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174.悪戯妖精とクッキー

「アンタたち、絶対に許さないのだわ!」


 小さな体をめいっぱい大きく見せるように、ふんぞり返って威嚇してきたのは、赤い巻き毛の妖精だった。妖精には性別がないと言うが、なんとなく女の子に見えるのはその服装のせいかもしれない。おそらく花びらを素材としているのだろう洋服はフレアスカートのようでとっても可愛らしい。


「そんなに怒ったって騙されたのは変わりないってぇ~。案内しちゃったねぇ~クスクスクス」


「ちょっと、シウ! どっちの味方なのだわ!?」


「えぇー? そうねぇ、面白い方かねぇ~」


「キーーーー!」


 楽しそうに笑っているのは、シウと呼ばれた鮮やかな緑髪の妖精。こちらもお揃いのフレアスカートのような洋服だ。


「してやられちゃったねぇ~、ピウ」


「うるさいうるさいなのだわ! こんなヤツら、やっつけちゃえばいいのだわ!」


 そうやって主にピウと呼ばれた妖精が大騒ぎしていると、村の方から騒ぎの気配を感じた妖精たちが次々とやってきた。


「何々?」

「面白いことってワケ!?」

「うわっニンゲンだっ!」


 流石面白いことが大好きな種族。色とりどりの髪の毛をした妖精たちは、口々に囃し立てながらクルクルと飛び回り始めた。


「ピウがねぇ~。ニンゲンを村に案内しちゃったさぁ~」


 シウが集まってきた妖精たちに暴露する。恐らく、その方が楽しいと踏んだのだろう。


「シウ! もぉぉぉぉ!!」


「あらあらまあまあまあ」

「からかおうと思って大失敗ってワケ!?」

「おまぬけさん~ウフフフフ」


 ひらひらと舞うように飛んでは妖精たちはピウをからかう。


「うるさいのだわ!」


 皆にからかわれて可哀そうな気がするけれど、実際ピウが仕掛けた幻惑魔法に引っかかったふりをしてここまで来たので、ちょっとフォローしてあげるのは難しい。それにこちらがフォローしたとしても余計怒り出しそうだ。


「何と言うか……ゲン、友達になれそうだな」


「メェッ!? メェメェメェ!!!」


 カナタがぼそりと呟いた言葉にゲンが抗議の声を上げている。申し訳ないが、イエナもちょっと同じことを思った。


「まぁまぁみんな落ち着いて。ニンゲンさんももう来ちゃったんだから仕方ないわ~。お近づきのシルシにこの村の特産のお茶はいかが?」


 どうしたものかと見守っていると、1人の妖精が頭の上にお盆をのせてお茶を持ってきてくれた。なんだか妙に良い匂いがする。思わず受け取りそうになったところ、カナタに手で制された。


「ありがとう。でも今は喉が渇いていないから気持ちだけ頂くよ」


 カナタがゆるく首を横に振った。


(えー。カナタ断っちゃうの? 折角の妖精の親切心なのに……。ん? 妖精ってそこまで親切な種族だっけ? もしかしてこれも悪戯!?)


 周囲の妖精たちの様子を観察すると、驚いている者や面白がってそうな者が見受けられる。お茶を持ってきた妖精は明らかに落胆していた。


「えぇ~? 飲まないの~? つまんな~い」


 唇を尖らせて宙を蹴るような仕草を繰り返している。その反応を見るに、どうやら何か悪戯していたようだ。気付いたカナタに感謝である。とりあえずこの場はカナタに任せて、イエナはハラハラしながらも見守ることにした。

 ここで上手く妖精たちの機嫌をとれないと、妖精綿を貰えないかもしれない。


「そうだ。お礼にこのクッキーをどうぞ」


「えっ!? えぇっとぉ……あ、そうだわ。ピウが貰えばいいわ~」


「なんでなのだわ!?」


「だって、ピウが案内しちゃった人でしょ~?」


 自分たちが悪戯したお茶を出したからだろうか。カナタがインベントリから取り出したクッキーを皆あからさまに警戒している様子だ。

 それを見て、カナタはわざとらしく悲しそうな声を上げた。


「せっかくこんなに美味しいクッキーなのにな~。そっか~。いらないか~。じゃあ、イエナ、はい、あーん」


「へっ!? あ、あーん?」


 カナタに任せることにしたのだが、これはいったいどういう流れだろうか。とりあえず彼を信じて言われるがままにあーんをされることになったわけだが。妖精たちが見守る中で、口を開けてカナタからクッキーを食べさせてもらう。大っ変、気恥ずかしい。

