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170.蜂蜜を求めて

 もっふぃーとゲンの背に乗せてもらい、イエナとカナタは緑と茶の入り混じった草原を駆けていた。方角的には北に向かっているので、この先はどんどん冬景色に近づいていくのだろう。

 と、少し先を走っていたカナタから『止まれ』の合図が出た。カナタを乗せているゲンは勿論もっふぃーも心得たもので、すぐに足を止める。

 

「もう少しで目的の森に着くんだけど、そこにいるハニービーって魔物は非アクティブ型だから、前に言った通り攻撃しないようにね。こっちが仕掛けない限りは襲って来ないから怖がらなくて良いよ」


「う、うーん。でもビーってことは蜂型魔物でしょう? こう……生理的に怖い、かも。それに、目当てはその魔物のドロップじゃないっけ?」


 虫の羽音というのは好きな人はいないんじゃないか、とイエナは個人的に思う。少なくともイエナは許せず、もっふぃーに跨って移動する際には必ず特製の虫避けを使っている。刺されそうというのもあるが、単純にあのブーンという音がイヤだ。

 特に蜂は刺してくるイメージもあってイヤ度がマシマシである。


「ドロップが目当てなのはそうなんだけど、ハニービーに攻撃すると1体がいつの間にか群れになって復讐しにくるんだよな。だから、普通の方法だとちょっとめんどい。しかも、今の俺たちにとっては経験値的に旨味ないから余計に」


 これまでの旅でレベルは十分に上がっている。それに、カナタは遠距離武器イチコロリと近距離用の新武器デスサイズの2つを使い分けられるため、多くの種類の魔物に対応できるようになっていた。

 イエナも足止めだけであれば聖鳥タタから貰った重力魔法(強)がある。大概の魔物には負けることはないはずだ。

 そのため、人々が行きかう街道沿いに出る程度の魔物であればレベル差がありすぎてほとんど経験値が入らない。

 とはいうものの、相手が群れとなると話はちょっと変わってくる。


「ひえ……ちなみに群れってどのくらい?」


「わからない。あっちの世界だと、多くても5体くらいだったとは思うけど、それが通用するかわからないからさ。うっかり巣の近くだったりしたら、巣にいる全員が来るなんてことも考えられるから」


 巣にいる全員となると数十、もしかしたら百を超えるかもしれない。蜂型とは言うものの当然普通の蜂とは違い、大きさは大人の拳くらいはあったはず。そんなのに襲われたらひとたまりもないし、そんな大群の羽音を想像しただけで全身に鳥肌が立つ。


「ぜっっっったいに攻撃しないわ……」


「うん、その方がいい。あと、蜂の巣にも近づかないように。多分ゲンももっふぃーも先に気付いてくれるとは思うけどな」


「メェッ!!」

「めぇ~~」


 話を振られた2匹が元気に返事をする。ここしばらくの運動不足が解消できた上に、昨日イエナのレベルアップにより地下室が一気に広くなったこともあって、2匹ともかなりご機嫌のようだ。


「ちなみに蜂の巣に近づくと?」


「準備もせずに近づいたら、女王であるクイーンビーを守るキラービーが出てくる。ハニービーは軽度の毒だけど、巣を守るキラービーは猛毒を持っているんだ。毒消しがあるとはいえ、複数から喰らったら本当にヤバイ」


「もっふぃー!! お願い、絶対絶対近寄らないでね!」


 カナタの話を聞くや否や、イエナはもっふぃーに懇願する。羽音の上に猛毒とか本当に嫌すぎる。なにより、可愛いペットたちをそんな危険に近づけさせるわけにはいかない。


「今は巣に近寄りはしないけど、巣は見つけたいんだよな。ハニービー一族が守る巣に目当ての『ロイヤルハニー』があるから」


 当面の目的である『妖精綿』を得るためには、そのロイヤルハニーがあると確率がグンと上がるらしい。詳しいことはナイショ、とカナタに伏せられているが、イエナとてほんのちょっと聞きかじったことはある。

 妖精綿はその名の通り、気まぐれな妖精がたまたま気が向いて世話をした綿花だ。その綿を使った織物はこの世のモノとは思えない軽さで、しかも魔力が宿っているのだと言う。


(もしかしたら妖精に会えるんじゃないかなって予想してるんだけど、どうかしら?)


