178.異世界少年の見た夢(カナタ視点)
(まさか俺が『夢見のお茶』を飲むハメになるなんて……)
カナタは勿論『夢見のお茶』のことを知っていた。とある王国の王女に持ってこいと命じられるイベントがあるからだ。生まれに恵まれた王女が心の底から望んでいたことは、剣士というジョブを活かして民のために戦うことだった、というストーリー。
このイベントのように、自分の望みがわからない人にとって『夢見のお茶』は良い指針となるだろう。
けれど、同時に知りたくない自分の本心を暴き出すものでもある。
カナタはそれを身をもって痛感していた。
(世の中には知らない方が良いことはたくさんあるって格言じゃないけど、向こうじゃSNSとかでも言われてたよな。それ、マジだよ)
イエナと同じように、カナタも『夢見のお茶』を飲んでいた。そのせいで、知りたくなかった自分の醜い望みを知ってしまい、精神的にかなりダメージを受けた。できる限りなんでもないように振舞っているつもりではあるけれど、それでも、イエナの目は見れていない。自分が、不甲斐なさ過ぎて。
『夢見のお茶』の存在を知っていて、その上妖精たちの悪戯好きも理解していたつもりだったのに、この体たらく。もう十分過ぎるほど不甲斐ない。
けれど、何よりも。
(帰りたいって言ったのは俺の癖に「行かないで」って言われたいとか、どれだけ傲慢なんだか……)
カナタの見た夢。
それは、イエナに引き留められる夢だった。とても言いづらそうに、けれど、ハッキリと行かないでほしいとイエナに懇願される夢。
その時点でカナタは『夢見のお茶』のことを思い出し、起きようとあがいた。最終的には空腹を訴えに来たゲンに助けられた形である。
ゲームで何度も見てきたので、今更その効果を疑う余地などない。これが、カナタ自身の願望であり、目を背け続けてきた弱さだ。
そんなカナタをあざ笑うかのように『夢見のお茶』は隠してきた心の中を無慈悲なほどに暴き立ててくれた。
日本に、自分の家に、家族の元に帰りたいと切実に望む一方で、この世界に滞在していた年月を思い、帰ったあとのことを考えると恐怖で身がすくむ。現代日本で数か月行方不明になっていた自分は、一体どういう扱いになるのか、と。
(勉強は、ヤバイくらい遅れてる。受験とか、浪人覚悟……その前に留年する、のか? それに、捜索願いとか出されていて、あちこちにバレてるんじゃ……)
街角でたまに見かける尋ね人のチラシ。自分もあのように詳細な情報が載っていて、見知らぬ誰かに顔も名前も知られているのかもしれない。見かけたときは何も思わなかったのに、自分がその立場になってしまっているかと思うとゾワリとした感覚が背筋を這い上がった。
帰りたい。けれど、帰るのが怖い。帰ったあとが、怖い。
それならばいっそ、この世界にいた方が……。
(あのまま夢にどっぷり浸かっていたら、もっと都合の良い夢見てたんだろうな。違和感に目をつぶって、俺だけが楽しい世界。……そりゃ夢に囚われる人が出るはずだよ)
例えば、イエナやモフモフたちとともに帰る現代日本。戸籍だの、ペット事情だのがご都合主義でどうにかなって、将来の不安もなくて、都合の良い部分だけがツギハギされた世界。そんな夢を見たのだろうと簡単に予測がつく。
ただ、カナタはその違和感を全てのみ込めるほどの度量もなかった。この場合はなかったからこそ、この現実に帰ってこれたから結果としては良かったのだが。
(イエナは凄いよな。事前情報なしに甘い夢から帰ってきてさ)
カナタには情報という武器があった。だからこそ、すぐに夢だと気付いて、夢を見ることから逃げた。
対するイエナは、なんの情報もなかったはずだ。けれど、夢に囚われず自分の足で戻ってきている。その強さが本当に眩しい。
(イエナはどんな夢だったんだろうな。素材をたくさん提供してもらえたけど、自力で採取したかったのに! とかかな……)
イエナはよく、カナタと会えた自分は運が良い、と話す。
この世界では未知ジョブとして扱われていて、真価がわからないハウジンガーの特性を教えてもらえたから、と。
けれど、イエナはハウジンガーの真価などを知らなくても、いずれは世界で有数の職人になったと思うのだ。製作に対するひたむきな姿勢は、そこらの職人など比べるべくもない、とカナタは見ている。
驚異的な製作スピードも、素材に対する探求心も、それはイエナ本人の素養であって、ハウジンガーだから、というわけではない。思うようにレベルが上がらなくても、ステータスを上げる方法を知らなくても、彼女はいつか自力で大成したはずだ。一つに特化するのではなく、様々な分野の技術を掛け合わせることができる稀有な職人として。
(俺の方がイエナとの出会いに感謝してるんだけどな……。そんな職人とこの世界にきてすぐに出会えるなんてさ)
感謝の気持ちはその都度伝えている、と自分では思っている。けれどどこか、それに付随する感情を吐露してしまいそうで、ケチっている部分がないとは言えない。
だって、言葉にしたところで、何にもならないのだ。
否、言葉にしてしまえばデメリットの方が大きい。
戸惑わせて悩ませて。けれど結局その先がないのなら、最初から言葉にしない方が良いではないか。
「ちょっとカナタ! なにボーっとしてるのだわ!? まさか、お茶の後遺症なのだわ!?」
自分の思考に沈んでいたところに、ピウの声が耳に入ってきた。そのまま落ち込みそうだったので、この大きな声は大変助かる。
「後遺症なぁ……あるかもしれない」
正直後遺症というか、今まさに手酷い傷が進行形なのだが。苦笑しながら冗談交じりに返すと、冗談と受け取れなかったピウが大騒ぎし始めた。
「な、なんですってー!? なのだわ!! どどどどどど、どうしようなのだわ! 甘味職人に何かあったら皆に怒られちゃうのだわ!? マンドラゴラとか食べるのだわ!?」
「妖精の村周辺にもマンドラゴラ自生してるのか……。とりあえず、それは遠慮しておくよ。ちょっと考えごとしてただけだから。でも、マジで今後、人間に『夢見のお茶』を不意打ちで飲ませるのは禁止な。それは悪戯の域を超えてるから」
本人が望んだのであればともかく、こんな形で自分の願望を自覚させられる人間は自分たちが最後であってほしいと心から願う。
「わかったのだわ。肝に銘じておくのだわ!」
「うん、ならヨシ。じゃあ、世界樹に案内してもらおうかな。イエナも準備できてるか?」
「えっ!? あ、うん。勿論よ!」
まだイエナと目を合わせる勇気が出ない。
彼女に不自然に思われる前に、どうにか取り繕えるだけの勇気が戻ってくることを願うしかできなかった。
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