177.夢の話
(あれ? ここ、どこ?)
気付けばよくわからないところにいた。
(えっと……妖精の村に来て、物々交換して……あぁ、そう。お花見もしたのよね。きれいだった)
ピウが提案してくれた夜に咲く花のお花見。
光り輝く美しい花と、同じく光ってはいるけれどそれは捕食するためという食虫花。巨大なモノは虫だけでなく妖精も食べてしまうとかいうアレはちょっと怖かった。
ソレにピウが捕まってしまうという大事件も起きたりして、なかなかスリリングな、またとない思い出になった。
「それからえーと……村に戻ってきて、ピウからお茶を貰って、それからルームに戻った、ような……」
直近の記憶がなんだかフワフワしている。思い出そうとウンウン唸っていたところ。
「イエナ」
名前を呼ばれて振り向く。そこにはカナタがいた。
彼の顔を見て、ホッと安心の溜め息をつく。自分がちょっとボケていたとしても、彼がいればどうにかなるはずだ。
「カナタ、良かった~。ここってどこ?」
「後で説明するよ。それより、イエナに聞いてほしいことがあるんだ」
穏やかな笑みを浮かべているカナタに言われて、イエナは即座に頷く。
「もちろん。なになに?」
「俺、色々考えてみたんだけれど……やっぱりイエナの傍にいたいって思うんだ」
「へぁっ!? 突然どうしたの!?」
カナタは穏やかな笑みを崩さない。けれど、目は真剣な色をしていた。突然のセリフに照れてしまいそうになるけれど、言われたコトがコトすぎてそれどころではない。
「突然じゃないよ、結構長い間考えていたんだ。やっぱり、ずっとイエナと一緒にいたい。一緒に旅をしたいし、新しい景色を一緒に見たいんだ」
真剣な声音でそう告げてくるカナタ。言われた言葉はとても嬉しい、気がする。けれど、その感情を強烈な違和感が上回った。
「ま、待って。待ってよ。カナタは元の世界に帰るんでしょう? それで、あんなに頑張ってきたんじゃない」
意見がすれ違って、ケンカもした。元の世界に帰ることが不安だ、とも言っていたけれど、こんなにすっぱりと諦められるものなのだろうか。
「今までは確かにそうだったよ。でも、やっぱりイエナが一番大事だって気付いたんだ。また一緒に旅をしてくれないか?」
確かに、そう言われたいと願ったことがないと言えば嘘になってしまう。カナタがいなくなってしまうことを考えないようにしていたり、帰るなら早い方が寂しくないと思ったことだってある。
けれど、実際にカナタの口から聞くと違和感が酷い。
「カナタ、何か不安になることあった?」
普段のカナタなら絶対そんなこと言わないという確信がある。違和感を覚えながらもできるだけ優しくカナタに問いかける。と、そこへ、突然聞きなれた鳴き声が響いた。
「めぇ! めぇ~!!」
「もっふぃー!?」
同時に、空間がぐにゃり、と歪む。
そしてイエナはガバリ、と起き上がった。
「ゆ、夢?」
「めぇめぇ~~!」
「もっふぃー……起こしてくれてありがとう」
夢ではない、と確かめるようにもっふぃーの豊かなモフモフをモフらせてもらう。心地よいモフモフの手触りで暫し現実を確かめさせてもらった。何せ部屋が模様替えしたばかりで、視覚ではイマイチ実感がわかなかったせい、ということにしておく。ただ、模様替えの際にモフモフたちが通れるドアを作っておいて良かったと心底思った。もっふぃーが来てくれなければあの夢を見続けていたかもしれない。それはちょっと、かなり、だいぶ、すごく、イヤだ。
思う存分モフってから時計を確認すると、確かに普段の起床時刻よりはかなり遅れていた。
「お腹すいちゃったよね、ごめんね」
あんな夢を見た手前、ちょっとカナタと顔を合わせづらい。が、お腹を空かせたもっふぃーを放っておくことはできなかった。
(あんな夢見た直後にカナタに会うよりはマシ! そう、マシな状況よ! イエナ、ファイト!)
