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166.仲直り料理

「あっ! ちょうどいいところに! ねえねえ、カナタお醤油ってどこだっけ!?」


 初めてのケンカのあと、気まずい感じでカナタが自室に戻ったのが数時間前。けれど、人間どんなに気まずくともお腹はすくわけで。そしてこの共同生活において「世話になるのだから食事は自分が作る」と言い出したのはカナタ自身だ。そんな使命感もあり、重い腰を上げてキッチンに向かった途端、イエナの明るい声が響いた。

 まるで何もなかったかのような態度に面食らいつつも、求められた醤油を取り出して渡す。


「……ご飯作っててくれたのか」


「最近めっきりカナタに甘え切りだし、カナタほど美味しくないと思うけどね~」


 自分のルームであるはずなのに、キッチンはすでにカナタの城となっていた。そのことをなんだか不思議に思いつつ、四苦八苦しながらどうにかイエナは食事の準備をしていた。


「和食じゃん……ほとんどできてるし。じゃあ俺はカトラリーとか用意するよ」


「おねがーい! 私いま大事なとこだから!」


 卵液を片手にイエナは配膳をカナタに任せる。

 本日の献立は焼きマグマ魚に塩おにぎり、具のない味噌汁に出し巻き卵だ。味噌汁に具がないのは製作手帳の材料に具のことが何も書かれていなかったせいである。


(製作手帳って結局はそのアイテムの基本を教えてくれるだけなのよね。だから、味噌汁の基本はできてるはず……でも、なんの具をどういう風に入れたら成功になるかわかんないじゃない!)


 カナタは様々な具を入れていたが、どれも置き場所がわからなかったり、そもそもナニモノなのかがわからなかったりで断念した。

 そんな逃げもあり、少なくとも大失敗という風にはなってないはずである。


「めっちゃいい匂いだな」


「形は見なかったことにして……」


 物凄く頑張ったのだが、出し巻き卵はカナタが作るようなキレイな形にはならなかった。製作手帳にも載っている料理なのに何故こんな風になってしまったのかと悔しい限りである。これが装備品や家具なら納得いくまでいくつも作って練習できる。失敗しても手を加えて作り直せる。そういった試作品や手直し品もギルドや商会に買い取ってもらえるので、無駄にはならない。だが、料理は違う。作った物がそのまま食卓に上るのだ。ある意味、毎回一発勝負と言えるだろう。


(カナタは毎日こんな一発勝負を成功させてたってこと? うーん、すごい)


 毎日3食作ってくれていたカナタに改めて尊敬の念を抱く。毎日が一発勝負なんてイエナなら自分用に胃薬を作るのが日課になってしまいそうだ。

 かなり不格好な出来になってしまった出し巻き卵を皿に盛って、テーブルの上にのせる。


「俺の好きなモノばかりじゃん」


 食卓に並んだ料理を見て、カナタは顔をほころばせた。申し訳なさそうな顔をされているよりずっと嬉しい。頑張った甲斐があった。


「良かった~。好きそうな反応してたヤツの中から、私が作れそうなのピックアップしたんだ~……出し巻き卵がこんなに難しいとは思わなかったけど」


「ありがとう。それから、その……ごめんな、さっき、俺の態度かなり悪かった」


 感謝と謝罪とを率直に伝えてくる。カナタのこういうところが誠実だと思う。

 とはいえ、今は出来立ての料理が目の前にあるのだ。しかも、カナタの好物であるはずのものたち。ここで話し合いを再開するよりも、温かいうちに食べてほしい。


「私もごめんね。ちょっと感情的になっちゃったみたい。冷静になって話し合うのは大事だと思うけど、まずは冷めちゃう前に食べようよ。う~久しぶりに自分で作ったし、人に食べてもらうの緊張する~」


 まだ何か言いたげだったカナタを放っておいて、イエナは先に食べ始めることにした。そうしないとカナタも食べてくれない気がしたので。

 カナタの表情を窺いながら、イエナはまず味噌汁に口をつける。ポートラの港町でカナタが狂喜乱舞しながら手に入れた調味料の1つを使って作った。ちなみに大喜びしたもう1つは醤油。

 入手後ちょくちょく食卓に上るようになったこのスープは、カナタの故郷の味らしい。馴染みはなかったが食べてみるとイエナも結構好きな味だ。特別な美味しさ、というよりはホッとする味だと思う。


「うまい……」


「あ~~よかった。安心した」


 マグマ魚はイエナを虜にした味がキチンと出ていて密かに胸を撫でおろした。今や貴重食材になってしまったので絶対に失敗したくなかったのだ。とは言え、現地で食べた味よりはかなり劣る。保存食用に加工したものをフライパンで熱しただけなのだからそこは致し方ない。

 一度食べ始めると、カナタの申し訳なさそうな空気は次第に消えていった。その分、話も弾み始める。話題は食卓に上っているモノ。味噌汁の具は何が最適なのか問題から、出し巻きを上手く巻くコツまで。

 そんな他愛ない話をしながら、2人はキレイに完食した。


「ごちそうさま。美味しかった。ホントありがとうな」


「どういたしましてー。美味しかったけど、やっぱ私はカナタのご飯の方が美味しく感じちゃうなぁ」


「じゃあ明日の朝はちょっと頑張るか」


「やったー。期待してる」


 食後の挨拶を終えると、どちらからともなく後片付けに移る。カナタはいつも通り傍らに掛けているエプロンに手を伸ばして身に着けた。『父の日』に贈ったイエナの手作りである。もうすっかり見慣れた光景だったけれど、何故か今はくすぐったい気持ちになった。


「えーと……そういえばさぁ。結構長いこと一緒に旅してるのにこういうケンカってしたことなかったわよね」


「今のケンカでもなくないか? 意見の衝突っていうか……あ、でもそういうのも含めてケンカって言うのかな」


「そうかも。でも、もっと先にぶつかっておけばよかったかなーとは思ったかな」


「まぁ次元の狭間に行く直前よりは良かった、と思いたいな。ヨシ、こっち終わり。食後のお茶は俺が入れるから、もう少し話さないか?」


「うん、私もそう思ってたとこ。あ、地図も持ってくるわ」


 言い合い後の不穏な空気は、今はもう消えている。これなら、もう一度落ち着いて話し合いができる気がした。

 テーブルに地図を広げ、隅に2人分のお茶が置かれる。

 

「すごく情けない話なんだけど……」


 と先に話を切り出したのはカナタだった。


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