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173.幻惑魔法

「ありえないモノ?」


 カナタに言われたセリフをオウム返しにしてしまう。というのも、いまいちピンと来なかったのだ。

 妖精の村に辿り着くヒントの話をしていたのだが、何故そうなるのか。


「そう、森の中に不自然にあるもの、それが妖精の村に行くためのヒントなんだ」


「えーっと、どんなもの? っていうか、なんで?」


「じゃあまず何故かって方からな。理由は簡単で、それは妖精が俺たち人間を惑わすための悪戯の幻惑魔法の産物なんだ」


「あ、そういえば妖精は悪戯好きなんだっけ。なるほど、変なモノを見せて迷わせるってわけね。……方角のわからない森の中でやるにしちゃタチが悪すぎない? 悪戯の範囲を超えてるわよ」


 そこまで方向感覚に自信のないイエナからすると、かなり悪質に感じる。そのまま迷子になって野垂れ死にしたらどうしてくれるのだ。


「困ってるところを見て楽しんで、そのまま放置するからなぁ。確かに悪質と言われればそうかも。けど、弱ってるのを見たら介抱してくれたりもするし、なんとも言えないなぁ」


「困らせたいけれど、死なせたいわけじゃないのね……。まさに悪戯小僧……」


「うん、そんな感じ。で、どんなものが置いてあるかって話なんだけど……ほんっとーに色々。ただ、自然にないような……例えばソファとか。生き物だと、全然動かない馬とか」


「動かないのは確かにめっちゃ不自然ね」


 なんでも妖精はそこまで勤勉な種族ではなく、気ままに幻惑魔法を使うだけなので魔法のレベルがあまり高くないのだとか。つまり幻影を動かす能力がなく、生き物を再現すると静止画状態の幻影しか見せられないのだという。

 そのお陰で魔物を誤認することはないそうだ。


(真面目に魔法の練習に打ち込む妖精って物語で聞いたイメージと程遠い感じするものね。そりゃあスキルのレベルも上がらないはずだわ)


 幻惑魔法だってれっきとしたスキルである。使い続けていればイエナの重力魔法(強)のように色々と幅が増えるはずだ。しかし、気まぐれな妖精は基礎の悪戯レベルの幻で満足しているらしい。確かに、人を困らせるだけなら基礎レベルで十分だろう。

 そして、人を困らせるのに熱中するあまり、うっかり自分たちの村付近まで連れて行ってしまうのだという。どうやら熱中すると周りが見えなくなるのは人間も妖精も一緒らしい。


「それにしても妖精の幻惑魔法はキョウメイジュに反射されないのね。不思議」


「それこそ幻だからなと思って流してたけど……考えてみれば不思議な話だよな。幻は反射しようがないとか? キョウメイジュの特性なんだろうか」


 話を聞いているとやはりキョウメイジュが研究用に欲しくなってしまう。特性の研究が進めば他の製作物にも応用できるかもしれない。それだけじゃなく、キョウメイジュはなんといってもキレイだ。観賞用にだって入手したい。