 チラリとカナタが意味深な目線を送ってきた。


「普通に食べてるのだわ? どういうことなのだわ?」

「罠じゃないってワケ!?」

「美味しそうな気もするわ~」


 ざわつく妖精たちの言葉を聞いて、目線の意味を理解する。ここは大げさに美味しそうに食べて、彼らの興味を引くべきなのだろう。


「わぁ!! やっぱりこのクッキー絶品よね! 流石シターケ町の特産品だわ~。めっちゃ美味しい~~!」


 頬に手を当ててとても美味しいことをアピールする。すると、妖精たちは面白いくらいに反応した。


「やっぱり美味しいらしいわ~」

「特産品って言ってるわよ……名物になるくらい美味しいってワケ!?」

「いいなぁ、欲しいなぁ」


 ざわざわする妖精たちに、カナタがもう一押しする。


「妖精たちはいらないって言うし、俺も頂こうかな。こんなに美味しいクッキーなのにな~。手持ちがそんなにないからあっという間になくなっちゃうよな~」


「めぇ~~~」

「メェッメェッ」


 モフモフたちも盛り上げに加わってくれているようだ。


「もっふぃーたちはクッキーは食べられないから、かわりにあの町のおいし~~い果物をどうぞ」


 イエナはすかさずインベントリからリンゴを取り出した。手伝ってくれているモフモフたちにご褒美の意味も込めて。

 すると、耐え切れなくなった妖精の1人が口火を切った。


「ちょっと待って! 私やっぱり欲しい! ちょうだいちょうだい!」


 1人が先頭を切れば、周囲の妖精たちも騒ぎ出す。


「ずるい! 私だって食べたいってワケ!」

「あんなに美味しそうに見せびらかすなんて~」

「私も食べたいわぁ~」


 ヒラヒラと飛び回って数えづらいが、その場に集まっていた妖精は全部で10人のようだ。最初にイエナたちに幻惑魔法を仕掛けてきたピウとシウと呼ばれていた2人も数に入っている。そのくらいならクッキーは十分に足りるはずだ。


「じゃあ今いる人たちにはお近づきのシルシってことで1人1つ、タダであげようかな」


 カナタがクッキーを10個取り出して渡していく。受け取った妖精たちは早速食べ始めた。


「お、美味しいのだわ!」

「蜂蜜よりも複雑な味がするってワケ!」

「こんなのすぐなくなっちゃうねぇ~」


 シターケ町の特産品は妖精たちのお眼鏡にもかなったようだ。みんな夢中になって食べている。妖精たちのサイズ的に両手で抱えて食べるような大きさなのだが、それでもすごい速さで消えていった。


「もう、無くなっちゃったのだわ……」


「そりゃ食べちゃったからな。まだ持ってないこともないけれど……」


「まだ食べたぁ~い」

「ちょうだいちょうだい~」

「おかわり所望ってワケ!」


 続々と食べ終わった妖精たちがカナタに群がる。だが、彼は腕で大きくバツを作って見せた。


「今のはご挨拶分。おかわりはないでーす。でも、妖精綿とか、この村の珍しいものと交換なら考えないこともないよ」


「妖精綿でいいのぉ~? なら今適当に摘んでくるよぉ~」


 よっぽどクッキーが美味しかったのか、シウがすぐにでも飛び立とうとする。

 これで目当ての妖精綿が手に入る、と期待した瞬間、またしても大きな声が響いた。


「ダメなのだわ!」


 ほっぺにクッキーカスをつけながらピウが怒鳴る。


「そんなニンゲン、信用できないのだわ!」


「でもその人間を連れてきちゃったのはピウだよねぇ~」

「もしかしてピウってば、この美味しいクッキー独り占めしようとしてるってワケ!?」

「信用できないニンゲンからもらったもの食べてるじゃない~」


「うるさーい! ダメったらダメなのだわ!!」


 プンプン怒るピウに周囲の妖精たちも呆れ顔だ。というより、しらけ顔。皆の視線がチクチクと刺さっているピウは、流石にちょっと怯んだようだ。

 そこで苦し紛れにこんなことを言い出した。


「これよりももっと美味しいものじゃないと、妖精綿あげないのだわ!」


 清々しいまでの無茶ぶりである。しかし、この無茶ぶりが妖精たちには面白く映ったようだった。


「それはいいわねぇ~」

「これよりも美味しいモノだったらピウの反対なんかみ~んな無視ってワケ!」

「どうなのニンゲンさん、もっと美味しいやつってある~?」


 楽しそうにクスクス笑いはじめる妖精たち。

 しかし、イエナたちには最終兵器があるのだった。


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