人間サイズの甘味食べても味わからないんじゃないかしら?」


「そもそも食べないんじゃないか? 口ないし」


 ホッと一安心したところで会話も弾む。けれどイエナの視線は自然と世界樹に吸い寄せられていく。けっして素材にしたいからというわけではない。……いや、嘘をついた。素材になったら、素敵かもしれないとは思ってしまったのは職業柄仕方がないので許してもらいたい。


(木の表皮からして、かなり色合いは薄目ね。光の加減で見える真珠っぽい光沢が素敵だわ。というか世界樹のおかげで空間全体が光っているような気がする……なんていうか、神々しいとか幻想的って言葉がピッタリだわ)


「普通のニンゲンなんて滅多に会えないんだから感謝してほしいのだわ!」


「なんでピウが威張るんだか~。でも、確かに僕らが案内すること自体稀だよねぇ~」


「私たちの案内がなかったら地面を這いまわって探すしかないってワケ!」

「でも下はキョウメイジュも生えてるし~、世界樹だってすっごーーーーく大きいからぁ~」

「……うふふ、さ迷い歩く姿を見るのも面白そうねぇ~」


「人間が辿り着けない理由がよーくわかったよ」


 カナタが深く頷いている。

 そもそも伝説級の世界樹に行こうという気になる人間がそうそういるとは思えない。そんな奇特な人間がいたとしても、迷いの森で妖精たちに悪戯されて脱落するのが関の山だろう。物凄い幸運に恵まれて万が一辿り着いたとしても、あまりに巨大すぎてイエナのように世界樹だと認識できない可能性もある。


「でも、こんなにキレイな場所だもの。自由に来れたら荒らす人とか出てきちゃいそうって考えたら、これがベストなんじゃないかなぁ。本当に素敵~!」


 頭の片隅に「世界樹の一部貰えないかな」とか「葉の一枚なら良いんじゃないだろうか」とか「世界樹は実が生るんだろうか」とか職人的邪念が浮かんではきているモノの、口には出さない。そのくらいの分別はあるのだ。

 そうやって各々この景色を堪能したり、妖精たちは世界樹との会話(?)を楽しんでいたところ。


「え、あれ?」


 フワリとイエナの元へ、葉付きの枝が降ってきた。普通の枝であれば地面にボトリと落ちるはずのソレは、何故かイエナの目の前でフワフワと浮いている。


(世界樹って浮遊の効果もあるの!?)


 驚きの発見に口をあんぐりと開けていると、ピウの声が響いた。


「ビックリなのだわ! 世界樹がアンタにあげるって言ってるのだわ!」


「大サービスだねぇ~。どしたのどしたの~?」


 ピウとシウのみならず、他の妖精たちもはしゃいでクルクルと飛び回っている。妖精の目線であっても相当珍しいことのようだ。


「えっ!? えぇ!? 貰っていいの? いいんですか!?」


 思わず敬語になってしまうイエナ。不安になってカナタを見ると、彼もまた驚愕に目を見開いていた。


「俺も初めて見た。葉は分けてもらえるだろうって踏んでたんだけど、まさか枝ごと……すごいな。イエナは世界樹に認められたってことだよ」


「カナタも知らないことなの!?」


 このパーティを組むにあたって、カナタは「世界樹の葉をイエナに渡すことができる」と断言していた。だから、カナタは葉の入手方法を知っていたのだと思う。けれど、イエナの前でフワフワと浮かんでいるのは立派な枝だ。イエナの手首程の太さの枝に、葉が5枚ついている。


「キレイなお水につけておくのだわ! って言ってるのだわ!」


「あと光も欲しいってぇ~」


「えっえっ。えーと火の魔石のライトでも大丈夫!?」


「大丈夫じゃないかなぁ~。何せ世界樹はでっかいからねぇ~。自分の葉っぱでお日様の光届かないことなんてしょっちゅうだしぃ~」


「大きすぎるのも大変よねぇ~」

「だからたまに私たちがお手入れしにきたげるってワケ!」

「お手入れかなぁ~? 遊びに来てるだけな気もするわねぇ~」


 詳しく話を聞くと、どうやら世界樹と妖精は持ちつ持たれつの関係のようだ。

 世界樹はそのあまりの巨大さ故に、総身に手が回りかねることもあるらしい。そこで、妖精たちが遊びがてら手入れをしているのだという。

 その代わり、妖精たちが使用している水は全て「世界樹のしずく」というものになっているそうだ。


「やっぱり「世界樹のしずく」じゃないとお茶が美味しくないのよねぇ~」

「外の世界で悪戯しなくもないけどぉ~お水が美味しくないし、調子悪くなるしぃ」

「だからさっさと帰ってきちゃうってワケ!」


 妖精の認識では「美味しい水」のようだが、話を総合すると「世界樹のしずく」とはイエナの認識だと「万能水」と呼ばれるものだった。


(「万能水」って一部の地域に湧いている普通のポーションがハイポーションにランクアップする超高級素材じゃないの! あれ、大元は世界樹のエキス? みたいなものが由来なのね)


 世界樹の影響は水脈にも影響しているらしい。これだけ大きければ当然だろう。

 そして今受け取った世界樹の枝があれば、万能水を半永久的に製作することができるというのだ。


「世界樹の葉から万能水が作れるっていうのは俺も知ってたよ。でも俺の知ってるのだと回数に限りがあるんだよな」


「……そんなものを私が貰っちゃっていいのかな」


「いいって言ってるのだわ! グダグダ言わずにありがとー! でいいのだわ!」


 そんなわけで、当初の希望を大幅に上回る伝説級の素材をゲットしてしまったのだった。


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