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165.はじめてのケンカ

 最終目的地であるエバ山へ向かう隠密カタツムリ旅ご一行。

 地底にあるドワーフの国カザドから出た途端、あいにくの雨に当たってしまった。普通の旅なら「ツイていない」となるところだが、2人の場合はちょっと長い休憩タイムのようなものだ。

 何せ、安心安全のルームで休むことができるのだから。

 とはいえ、本日のルーム内は天候と同様に荒れ模様かもしれない。


「なによ! カナタのわからずや!」


「それならイエナは頑固者だろう」


 ここまでイエナとカナタは喧嘩らしいことは全くと言っていいほどなかった。お互いビジネスパートナーとして、相手に合わせることを優先していた結果かもしれない。

 だが、今日ばかりは違ったようだ。


「許可証が手に入った今、真っ直ぐ向かった方が断然効率いいじゃないの」


「効率はいいけれど、それじゃレアアイテムが手に入らないって言ってるんだ」


「そりゃ見てみたいって言ったけど……そっち優先じゃなくてもいいってば」


 言い合いの内容は、今後のルートについてだ。

 折角許可証が手に入ったのだから真っ直ぐ向かった方がいいと主張するイエナと、以前名前を挙げたレアドロップ品をまだ手に入れていないからそちらを入手しにいくべきだというカナタ。両者の意見が正面から衝突しているのだ。


(ここまで来るのに物凄く時間かかっちゃったもの。そりゃあ必要な旅路だったと思うけどさ。材料は揃ったんだから急いだほうがいいじゃない!)


 カナタと出会ってからこれまで、たくさんの街を回り、新しい景色を見てきた。ろくに街から出たこともなかったイエナにとっては、全てが新鮮で感銘を受けることばかりだった。カナタがいなければこんなにもスムーズで楽しい旅にはならなかっただろう。

 だからこそ、恩返しがしたいのに。


「イエナはそんなに俺を……っっ……」


 カナタが何かを言いかけて、飲み込む。その表情はなんだかとても辛そうに見えて、そこに畳みかけるようなことはできなかった。

 ただ、何を言おうとしたかは気になるけれど。


「……ごめん、ちょっと頭冷やしてくる」


 言うが早いか、カナタはリビングから出て行き、自室へと向かってしまった。

 残されたイエナは、なんとも言えない気持ちで壁に貼った地図を見る。キレイに色分けした地図は、ベンス国の国境とその先にあるエバ山の位置を容易く辿ることができた。


「真っ直ぐ向かえば10日くらいじゃないの……私たちなら街道を無視して最短距離で行けるのに……」


 イエナのジョブ、ハウジンガーの真価と言っても過言ではないルームの有効活用。それと、モフモフたちの協力のお陰でイエナたちの旅は通常よりもかなり早いペースで進むことができるのだ。

 逆に言うと、その利点を活用すれば、以前カナタが挙げたレアアイテムを網羅することもそう難しいことではないのかもしれない。世界樹の葉を筆頭にマンティコアの尾やグリフィンの風切り羽、魔物素材以外にもミスリルや妖精綿なども候補に挙がっていたはず。当時のイエナは半信半疑ながらも飛びついて、結果ここにいるわけだ。けれど、今のイエナなら寄り道をしてまで欲しいかと尋ねられれば答えはNOだ。


「……私、その辺り言ってなかったかも!?」


 グリフィンの風切り羽はカナタのお陰で既に手に入れている。お陰でボルケノタートル討伐に一役買ってくれた。在庫もあるのでまだ研究できそうな素材である。

 マンティコアの尾は強い毒耐性を付けることができると言われており、貴重品には違いない。が、流通していないわけではないので、今のイエナなら手に入れることは可能だ。何せ様々な人たちとの縁のお陰で何故か昔では考えられないほどにお金があるから。

 ただ、その縁から得たお金を使ってまで欲しいかと言われると、そうでもない。確かに研究素材としては良いかもしれないが。

 その他の素材も、今必須というわけではない。いつか、手にして研究出来たらいいな、という気持ちに近い。そして、世界樹の葉以外はそれなりの値段を出せば恐らく手に入れることはできるだろう。


「世界樹の葉、どこにあるのかな? そればっかりはカナタがいないと無理そう。そこは突っぱねずに甘えても良かったかなぁ……」


 何故だかヒートアップして、全部いらないから早く先に進もう、と言ってしまったような気がする。冷静になれば、カナタの思いやりであるとわかるはずなのに。


「……『イエナはそんなに俺を』……早く帰らせたい、早く追い出したいって思ってるのか? ……って続きそうよね。そういう風に思わせちゃっても仕方なかったかも。うわぁ、反省……」


 けれど、よく考えてみると今まで似たようなことを思わなかったわけではない。いつも美味しいご飯を作ってくれる上、製作に熱中しすぎるあまりの夜更かしなど日常生活もさりげなく注意してもらっている。文字通り寝食をサポートされているわけだ。自覚があるからこそ、このままカナタに頼り切りだったらダメになってしまう、と。

 そこから気持ちが前のめりになり、サヨナラは早い方がいいと心のどこかで考えていたのかもしれない。


(カナタは私のそういう部分を感じ取ってたのかも……そりゃあ怒っちゃうよね。うーん……そういうわけではない、わけでもない。いや、だって辛いこと早く済ませたいのは真理じゃん~~。でも、それはカナタの気持ちを無視しすぎだよね)


 自分の気持ちとしっかり向き合うにつれ、弱い部分だとかイヤな部分が見えてきてしまう。そしてそのしわ寄せがカナタにいったのだと思うと、申し訳なさが募る。


「凹んでる場合じゃないわ。謝罪の意を示さなければ!」


 自らの至らなさにどっぷり浸って凹むより、何かできることのために動く。イエナはそういうタイプの人間だ。

 地図とにらめっこしながらイエナ的折衷案を探る。

 自分が今後欲しくなりそうな素材、お金で解決できそうな素材の仕分けや、カナタの意見を全面的に受け入れられそうなところをまずはメモする。


(私の譲れない点かぁ……そう考えるとあんまりないかも。別れるのが辛くなるから早い方がいい、けど、早く別れたいわけじゃないから……うーん、ここ伝えるの難しそう)


 メモをしているとふと時計が目に入った。

 時刻はいつの間にか夕刻。


「……そうだ、今日は私がご飯作ってみようかな」


 思いつきが口を突いて出た。口にしてみるとなかなか良い案のように思える。

 カナタと出会う前はかなり適当とは言え自炊だってしていた。今は製作手帳もあるのだから大失敗とはならないだろう。

 そうと決まればキッチンに向かう。調味料や器具の置き場所がイマイチわからないが、それでもきっとなんとかなるはずだ。


「せっかくなら好物の方がいいよね。お魚は……あ、名残のマグマ魚干しがあったはず!」


 カナタが一番好きなのは生魚だがそこはご愛敬ということで。

 イエナは鼻歌交じりに料理にとりかかるのだった。


【お願い】


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