「やっぱりキョウメイジュ欲しいわ、できれば丸ごと。シャベルみたいなモノで根から掘り返せないかしら」


「そうだなぁ。シャベルみたいなモノがあれば便利だよな~、そうなんだよな~」


 口を突いて出た言葉は紛れもなくイエナの本音だった。それに乗っかる形でカナタが少々大げさに続ける。

 すると。


「「……!」」


 少し離れたキョウメイジュの根元に、さぁどうぞとばかりにシャベルが現れた。取っ手の部分が赤いのが妙に可愛らしい印象である。


「「…………」」


 2人と2匹は口を閉ざしたまま目と目を見交わした。一斉に頷いて、そのシャベルの元へと駆けつける。


「わ、こんなところに丁度良くシャベルがあるわ!」


「本当だなぁ。それで作業できそうだなぁ!」


「メェ~」


「めぇ~~~?」


 あまりにも茶番である。約1匹、普段と変わらないような子もいるけれど。

 妖精は人間の困っている姿を見たいらしい。ならば、そのリクエストに応えて困って見せ、森の奥深く、できれば妖精の村近くまで連れて行ってもらおう、という作戦である。


「あっあれ? 消えちゃった!?」


「ホントだ。おかしいな……。あ、でもあっちに魔物が見えるぞ。ホーンラビットだ!」


 普通の森であればまだしも、キラキラ眩しい不自然な森に、臆病なホーンラビットがいるわけがないとイエナも思う。だが、妖精はそれに気付かず、見たことがある魔物の中から適当に選んで幻にしているようだ。


「メェッ!」


「よし、行くぞ!」


 演技にノリノリになっているらしいゲンとカナタがホーンラビットの幻に向かっていく。その前にカナタが小さな声で「敵意がない小さな気配が2つある」と教えてくれた。


(早速現れてくれたのね。運が良かったみたい。やっぱりカナタの幸運スキルのお陰かしら?)


 この目に優しくないチカチカのキョウメイジュの森で、あてどなく歩き回るのは正直気が進まなかった。そのため、こんなにも早く現れてくれてとても有難い。この調子で妖精の村まで案内してくれたら良いのだけれど。


『クスクスクス。このニンゲンたち、おばかさんなのだわ』

『そんなこと言ったらカワイソウだねぇ~、うふふふ』


 そんな小さな声を聞こえなかったことにして、騙されてあげること数回。なるほど人間が迷うわけだと理解した。イエナたちはからくりを知っているので何度でも騙されたフリを続けて付いて行くが、何も知らない普通の人間なら途中でおかしいと気付いて幻を追うのを止めるに違いない。そうして森の中に取り残され、迷子が出来上がるという寸法なのだ。

 最初はノリノリだったゲンも流石に飽きてきた頃。


「あら? 蝶々だわ」


 うっすら青緑色に光る蝶々。それがヒラヒラと飛んでいる姿がキョウメイジュに映りこんでいる。ということは、これは妖精が見せる幻影ではないようだ。


「ホントだ。イエナ、ナイス。こいつが見えたなら、迷いの森の出口までもうすぐだ」


 カナタによると、この蝶々は非アクティブ型の魔物でアストラモルフォという名前らしい。戦うとかなり強いけれど、こちらから攻撃しなければ大人しい魔物とのことだ。


「ちょっと難しいんだけど、このキョウメイジュに映りこんでいる姿から本体がいる方向を探すんだ」


「ちょっと難しいどころじゃなくない!?」


 これだけ反射するキョウメイジュからどうやって本体を見つけろというのだ。


「まぁ確かにコツがいるかもな。けど、今は気配察知持ちの俺がいるからさ。任せてくれよ」


「流石カナタ。ありがとう~~!」


 この妖精の村がエバ山へ向かう途中にあって本当に良かったと思う。場所のおおよその位置や、向かうためのヒントをカナタから聞いていたとしても1人では絶対に辿り着けなかったと思う。本当に、カナタ様様だ。


「うん、こっちだな」


 妖精が見せる幻影そっちのけでカナタはズンズン進んでいく。

 そうして辿り着いた先は、息を飲むほどキレイだった。

 キョウメイジュが反射する太陽の光に照らされた色とりどりの花畑。そして、その上を群れを成して舞うアストラモルフォ。遠くに見える滝には飛沫に揺らめく虹が架かっている。


「きれーい……」


「生で見るとやっぱり圧巻だな。うん、本当にキレイだ」


「メェ……」


「めぇ~♪」


 ゲンまでも絶句しているようで、暫くその素晴らしい景色に見入っていたのだが、それをぶち壊す声が響いた。


「ちょっとニンゲンたち! と、モフモフのイキモノ! いい加減にするのだわ!!」

【お願い】


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