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179.ニンゲンは飛べないのだわー!

 変なお茶が見せた夢のせいで、少しの間ギクシャクしてしまったけれど、世界樹に向かう頃にはその空気は気にならなくなっていた。

 というか、そんな場合じゃなかった。


「忘れてたのだわー! ニンゲンは飛べないのだわー!!」


「うん、そうだな……妖精飛べるもんな……」


「私たちには無理よねぇ……」


 ピウが示した道は、人間の2人にとっては道とは呼べない。ただの木々が並ぶ空中だ。木の葉の下には地面があるのかもしれないが、鬱蒼としすぎていてちょっと見えない。何より、まず下に降りられるのかわからない。


(縄梯子とかならすぐ作れるけど……地面までどのくらいあるんだろう?)


 むむむ、と目を凝らす。葉と葉の隙間から地面がありそうな場所を見つけたいのだが、そよそよと爽やかな風に葉が揺れるため確認できない。


「あははは、やっぱりピウ見てると飽きないよねぇ~」

「うっかりは健在ってワケ!」

「でもぉ~どうするのかしらぁ~?」


 シウを筆頭に付いてきた妖精たちがケラケラと笑う。なんだか面白そう、とのことでゾロゾロとついてきたのだ。中には「この前会ったばかりだからいらなーい」とか「遊ぶ予定があるから~」とかで来ていない妖精もいたが。

 特に拒む理由はないので一緒に世界樹へと向かっている。ただ、この分だと何かトラブルがあっても手伝う気はあまりなさそう。あくまで見学のようだ。

 そんなシウをキッと一度睨みつけてから、ピウは大きな声を上げる。


「こうなったら木にお願いしてくるのだわ!」


 言うが早いかピウはフワリと飛び立つと、周囲にあった一番大きな木に向かって話しかけ始めた。


「このニンゲンたちを世界樹のトコに連れて行きたいのだわ! ちょっとだけ力を貸して欲しいのだわ!」


 お願いと言いながら、ピウの口調はまるで親しい友人に頼むような気安いものだった。


「……妖精って木とも話せるの?」


「そうだよぉ~。ニンゲンは話せないんだっけぇ~? 不便だよねぇ~」


「俺も知らなかったな。でも、お願いしてどうするんだ?」


「ん~。見てればわかるよぉ~」


 カナタも知らなかった情報らしく、目を丸くしていた。その間にも、ピウと木の語らいは続く。と言っても、イエナたちに聞こえるのはピウの言葉だけだが。


「世界樹が会いたくないって言ったらどうせ追い出されるのだわ! それにそこまでジャアクなニンゲンじゃないのだわ。たぶん!」


「あぁそっか。普通の木も話すんだったら、世界樹だって話したり、感情があるのも当然なのね。えっでも追い出されたらどうなるの!?」


 妖精のように空を飛べるのならばともかく、イエナたちは人間だ。追い出された先が空中だった場合、命が危ない。


「俺が知る限り辿り着けないってことはなかったから失念してた。そういえば、邪悪な人間を感じ取って拒むとか……そんなエピソードあったかも」


「世界樹は基本温厚だから大丈夫じゃないかなぁ~。少なくとも空中に放り出したって話は聞いたことないよぉ~。……そもそも、ニンゲンがここまで来るってことが滅多にないから前例少なすぎるんだけどぉ~」


 シウもフォローしてくれるが、ちょっと自信がなさそうだ。


「う、うーん。邪悪じゃないと信じたいわね。……素材として見る人間は邪悪に数えられちゃうかしら……?」


「い、いやぁ……セーフ、だと思いたいな」


 大変頼りないカナタの言葉にちょっと怯えてしまう。世界樹の懐が広いことを願うしかない。

 イエナが「世界樹から面会拒否を食らった女」という称号が付かないことを祈っていると、突然目の前の樹木が成長した。正確には、その葉が巨大化したのだ。


「うわっ!?」


「なになに!?」


「木たちが協力してくれるのだわ。ありがとうなのだわ!」


 驚いて声を上げる2人にピウが至極あっさりとした説明をしてきた。

 そんな会話をしている間にも、葉っぱが大きく、そして分厚くなっていく。そして目の前には、大きな葉の道ができていた。


「すごーい!」


「これは、木魔法とは違うんだよな? 凄いな……」


「ふっふーん。エルフと一緒にしてもらっちゃあ困るのだわ!」


「エルフ?」


 ここで何故エルフが出てくるのかわからず聞き返す。すると、褒められて鼻高々になっていたピウは機嫌よく教えてくれた。


「知らないのだわ? エルフは木魔法で成長させるのだわ。でも、私たちは木に直接お願いするのだわ。無理やりなんてしないのだわ!」


「妖精と純粋なエルフは仲良しってわけじゃないけど、育ちは近いんだよねぇ~。どっちも世界樹がニンゲンでいう親みたいな感じかなぁ~」


 シウの補足に混乱が加速する。


「待って待って、エルフに純粋とか純粋じゃないとかあるの?」


「たぶんピウとシウが言ってるのは純血種のエルフのことなんじゃないかな? 俺たちが町で極稀に見かけるのはどこかで人間の血が混ざったエルフなんだと思う。ハーフエルフって言うにはエルフの血の方が濃いのかな? その辺りはハッキリわかんないけど」


「あ、あぁ~。それなら聞いたことがあるような……おとぎ話の中の話じゃなかったのねぇ」


 伝説の勇者とともに旅にでたパーティメンバーの中に、ちょっと気難しいエルフがいた。旅の途中で彼は自分が純血種のエルフであると明かすシーンがあったような、なかったような。子どもの頃に読んだだけなので、記憶があやふやだ。

 気難しい彼の魔法が妙に強い理由が、純血種だからという話だった気がする。


「僕たちもエルフのことはそんなに知らないんだよねぇ~」


「だってだって、あいつら理屈っぽいのだわ! 合わないのだわ!」


 ピウの声にちょっと納得してしまう。エルフはおとぎ話のせいもあって気難しそうな印象があるし、ピウたちはコレだ。自由奔放で、楽しいことが大好きで、悪戯も大好き。ウマが合う気がしない。

 世界樹が親のようなものだとしたら、どうしてここまで性格の傾向が違うのか。謎である。


「って、そんなことより、ニンゲン用の道ができたのだわ! さっさと行くのだわ!」


「ありがとうねぇ~行ってくるねぇ~」


 シウが木にお礼を言うので、イエナもなんとなく頭を下げる。ただ、葉も枝も幹も大きいしい多いしでどの木がこの道を作ってくれたかがわからなかった。


「えーと、ありがとうございますー!」


「お世話になります」


「そっちじゃないのだわ! こっちの木なのだわ!」


「ニンゲンってホントに木の区別つかないんだねぇ~」


 カナタもセットで明後日の方向にお礼を言っていたらしい。思わずカナタの方を見ると、バチリと目が合った。心臓がドキリと跳ねる。けれど、思っていたよりも普通、だった。


(あ、なんか、大丈夫な気もする)


 少なくとも、ヘンに意識して不審に思われることはなさそうだと思えた。ただ、跳ね上がった心臓がズキズキと痛い気がする。たぶん、気のせいということにして。


「お礼の気持ち伝わってるといいね」


「声は届いてるだろうからきっと大丈夫だよ」


 大丈夫。お礼も届いたと思うし、やりとりも普通だ。だから、大丈夫。

 そう言い聞かせながら、イエナはピウたちの案内の元、世界樹に会いに行くべく歩みを進めるのだった。


【お願い】


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