 答え合わせの瞬間が楽しみだ。

 そんな会話をしていると、ハニービーたちが多く生息するという森に辿り着く。


「よし、じゃあ、絶対に蜂を刺激しないように注意して進もう」


「メェッ! メェッ!」

「めぇ~~~」


「頼りにしてるわね、もっふぃー、ゲンちゃん」


 木々があるため全速力では駆けられないが、それでも徒歩よりは速いスピードで奥へ奥へと進んでいく。

 すると、なんだかこの森には似つかわしくない色味が見えた。


「ねぇカナタ。なんか変なモノない?」


「そう、だな。柵か?」


 この森は恐らくオークの木で構成されている。一般的な木材として流通しており、取り立てて特徴のない普通の木だ。

 が、その茶色の幹の合間から2段階くらい明るい色の木の柵が目に入った。警戒しながら近づいてみる。


「……ホワイトオークの柵、だわね」


「材料看破流石だな。でも、なんでわざわざこんな場所に?」


「魔物避け? えーでもこんな森の中に? それに一般的な魔物避けの柵ってもっと細工してるはずなんだけど……」


 小さな町や村では魔物避けに魔物が嫌う匂いを付けたり、トゲトゲをつけた柵を配置することが多い。もう少し余裕があれば雷の魔石を埋め込んで、触れた場所から脅しの雷が出るようにするタイプもある。

 だが、目の前の柵はそういった細工は全く見当たらない。


「う~ん……細工はなくてもこの辺りに人の手が入ってるってことではあるよな。念のためにゲンたちにはルームに戻ってもらった方が良いかも」


「そっか、慎重がモットーのカタツムリ旅だものね」


 魔物であるメリウールを連れているのを目撃されるのは避けたいところだ。カナタの提案に従ってモフモフたちを一旦ルームに帰し、もう一度柵の前に戻ってくる。


「魔物避けにしては高さも微妙じゃないか? 四足歩行の魔物相手ならこんな高さにしなくてもいいと思う」


 柵の高さはイエナたちの胸あたり。なんとなく、人間が侵入しないように、という意図が見える気がする。


「人間用……盗賊が出るとか?」


「盗賊か……。でもこれから盗みをするぞって連中ならこんな柵普通に壊しちゃいそうなんだよな」


「それは言えてるわね。じゃあ何のためだろう?」


 不思議に思いながらその柵をたどるように歩いてみる。

 すると、遠くから声がかかった。


「おーい! あんたたちこの辺りのもんじゃなさそうだな?」


 つばの広い麦わら帽にオーバーオール。いかにも農夫といった感じの、日に焼けた男がのんびりと近づいてきた。


「はい、旅の者です」


 カナタは相手の気配に気付いていたようで、普通に対応している。イエナは柵をじっくり観察しながらだったので返事が遅れてしまった。


「そうかそうか。この柵はアンタたちみたいな旅人さんが、間違ってクイーン様の領地に入らないようにしとるんだよ」


「クイーン様?」


「あぁ。ハニービーたちの頂点の、クイーンビー様のことだよ」


 彼の言葉を聞いて、2人揃って頭上に?マークを浮かべた。人間である彼が、魔物であるクイーンビーに何故か様付けをしている。


「あぁ、そうか。外の人にはそもそも魔物を保護してるなんて奇妙に見えるんだったな。すまんねぇ。こっちはもうこれで数年やっとるもんだから」


「えーと、保護してるんですか?」


「そうそう、オラたちのシターケ村……じゃない、最近町になったんだ。シターケ町は魔物との共栄共存しとる村……じゃない、町でねぇ。その共存しとる産業の1つがクイーン様との契約なんだわ」


「契約!?」


「もしアンタらが蜂蜜目当てだったら、村……じゃない、町に行っとくれ。そりゃあ多少値が張るが、最高の蜂蜜を販売しとるよ。あ、あとブルーカウもおすすめだよ」


 そう言って農夫の彼は町の方角を示すのだった。

【お願い】


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