自分で自分を鼓舞してから、身支度を整える。やや急ぎぎみで部屋を出ると、どうやら彼も寝坊していたようだ。いつもはサラサラの黒髪から、ひょんと跳ねる寝癖が見えた。彼はゲンに起こされたのか、真っ黒な彼女の頭を撫でていた。
「おはよう! ごめん、寝坊しちゃった!」
「いや、俺も寝すぎたみたいでさ。ゲンが迎えに来てくれたんだ」
「もっふぃー、ゲンちゃんごめんねー。ご飯用意するねー!」
「そっちお願い。俺は朝ご飯作るから」
できるだけ自然に振る舞ったつもりだが、目だけはまだまともに合わせられなかった。
(気まずい! ごめん、カナタは何も悪くないのよー。私が、一方的に、気まずいだけなのごめん~!)
とはいえ、理由を話す勇気はなく、自然に自然にと意識して普段通りを装う。ただし、自然を意識した動きは不自然なことに、イエナ本人は気付いていなかった。
少々ぎくしゃくとした動きながら、モフモフたちのご飯を用意する。その間にカナタも朝ご飯を作り終わったようで、一緒に食卓についた。
「今日はピウに世界樹まで案内してもらえるのよね。どんな場所か楽しみ~」
「ネタバレ防止のために、俺はノーコメントで」
上手く目が合わせられないまま、それでもなんとか不自然にならないように気をつけて会話をする。
(ううう、普通とは一体なんなのか……。普通にできてた、と思うけど)
グルグルと普通について考えながらも、体はほぼ自動で外出準備を整えてくれる。今までの経験のタマモノかもしれない。
ちなみに、本日も妖精たちが一緒であると説明したところ、モフモフたちは地下室でお留守番を選んだ。確かにあの好奇心の塊にずっと纏わり付かれるのは大変だろう。
「うわーん、出てきたのだわ! 良かったのだわ!!」
ルームから外に出ると、いきなりピウが飛び込んできた。というか、顔面にぶつかってきた。まさかそんな暴挙に出られるとは思わず、イエナはピウの頭突きをおでこにまともに食らってしまう。妖精、意外と石頭らしい。
気配察知スキル持ちのカナタもこれには反応できなかったようだ。
「ちょっ……イエナ大丈夫か!?」
「いいいい痛いけど平気……コブとかない、はず」
どちらかというと急なカナタのドアップの方が、今のイエナの心臓に優しくないのだが、それは言わぬが花というものだ。
「ほら! ほら! このニンゲンたちは平気って言ったのだわ!」
「それとこれとは話が別だってばぁ~。ごめんねぇ~、2人とも。昨日? 今朝? 変な夢見たんじゃないかなぁ~」
シウの出した夢、というキーワードにイエナの心臓がドキリと跳ね上がった。
「だ、だって! あのお茶を飲むと、良い夢見れるのだわ!!」
「『夢見のお茶』かぁ。なるほどなぁ」
「知ってるのだわ!?」
「ごめん、私はわからないんだけど……昨日ピウが寝る前にくれたお茶のこと? 説明してくれる?」
カナタは納得したように呟いたが、イエナにはその名前に全く心当たりがない。
わけがわからなくて説明を求めると、シウがのんびりとした口調で教えてくれた。
「妖精族に伝わる、とっておきのお茶なんだぁ~。幸せ~な夢が見れる……正確には、望んでいることが叶う夢が見れるんだよぉ~」
「そうなのだわ! 私は溺れるくらいのアイスクリームの夢を見たのだわ!」
余程良い夢だったのか、うっとりしているピウに周囲の妖精たちから激しいツッコミが入った。
「それは妖精が飲んだ場合だけって言ってるじゃないの~。ピウはまだ若いから知らなかったみたいだけど~」
「考えすぎてめんどくさ~いニンゲンが飲むと、たまに夢の中から帰ってこられなくなるってワケ!」
「現実より夢の方が幸せって、ニンゲンってヘンだよねぇ~」
「俺たち人間は妖精ほど欲望に素直にはなれないんだよ……。全く、2人とも無事だったからよかったものの……。頼むから今後この村に迷い込んだ人間がいても飲ませるなよ。戻ってこない人の方が多そうだ」
「ううう、肝に命じるのだわ」
そんなカナタと妖精たちのやり取りが、途中から遠く聞こえた。
彼らの説明によると、今朝見た夢はイエナの望んでいるもの、らしい。
(それって……。ううん、考えちゃダメだ。気付いちゃダメ!)
ドクドクと心臓が早鐘を打つ。胸がギュウと苦しい。これ以上は考えてはいけない、と自分を律して、浮かび上がる思いに無理やり蓋をした。
「あはは、確かに人間ってめんどくさ~い、かもね」
果たして笑顔は上手く作れているのか。この場には鏡もキョウメイジュもないので確認はできなかった。
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