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18.作業用手袋

 マゼランが差し出してきたもの。それは、一対の作業用手袋だった。


「餞別だ。何を作るにしろ、邪魔にはならんだろう」


「そんな……」


 見限られた、と思っていた。

 彫金の才能がないから。所詮未知ジョブのハウジンガーだから。

 見習いとしてやっていくだけで精一杯で、希望なんて見えない日々を送っていた。

 だから、クビを言い渡されても「仕方がない」とすぐに諦めてしまった。

 そんな自分が情けなくて、大嫌いで。

 けれど、カナタに出会ってから全てが変わり始めた。

 ハウジンガーというジョブの本質を知り、希望を見出した。成長は遅くとも様々な製作物に精通することができる、可能性に溢れたジョブだと思えるようになった。

 初めて前を向くことができるようになったのだ。

 そうして今、見限られたはずの元師匠が目の前にいる。


(もしかして、未知ジョブを一番差別してたのって私なんじゃ……)


 未知ジョブだから仕方がない、と目を瞑っていて、色々なことが見えてなかったのではないだろうか。

 そんなことに思い至って硬直していると、後ろからカナタが声をかけてきた。


「いいじゃん、元師匠からの激励の餞別。受け取って、世界中に名が知られるくらいめっちゃ有名な職人になればいいよ。そしたらこの人も相対的に評判上がるし?」


「おい、ボウズ」


「この人、あちこちで俺とイエナのこと調べてたっぽい。大方『一度弟子にしたのに放り出した罪悪感』とかに苛まれてたんじゃないのー?」


「な、何勝手言ってやがる!」


「あとイエナがまたギャンブラーと仲良くなってんのかって心配したのもあるかもな。俺別にギャンブラーだってことは隠してないし、冒険者ギルドで調べればすぐわかる。まぁ残念ながら? 幸いにも? 俺はまともっぽいように見えなくもなかった、と。けど、それはそれとして釘は刺しとくかーとかさ」


「いい加減にしろ!!」


 マゼランは止めようとするが、カナタの滑らかな口上は止まらない。


「でも、大家さんのところとか冒険者ギルドにも行ってくれたんですよね?」


「……たまたまだ。たまたま納品があった」


 あからさまに目線を逸らしてそんなことを言う元師匠ことマゼラン。どう好意的に解釈しても、その言葉には無理がある。思わずその顔をじっと見つめると、微かに朱が滲んでいるような……。


「ええい、受け取るのか、受け取らんのかどっちだ!」


 観察されていることに気付いたのか、マゼランが吠えた。


「ええと、じゃあ、有難く……」


 師匠が弟子に作業用の手袋を贈る、というのはちょっとした職人たちの伝統行事だ。何かあれば力になるぞ、という信頼の証、と言われている。そういった伝統も時代と共に廃れ気味ではあるが、少なくともマゼランは知っているはずだ。

 だからこそ、その重みが凄い。一瞬受け取るのを躊躇うくらいに。


「ほわぁ……」


 だが、受け取ってしまえば伝統とか重みとか色んなものが吹き飛んだ。


(これ、素材なんだろう? 革ではあるんだけど、そこらへんで売ってるのと全然違う! 彫金師なのにどうやって手に入れたんだろう!?)


 ワクワク顔で手袋を眺めるイエナにマゼランから声がかかる。


「ある程度の耐熱耐水、丈夫さは保証する。好きに使え」


「ありがとうございます! 大切に使います」


 この人は本当に根っからの頑固職人なんだろうな、と思う。

 もう少し言葉を選んで、いや、言葉が悪くても一から説明してくれればイエナだってあんなにヘコまずにすんだのに。

 だが、少なくともマゼランは「職人」としてのイエナを評価してくれていた。この街で一流と呼ばれている彼が、だ。それだけで自信に繋がる。イエナは深々と頭を下げて礼を言った。


「彫金関係で困ることがあったら、暇があれば聞いてやらんこともない」


「翻訳すると『いつでも頼ってこい』ってことだよな」


「いちいちなんなんだ、お前は!」


「俺? 俺は彼女のビジネスパートナーですよ。っていうか、俺らのことを嗅ぎまわってた不審者にちょっとした意趣返ししたって許されると思うんですよねー。ぶっちゃけガチストーカーじゃないすか。出るとこ出たら俺らの勝ちでは?」


「少なくともお前のことなんぞ興味ない!」


「えぇ……?」


 イエナが感激している横で、マゼランとカナタのコントが開催されている。もうちょっと余韻に浸らせてくれないものか。


(なんていうか……ハウジンガーっていう未知ジョブで、私本当にいじけてたんだなぁ。もうちょっと周りを見れてたら……ううう。いや、切り替えよう。カナタに会って、ハウジンガーの特色を知れた。今までよりも未来は明るいんだから!)


 初対面なはずなのに仲良く掛け合い漫才を繰り広げている二人の横で、イエナは決意を新たにするのだった。


「マゼランさん、色々とありがとうございました」


「精進すると良い」


「期待してるんだってさー」


「……お前、本当にこんなのでいいのか? まぁいい。俺は仕事に戻る」


 最後までまぜっかえすカナタにうんざりな表情を浮かべて、マゼランは自分の工房へと戻っていった。

 その背中を見送っていると、カナタが小声でボソリと告げてきた。


「さっきのやりとり、俺があっちで見たことあるイベントだと思う。部屋に帰ったらステータスとか確認してみるといいかも。たぶん、上がってる。あと、その手袋も結構イイモノだよ」


「イベントってどういうこと?」


「詳しく説明したいから、部屋に伺ってもヨロシーデスカ?」


「その口調なぁに~?」


 とはいえ、説明が欲しい。ついでに今後の打ち合わせもしたい。ということで、二人は並んで帰路につくのだった。


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