167.再度話し合い
自分でいれたお茶を一口飲んでから、カナタは話を切り出した。
「いざ元の世界に戻れるって思うと……なんていうか、尻込みしちゃってさ。確かに、イエナと出会った頃は元の世界に帰ることが目標だった。一刻も早く帰りたいってずっとずっと思ってた。だって、俺はこの世界にくる心の準備も、別れの挨拶も何もできてなかったから。でも……」
そこで一度カナタが言葉を途切れさせる。
何か口を挟むのも違う気がして、イエナは何も言わずカナタの言葉の続きを待った。
「でも、さ。ここにきて、凄く時間が経っちゃっただろ? あ、旅の進度が遅かったとか、そういうことは全くないからイエナは気にしなくていいから。むしろ、イエナがいたからこそ、こんなにも旅がスムーズだったって本気で思ってるから」
カナタが必死にフォローする様子に、イエナは曖昧な笑みを浮かべる。
イエナがハウジンガーだったから比較的楽な旅ができたというのは、自分でも感じていた。少なくともイエナは魔物がいる外で野宿できる気がしない。ロクな準備もせずに採集に出かけて、真っ暗な森の中で感じた心細さは今でも忘れられない教訓となっている。
けれど、もしも自分が違うジョブだったら……例えばバリバリの戦闘ジョブだったりしたら、もっと早く目的地まで辿り着けたのでは、と思うのだ。勿論旅の快適さは減るが、魔物を怖れず野宿もできて、真っ直ぐエバ山まで強行突破が可能だったのではないだろうか。そんな気持ちが湧いてきてしまって、上手く返事をできない。
曖昧に微笑んだまま頷いて、気持ちとは別の話を口にした。
「こっちに来てから、カナタの髪3回は切ってるものね」
「毎度お世話になっております」
「いえいえ。拙い腕ですが。私がやれば街の理髪店行くより安いしね!」
「いや、毎回イイ感じにしてくれるから助かってるよ……ってなんの話だっけ?」
「それくらい時間が経っちゃったわねって話でしょ」
少しおどけるカナタの気持ちはわからなくもない。
きっとカナタは不安なのだ。その不安と向き合うのもまた怖いのだ。
(素直に怖いとか不安とか、口にするのも怖いってときあるよね。でもさぁ、ちょっと甘えてくれたっていいんだけどなー……)
自分の足だけで立とうとするカナタが素敵だと思う反面、少しくらい頼ってくれてもいいのに、と思ってしまう。乙女心というのは複雑なのである、ということにしておく。
「そう……そうなんだよな。そのくらいの時間が流れちゃってる。学校をこんなに長い時間休んだことは流石になかったし、そもそも人間がこんな長い間行方知れずっていうのは、俺の世界だとほとんどなくって、さ……その時間不在だった俺は、一体どういう扱いになってるんだろうって思ったら……ちょっと怖くなったんだ」
「そっか。そうだよね」
前言撤回。
怖いという言葉をカナタが口に出してくれても、イエナは浅い共感しかすることができない。
(支えたりとか、全然できないじゃない。やっぱり無理だよね……文字通り住んでる世界が違うんだから、ちゃんと理解してあげることはできないもの)
自分の思慮の浅さに凹みつつ、せめてカナタの話は真摯に向き合いたいと真っ直ぐ見つめた。
そんなイエナの心情の変化を知ってか知らずか。カナタはまた話し始める。
「こっちでもいろんな付き合いが増えたよな。思った通りにいかないことも多かったし、怖い思いもした。知識はあっても実践するのは物凄く難しいっていうのも身にしみてわかった。けど、そんなことばかりじゃなくて、楽しかったことだってたくさんあった。……思い出が、本当にたくさんできた」
「楽しいって思ってもらえたなら嬉しいわ」
「うん、本当に楽しい旅だった。けど、やっぱり元の世界に帰りたい……帰りたいのに、帰った後のことを考えると、すごく怖い。矛盾してるよな。それに、今更こんなこと言い出すなんて情けなくて……」
そんなことないよ、と気楽に言えたらどれだけいいだろう。けれど、イエナにはやはりその苦悩をきちんとわかってあげることは、恐らく永久にないだろう。
暫くどんな言葉をかけるか悩む。
「……カナタの気持ちは、多分きちんとは理解できないと思う。でも、こうやって話を聞いて解決できるように一緒に考えるとかはできる、かも……って言うか、一緒に考えたい。逆に頓珍漢なことを言って怒らせちゃうとかはあるかもなんだけど……」
「いや! さっきのは、俺が勝手に不安になった挙句に八つ当たりをしたから完全に俺が悪いんだ」
「ううん。私もね、心のどこかで『こんなにカナタに甘えた状態でいいのかな』『こんなに甘え切ってたら別れがつらいだろうな』って思ってた。それで『別れるなら早い方が傷も浅くて立ち直りが早いんじゃない』って考えたりもして。多分どこかでそんなのが出ちゃってたんだと思う。ごめんね、カナタ」
「そっか……そうだよな。ずっと一緒にいたんだもんな」
「私だけじゃなく、もっふぃーもゲンちゃんも絶対絶対寂しいよ」
「もっふぃーは普通に寂しがってくれそうだけど、ゲンはなんか……一回くらい蹴られることを覚悟した方がいいかもしれない。そのくらい寂しがらせそうだなとは思う」
「ゲンちゃんも心根は優しい子なんだから、蹴ったりなんかしないわよ」
少なくともカナタに攻撃だけは絶対にしないだろう。別れたあとにダンダン足踏みをして、自分の蹄を傷つけてしまうくらいはやりかねないけれど。気をつけてあげなければ、とそこまで考えて、ふと思いつく。
「ただ、そうだなぁ。エバ山へ向かう旅で、ゲンちゃんともっふぃーにもちゃんと楽しんでもらって、良い思い出を作りたいな。2匹とも地底ではずっと地下室だったでしょ。そして、皆で新しい道に行くカナタを応援したい」
「……新しい道、か」
「旅立ちでもいいわよ」
「うん、ありがとう。情けない話聞いてくれて」
「こちらこそ。みっともない話しちゃってごめんね……私たちもう少し素直に気持ちの話もするべきだったかも、ね」
「だな。……んじゃ、それも踏まえて今後のルートの話しようか」
「そうねぇ。じゃあ、私もっふぃーたち呼んでくるわ。最後の旅の話だもの、2匹にもちゃんと聞いて欲しいし」
そう言ってイエナは地下室で寄り添うように休憩していた2匹をリビングへと連れてくる。ケンカを聞かせてしまってごめんという謝罪から入り、2人と2匹は揃って今後の話を始めた。
真っ先に発言したのはイエナだ。先程の反省を活かし、以前名前が挙がったレア素材は現状すぐ欲しいわけではないこと、更に買おうと思えば購入可能なことを述べた。
「そういえば俺たち結構金持ちなんだった……。すっかり忘れてたよ」
「全然実感ないものねぇ」
話し合いの結果、エバ山へ向かう途中、ほんの少しだけ遠回りすれば手に入るであろう妖精綿と世界樹の葉だけは取りに行くことに。他の素材はあまりにも距離がありすぎるか、もしくはダンジョンの中ということで断念した。
「妖精の里と世界樹はかなり近いし、景色もとてもキレイなはずだから良い旅になると思う」
「それは楽しみね」
「めぇ~~~」
「……メェッ!」
ちょっと拗ね気味なゲンを皆で構い倒し、その日の話し合いは平和裏に終了した。
こうして、最後の旅路がようやく決まったのだった。
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